第1章 ③
メイド服を着た少女はニコと名乗った。彼女の種族はドラゴンだそうで、龍とドラゴンの角は形状が違うそうで、見分け方は角の形だと丁寧に教えてくれた。龍の角は細く枝分かれしている者が多く、日本でよく見る龍神様と同じ形をしている。逆にドラゴンの角は太く、イメージだとまんま地球のゲームに出てくるドラゴンのままだ。
部屋に案内されている間もきらびやかな城の中に視線があちこち向いてしまう。外国に行ったことはないが、テレビなどでよく見る大きな城もきっと中はこんなに豪華なのだろう。
すれ違う者たちも皆西洋風の服を身に纏っていて、半袖にスキニーといった自分の格好が物凄く浮いている気がして赤面する。
一応子供たちの面倒を見るため動きやすい格好をと思い、半袖にチノパンとエプロンを多めに持ってきたのだが、相手が身分の高い子供たちなので逆に失礼にならないか心配である。
与えられた部屋の豪華さに肩を縮めながら、その後城の中を一通り案内された穂南は漸く部屋に戻って一息つくと打診した。
「あの、私この国のこととか他の魔族のこととか知りたいので、歴史や文化が書かれてる本とか置いてある場所に行きたいんですが、いいですかね?」
「はい、図書室ですね。クエレ様から仰せつかっております。ですが、来たばかりでお疲れではないですか?」
「いえ、大丈夫です。明日からシッターに入るので、早く色々調べておきたくて」
ニコはふんわりと微笑むと淹れた紅茶を優雅な仕草で穂南の前に置いてから頷いた。
「でしたらまずは紅茶を飲んで休憩してからにいたしましょう」
「あ、そうですね。はい」
せっかく用意してくれた物に手をつけないのもマナー違反だと思い、良い香りのするティーカップに手を伸ばした。繊細な細工が施されたカップは見るからに高級そうで持つ手が微かに震える。恐る恐る口をつけると、鼻から抜ける柔らかな風味と香りに目を見開いた。
「美味しい!」
「それは良かったです」
「あの、よかったら一緒に飲みませんか」
「私もですか?」
一人で味わうのも居心地が悪くてそう言えば、彼女は少し驚いたような顔をした。その態度を見て勤務中だからもしかしたら誘ったらいけなかったかもしれないと、焦って無意味に手を動かす。
「あ、ごめんなさい、ダメだったら大丈夫です」
「……他の方には内緒にしていただけますか?」
「え?」
どこか悪戯っ子のような表情で人差し指を口元に当てているニコを見て、慌てて頷いた。
「も、勿論です!」
そうしてニコとお喋りをしている内に打ち解けた穂南は、緊張して強張っていた肩の力を漸く抜いたのだった。
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(魔族は種族で寿命が違うんだ)
ニコに別れを告げた穂南は、一人図書室で幾つもの本を広げていた。元々歴史は得意ではないので、頑張っても目が文字を滑ってしまうことに四苦八苦しつつ、本の虫となる。
元々魔界には国といったものがなく、多様な種族が入り乱れて生活していた。しかしそこで起こるのが種族間の諍いである。上に立つリーダ格のような者はいたが、下を纏めたり諌めたりはしないため、弱い者が死に絶え大地は荒廃した。秩序も倫理もない無法地帯となった魔界は、しかしとある一族光の民の存在によって全ての魔族が手を取り合い、世界を立て直すことができた。
「光の民はいったい何をしたんだろう?」
他の魔族たちは穂南も聞き覚えのある種族だったが、この光の民の細かい情報はこれといって記されてはなく、想像がしにくかった。
簡単に他の国の特産品や気候などを調べ、その後は隼人から貰った魔族について書かれた種族手帳を眺めるが、光の民についてはこちらも書かれてはいなかった。
「うーん、クエレさんに聞けばわかるかな?」
そうして予習を終えた穂南は、次の日からの仕事に想いを馳せた。
