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第1章 ④

「お言葉ですが」


 やっと落ち着いて一段落できるなと思っていた矢先、不粋な声が割って入った。今まで直立不動で置き人形かというくらい微動だにしなかった人狼の騎士──名前は確かロウだったか、彼は収まった場を荒らすような無遠慮さで穂南の傍に立ち塞がると、睥睨した。


「……何ですか?」


 必要な場面で役に立たないのは許すが、落ち着いた状況を荒らすのは許さない。うっすら笑みを持続させつつ、子供たちの目線に合わせるためしゃがんでいた姿勢から立ち上がる。

 百六十センチある穂南は日本では特別背が低い訳ではないのだが、魔族たちは基本的に皆背が高く大柄だ。ニコも可愛らしい顔をして穂南より五センチほどは高い。

 そんな穂南が筋骨隆々なロウと並ぶと大人と子供ほどの身長差がある。


「貴女はラウル様を甘やかしすぎです」


 ラウルが穂南の足元で隠れるようにしているのを見下ろしながら、ロウはそう言った。

 

(甘やかしすぎてる? 甘やかしてるだって……?)


「は?」


 意図せず低い声が漏れた。視界の端にギーヴルの騎士が背筋をビクンと伸ばしたのが映ったが、穂南は怒りを抑えるために口元だけ笑みの形にしたままゆっくり首を傾げた。


「ごめんなさい、今なんて言いました?」


 穂南の怒りなど毛ほども意に介していないのか、どこか侮蔑を含んだ視線を向けられる。


「ラウル様は人狼の王子です。人狼は強く逞しいことこそが尊ばれる。だというのに、貴女はラウル様が泣けば駆け寄っては慰め、甘やかすばかり。それではラウル様は永遠に弱いまま、成長の妨げになります」


 足元でラウルが悲しそうにズボンの端をぎゅっと握っているのが見えて、穂南はすうっと笑みを消した。


「成長の妨げ、ですか」


 確かに苦難を己で乗り越えることも時には必要だ。しかし、それは今である必要はない。悲しい思いをさせて苦渋を舐めさせたからといって、それが全て成長に繋がる訳ではない。失敗が悪い訳ではないが、助けてほしい時に大人が助けてくれない状況は子供に無力感を与え、それこそ悪影響だ。無力感に苛まれた子供は次第に自信を失い、新しいことに挑戦することすら恐れるようになる。


「貴方の国の強さの定義はなんですか?」

「はい?」

「体が頑丈で力が強いことですか? フィジカルの強さだけを強い者の定義を定めるとするなら後はどうでもいいと? 弱い者はいらないと?」

「お、王族なのですから弱くては困ります」

「ラウルくんは弱くないですよ」


 小さなラウルの手を繋ぐと、彼は長い前髪からこちらを窺うように見つめてくる。それにニコっと微笑んでから、また真顔でロウに視線を向けた。


「貴方さっきの見てなかったんですか? ラウルくんは嫌なことをされても、相手を許しました。大人だってそんな簡単にできることじゃない、優しい心の強さがある。貴方は許せないことをしてきた相手を許せますか? 私は許せない人間が一人だけいますが、今もその人を許せませんし、今後も許すつもりもありません。……もう一度聞きますね、貴方は、本当に許せないことをされた時、相手を許してあげられますか?」

「お、俺は……」

「それと、貴方はさっき強いことが尊ばれるといいましたが、肉体だけの強さから外れた者はダメということですか? 昔強い者だけが好き勝手したせいで弱い者がいなくなり、世界が荒廃したと歴史書で読みましたが、貴方の国は昔の過ちを推奨しているという認識で間違いないですか。適当な物差しで弱いか強いかと分けて、その強さから外れた者を迫害する差別主義者の国だと?」

「な、無礼だぞ貴様!」


 穂南の言葉に流石にロウも怒りの表情を浮かべるが穂南は気にしない。


「無礼だからなんですか? というか、王子の近衛騎士のくせに仕事を全うしない貴方の方が無礼じゃないんですか?」

「俺が仕事を全うしていないだと!?」

「自覚ないんですか。ラウルくんが泣いている時、貴方は間に入ることすらしなかった。もしかしたら怪我をするかもしれなかったのに」

「子供同士のじゃれあいで大した怪我など……」

「怪我をさせないことが貴方の仕事でしょう。それに子供同士のじゃれあいだから大した怪我をしないですって? 子供は大人よりも体が頑丈じゃないんですよ? 思ってもいなかったことが大怪我に繋がることだってあるんです」


 勿論人間よりも体が丈夫なのはわかっている。しかし同じ子供同士でも体格差が違えば怪我だってするだろう。魔族とはいえ、その頑健さも成体の魔族と比べると弱いのは当たり前だ。


「子供が助けを求めている時に、守ってあげるのが大人で、年上の役目です。なのに貴方は突き放すことが子供のためだと勘違いしている。守ってあげなくちゃいけない場面で守るのは甘やかしではありません。我が儘を許し続けることが甘やかしです。そんな違いもわからないのに、不用意に口を挟まないでください」


 ピシャリとはね除ける口調に、ロウが一瞬だけ気圧されたように後退した。


「子供は大人が思うよりも簡単に怪我をします。もしそれが取り返しのつかない怪我だった場面、貴方はどう責任をとるつもりですか?」


 頭に血が上っているのを自覚した上で、ロウに詰め寄る。真っ直ぐ彼を見つめたまま、穂南は淡々と畳み掛けた。


「壁の染みのように立っているだけなら別に何も言いません。ですが子供たちが納得している場面で場をかき乱して私の仕事の邪魔をするなら、容赦しませんから」


 何も言わない彼の体を指先で軽く押して体を離すと、穂南は不安そうにこちらを見ているラウルたちにニコっと微笑んだ。


「さ、皆ご飯食べようか」


 魔法がかけられている調度品たちは、いつの間にか綺麗に元に戻っている。奥からタイミングよく作り直された昼食が運ばれてくるのを眺めていると、袖をクイクイとカジに引っ張られる。


「ほなみ、怒ってる?」

「ん? 怒ってないよ。さ、早くたべちゃお」

「うん!」


 他の子も呼んでイスに座らせていると、背後に気配を感じた。


「あの、俺は」

「今忙しいです、見てわかりませんか」


 顔すら向けず答えると沈黙が返ってくる。食事中はギーヴルがよく噎せて火を噴くので注意して見なければいけないのだ。気まずそうにもじもじしている大男の相手などしていられない。


「いつもの配置に戻ってください。そして、二度と私の仕事に口を挟まないで」


 

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