4話
(思い出した)
闇のような、光のような、水の中のような。
そんな空間で浮かんでいる感覚がある。
(馬車の時から数年記憶飛んでいたけど、私はもう死んでいたんだ)
その空間では五感は働かず、考えることしかできない。
(そして、さっきまで話していたあの男の顔も)
何を呑気に話していたんだと、自分に活を入れたかった。
(でも、私溺れちゃったからな)
「…ちゃん」
どこからか声が聞こえてきた。
(また死んじゃった)
「ルーちゃん」
その声は段々と大きくなっていく。
(せっかくまたやり直すことができると思ったのに)
「ルールー・ビジュー!」
一番大きく聞こえた声でルールーは覚醒した。
視界はまだぼんやりとしている。
でも、夜の暗さや離れたところにある街灯の明かりは分かる。
(私、まだ生きてるの?)
体を起こしていく。
「目覚めたばかりだから無理しないで」
ずっと自分の名前を呼ぶ女の子の声が聞こえていた。
(彼女が助けてくれたのかな)
お礼を言わなければと、顔を向けた。
「え?」
そんな気の抜けた声しか出なかった。
体全体がびしょぬれになっていて、まとめていた髪もボサボサになっている。
メイクだって崩れていた。
でも、逃げていく途中でボロボロになっていったドレスも、鏡で向き合っていたその顔も、ルールー・ビジューそのものであった。
「よかった。目が覚めて」
目の前のルールーは、安心したようで、ほっと一息ついて、胸に手を当てる。
「何で私がここに…」
出てくる声が違くて、咳払いする。
(川に落ちた時、風邪ひいたかな)
自分からは出たことのない低い声が出てくる。
服は濡れていて、重くなっている。
「あー。そのこと説明しないとなんだよな」
もう1人のルールーは、困ったように頭をガシガシかく。
「もしかしてドッペルゲンガー?」
その事実に、恐ろしくなり、目の前のルールーから後ずさる。
「それって、出会ったら死ぬもう1人の自分という空想の魔物だよね。大丈夫、君は死なないから」
「よかった」
また死なないと分かり、ほっと一息ついた。
「あ、そうだ」
死ぬ間際を思い出したばかりだが、それ以前にネルトやリコから逃げていたのだ。
ルールーは立ち上がる。
(視界がいつもより高いわ)
現在より、未来より見える位置が高いことに気づく。
また身体が成長している未来に来てしまったのかと、一瞬考えを巡らすが、それにしては、体つきがよくなりすぎている気がした。
(体全体に筋肉がついているのね。余計な脂肪がなくなってる)
胸部に目をずらすと、すとんとなくなっていて、足がよく見えた。
身につけている衣服も変わっていた。
ボロボロになっていたスカートの部分が、パンツになっていた。
(何で服が変わっているか分からないけど、ヒラヒラしたスカートより動きやすいわ)
「あ、いた!」
上から声が聞こえてくる。
「げっ」
見上げて、顔をしかめた。
「リコ、いたよ」
「私の名前呼ばないでよ」
橋の上に、リコとネルトの姿があった。
川から助けられたときに、橋から見える位置に移されたのだろう。
「早く逃げないと」
うずくまっていたもう1人のルールーの手を引き上げる。
(女の子を軽々引き上げられるなんて。私、いつの間にそんな力強くなったの?)
現在の自分の力の強さに驚き、目を丸くした。
「君、彼らに追われてるんだよね。自分を置いていけば、時間稼ぎになると思うけど」
もう1人のルールーは、ルールーのとった行動に疑問を持ち、首をかしげる。
「いくら同じ自分でも彼らに押しつけたりなんかできないわよ」
彼らに関わって、不幸になった未来を自分は知ってる。
仲間や家族に恵まれて、すぐに新たな生活に慣れることはできた。
でも、裏切られたと分かったときは、傷ついて、何度も涙を流した夜があった。
目の前のもう1人の自分にその記憶が残っているかは分からない。
例え、これが自分ではなくても、彼らに関わって、不幸になってはほしくはない。
「ふーん。そっか」
もう1人のルールーは、ニヤリといたずらっ子のように笑いかける。
リコとネルトは遠回りをして、階段があるところから降りてくる。
でも、止まっているルールーと、走ってくる彼らと距離はどんどん縮まっていく。
「俺に任せてよ」
「俺?」
目の前のルールーは、一人称が違った。
「逃げないでいいように、問題を解決してあげる」
リコとネルトはすぐやってきた。
「ルールーさん、どうして逃げるんですか」
ハアハアと息を切らしながらも、前髪をかきあげ、かっこつける。
しかし、汗だくのため、いまいち決まらない。
(私、まだ名乗ってないんだけどな。矛盾に気づいてないのかな)
「あの、ルールー。騙して、ごめんなさい。私、このネルトとはいとこの関係なんだけど、ルールーのこと話したことがあって…」
これ以上誤魔化せないと気づいたリコは、そう説明する。
これ以上付き合うのも面倒だと、この場から離れようとする。
それをもう1人のルールーが、引き寄せて止める。
彼女が爪先立ちすると、口づけをした。
(何で『私』はキスをしてきたの?)
そのとき、ルールー越しに、現在の自分の姿が川に映った。
街灯に照らされて、よく見えた。
(な、何で…)
起きていることを飲み込むことができなかった。
もう1人のルールーは、唇を離す。
そして、抱きついて、ネルトとリコに妖艶に笑いかける。
「私、この人と結婚を前提に付き合っているの。お引き取りしてくださる?」
(何で、私を未来で殺したシグルド・ルーキスになっているの!?)




