2話
ネルトがペラペラと話す口説き文句は心に響かない。
受け流すだけである。
「リコ、この人知り合い?」
「いえ。それより、告白されるなんて、よかったじゃない」
あの対応を見れば、2人が最初から顔見知りだと丸わかりなのに、知らないフリでゴリ押ししてくる。
「2人が知り合いなら、私この場にいたら邪魔でしょ。ちょっと外の空気吸ってくるよ」
「だから、違うって言ってるでしょ。ちゃんとネルトの話を聞いてあげないと悪いわよ」
この場から抜け出そうとするルールーの腕をつかんで、逃がさないようにする。
(まだ、ネルト名乗ってないのに、名前知っているのはおかしいよ)
この茶番にいつまでも付き合ってはられない。
「あー!」
不意打ちで叫ぶ。
それに驚いて、力が弱まった隙に、腕をふりほどく。
そして、借りていたネックレスを外す。
「ごめん、向こうに知り合いいたから、挨拶してくる。パーティーに戻れるか分からないから、これは返すね。じゃ、また」
ネックレスを手渡し、そのまま、駆け出す。
「ちょっと待ちなさいよ!ネルト、追いかけて」
もう2人が知り合いだということを隠していることも忘れている。
(リコは、ネルトを宛がって何がしたいの?)
男女の力の差で、すぐに追いつかれるかと思ったが、ネルトが何をしたらいいか分からず、戸惑っていたので、すぐに捕まることはなさそうだ。
この隙に、数年ぶりではあるが、この町に滞在していたときにいろいろなところを回った地理を活用して、人目がつかない裏道を駆けていく。
少しでも走りやすいように、ヒールのある靴を脱ぎ捨てる。
走って、走って、2人の姿が見えなくなる。
そこに、海へと流れる川があり、その橋の下が明かりもなく人目につきづらそうだ。
休憩がてら、身を隠す。
(あの2人が何をしたいのか全く分からない)
ルールーは、頭を抱えるしかない。
(2人がいつから知り合いなのかとか。付き合ってたとしたら、何で私と結婚させたのかとか。なのに、何で離縁したとか)
「はぁー」
疲れたので、息を深く吐く。
「大きなため息」
「うわっ!」
誰もいないと思っていたところから、声が聞こえてきたので、驚いた。
橋の下は街灯の明かりも届かないので、暗く声をかけてきた人の顔も見えない。
「だ、誰?」
「確かにこの暗さじゃ分からないか。俺も君の顔見えないしね」
声からして、男の人。
軽薄そうな印象を受ける。
「よっ」
そう言うと、周りは明るくなる。
男性の手の上に、白い灯りの球体が見える。
「魔法使えるんだ…」
「簡単なものくらいだけどね」
その灯りのおかげで、相手の顔が見えるようになる。
ルールーは、女性のなかでは背が高い方ではあるが、彼はそれよりも高く、角度を上げて見上げる形になる。
灯りに反射して煌めく黒髪。
宝石のように輝いて、かつ炎が揺らめいているように見える真っ赤な瞳。
人懐っこく笑いかけてくるその表情は、数多の女性を虜にするようだ。
ルールーの中身はともかく、身体の年齢より上、二十代前半くらい。
衣服も、高級な布や技巧的な刺繍が使われていて、高貴な身分であることを伺わせる。
「まさか会場から離れたこんなところにいる人が俺以外にいたとは」
「会場ってことは、あなたもパーティー参加者なんですか?」
「そうそう。お嬢さんも、そのドレスはパーティーにいたのかな。その割にえらくボロボロだけど」
頭から足の先まで見てくる。
狭い路地裏を通って、引っかかったり、踏んでしまって、ほつれたり、泥がついたりしてしまっていた。
「これは直すのも難しいですね。もう着られないかな。私物でよかった」
借りたものだったら、賠償金がいくらになるのか考えたくもない。
「何でまたこんなになるまで…」
「ちょっとしつこい奴を撒くのに、大変で…」
ネルトやリコのことを思い出し、苦い顔になる。
「お嬢さんモテモテなんだ。まあ、可愛いもんね」
「はいはい」
この身体の年齢のときは、学生時代可愛いを言われ慣れておらず、初心な反応しかできなかった。
でも、結婚して、離縁して、大人になるにつれて、社交辞令を軽く流せるようになった。
「本気なのにー」
「そういうあなたは?」
ルールーの記憶にはないが、こんな美形がパーティーにいたら、たくさんの女性が集っていてもおかしくはない。
「俺も圧が強すぎる人から逃げてきてね。婚活に来ている身だから、あまり拒まないようにしているけど、初対面でキスせがむのはちょっと…」
「身持ち固いんですね。ワンナイトしそうな雰囲気なのに」
「俺のこと何だと思っているの!?」
ルールーより高貴な身分だと分かっているのに、彼の砕けた雰囲気が気安く話をさせる。
「そういや、君の名前は?」
「名乗るのが遅れました。私、ルールー・ビジューと申します」
「ルールー。うん、名前も可愛いね。じゃ、ルーちゃん」
にっと笑いかける。
(慣れ慣れしいなー)
懐に入り込むスピードの速さには感嘆する。
(しかし、この方どこかで見たことあるんだよな)
「ルールー様ー!」
「どこにいるのよー」
橋の上からリコとネルトの声が聞こえてくる。
「ルーちゃんのこと探しているみたいだけど?」
「あいつらから逃げてきたんですよ」
動きやすいように、スカートの部分を縛る。
「短い間でしたが、話し相手になっていただき、ありがとうございます」
名前を聞けなかったのは残念だが、きっと二度と会うことはないだろう。
もうネルトどころかリコとも関わりを持ちたくもないので、このまま街を出る。
この時間に馬車はないだろうが、いざとなれば野宿すればいい。
(いや、野宿なんてしたこともないのに、何で安易にそんなこと思ったのよ)
そう自問自答して、足を踏み出す。
「あ」
橋の下は湿気が多く、苔も生えていて、そこで滑ってしまう。
ばしゃん。
大きな音を立てて、川に落ちる。
「ルーちゃん!」
ブクブク泡を出しながら、沈んでいく。
上がろうと藻搔くが、水を含んだドレスが重くまとわりつく。
そして、上から見下ろしたより、深かった。
(私、また死んじゃうの?)
溺れて、頭に空気が回らないルールーに、走馬灯がよぎっていく。