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結果、隼人の言葉は信用ならないことを痛感していた。
今までのことを脳裏に思い出しながら、クエレはひとまずドラゴンの国の王子であるギーヴルを抱き抱えた。
五歳になるギーヴルはドラゴンの王の末王子で、まだ人型になることが不馴れであるため、成体になれば隠せる尾と小さな羽が出しっぱなしになっている。そしてまだ小さい彼は、驚いたり噎せたりすると子ドラゴンの姿に戻ったり、一番危ないのは火を噴いてしまうのだ。
最初は噎せただけでも火を噴くなど知らなかったため、前髪の一部が少しだけチリチリになってしまった。
今回は水を飲もうとして噎せたようだ。
「ギーヴルくん大丈夫?」
背中を撫でていると次第に治まったのか、ギーヴルはきゅるんと大きな目をこちらに向けた。幼いながらあまり表情が変わらない子供であるが、深い漆黒の髪にツヤツヤとした金色の瞳、つるりとたまろやかな頬は愛らしく、思わず喉から堪えきれない「んぐぅ」という音が漏れる。
基本的に火を噴く以外では彼は大人しいため、思わず癒されていると、より一層激しい泣き声が聞こえてきて慌ててギーヴルを下ろして声のする方へ向かう。
「こら、カジくん! ラウルくんを苛めたらダメでしょ? 何で叩いたりするの」
鬼の子であるカジはギーヴルと同じ年ではあるが身体は子供たちの中で一番大きい。そして力も強いため、基本的にテーブルや椅子を悲惨な目に遭わせるのは彼である。そしてカジに苛められているのは人狼の子であるラウル。彼は筋骨粒々な人狼族には珍しく線の細い子で、赤毛の長い前髪で顔を隠している内気な子だ。
今いる部屋は昼食をとるための部屋なのだが、隼人が言っていたお世話係呼ばわりしていた近衛騎士たちは国ごとにひとりずつ部屋に常駐しているが、彼らはまさにただ常駐しているだけで、何の役にも立たなかった。
あくまで怪我をする場面の時だけ動きはするが、そもそも子供の扱いなど何も知らないのだろう。烏天狗の子であるクラノスケの騎士だけは、何かあるとすぐ傍に寄って寄り添うが、おろおろしているだけなのであまり意味はない。
確かに彼らの本分はシッターではないのかもしれないが、あまりにも子供に対して親身に寄り添った態度ではななかった。
特に力こそがパワー、強い者が全てを制するを地でいく種族である人狼の騎士は、ラウルが苛められていてもピクリとも動かない。泣いてる彼が助けを求めるように騎士を見ても、あの武骨で身体の大きな男は視線すら向けようとしないのだ。
「弱いこいつがわるいんだろ!」
「今弱い強いなんて話はしてません」
「意味わかんねぇし! 弱いからいじめられるんだ!」
「ラウルくんやめてってずっと言ってるよ。カジくんも嫌なことされたのにやめてって言ってやめてくれなかったら悲しいでしょ?」
泣いているラウルを抱きしめて庇うと、彼は泣きながらもその手は縋ることをしない。誰も助けてくれないことに慣れてしまっているように見えて、これではいけないと表情を引き締めた。
「オレはかなしくねぇし。だからやめねぇ!」
人間同士ならばいくら子供とは言え王族や皇族同士の子供が怪我をするかもしれない諍いをすれば、いささか問題になる。そもそも他国の王子を苛める王子など聞いたこともないけれど。体が人間より頑丈なせいか、そもそも多少の怪我くらいならば気にしない質なのか知らないが、大人が間に入らないなど穂南には理解できなかった。
「カジくん」
「な、なんだよ」
「カジくんは大事な子はいる?」
「は?! そんなのおまえに関係ないだろ」
「いるの? いないの?」
目を逸らさず静かに問えば、一瞬カジの目が泳いだ。
「例えばカジくんに大事な子がいたとして、その子が苛められたらどうする?」
「そんなの苛めたやつ殴ってやるだけだ!」
「それができないとしたら?」
「できないって、なんでだよ」
「その相手がカジくんより大人で、大きくて強かったら? カジくんなんてすぐ負かされるような相手だったら、君はどうする? 父親に頼るのもダメだよ、だって相手は他の国の王様だから」
「そ、そんなの……」
「君が守りたくてもかなわない。君の大事な子はやめてって助けてってずっと泣いてる。……カジくんはどうするの?」
淡々と畳み掛けるように言うと、カジの薄茶色の瞳に涙が浮かぶ。
「君はどんな気持ちになる?」
「……だ」
「なに?」
「そんなのイヤだ!」
「嫌でも相手はやめないよ」
いつの間にか子供たちが静かにこちらを窺っていることにも気づいていたが、追及の手は止めなかった。ここで理解させなければ、ますます彼はラウルに対してエスカレートするだろう。
「イヤだイヤだイヤだぁぁっ……うえーん!!!」
とうとう大粒の涙を溢したカジを黙って見つめていた穂南は、やがて静かに頷いた。
「嫌だよね、それラウルくんがずっと言ってたことだよ」
ひっくひっくとしゃっくりを上げるカジの目をじっと見つめながら、静かに言う。
「嫌なことされてやめてくれなかったら、すごく悲しいでしょ?」
漸く理解したのか、顔を真っ赤にしながらカジはゆっくり頷いた。鼻水が凄いのでラウルから離れてポケットからちり紙を取り出すと、カジの鼻に当てる。
「鼻かんで。ちーんね」
「ちーん」
ついでに涙も拭いてやってから、穂南はカジの小さな手を優しく掌で包んだ。
「カジくんは力が強いよね」
「鬼のこだし」
「うんうん。あのね、私は強い子ほど誰かを助けてあげてほしいなって思ってるよ。この手は誰かを傷つけるんじゃなくて、優しく守ってあげるために使ってほしい」
「でも、強いやつがカッコいいじゃん」
「それは力が強いひとってこと?」
頷いたカジの頭を撫でながら、優しく続ける。
「それは誰かを苛めたら強いことにはならないよね。優しくて、強いひとになればいいじゃない。優しいと強いはどっちもなれるよ。それに、そっちの方がカッコいいと思う」
「優しくて、強い……」
「とりあえずは、やめてって言われたらやめることからやってみよっか」
「……わかった」
渋々ではあるが納得した様子の彼の前にラウルを出して、カジの肩を優しく促した。
「なら、ラウルくんになんて言うかわかるよね」
「……ごめん」
「叩いてごめんなさいだよ」
「叩いてごめん」
謝ったカジを怯えた目で見つめるラウルに、謝られたからといって必ずしも許す必要はないと言うことを告げると、ふたりとも驚いた顔でこちらを見た。
「ゆるさなくて、いいの?」
「うん。無理して許さなくてもいいよ。ラウルくんがいつか許したくなったらそれで」
「え!?」
「カジくん、謝ったからってラウルくんが許すとは限らないよ。それくらい嫌だったんだから」
「じゃあ、あやまった意味ねぇじゃん」
「何言ってるの? 謝るのは許してもらうためじゃないよ、誠意だよ」
「せいい?」
「傷つけたことへの、優しくできなかったことへの寄り添う気持ちだよ。許してもらうためのごめんは、相手に寄り添ってない自分勝手なごめんだから、よくないごめんだね」
「よくないごめんといいごめんがあるのか?」
「そうだね」
難しい顔をするカジだが、子供だからといって言葉を尽くさない言い訳にはならない。幼くとも、子供は意外と理解できるものなのだ。
「ごめん……許さなくてもいいよ」
もう一度謝ったカジを黙って見つめていたラウルは、やがて小さく頷いた。
「いいよ。ゆるしてあげる」
「いいのか?!」
目を丸くしているカジに、ラウルはコクンと頷いた。
「よかったね」
(ラウルくん優しいなぁ)
漸く解決した二人にほのぼのとしていると、それを断ち切るような不粋な声が割って入った。
「お言葉ですが」




