第八話 三角関係
「え、行けるんですか」
「うん。調子もよさそうだし、付添人の予定も合ったし」
合格だって一応言ったんだよ、となでられた。
眠りに落ちたときに言われたのか、そうか。まさか行けるとは思っていなかった。
てっきり絶対駄目だって言うものだと。
付添人というのは雪里先生らしい。なんか最近よくやってくるようになったな。
二人だけだとなにかあったら大変だから、とのこと。
それはそうだ。私が倒れでもしたらこの人はパニックになって終いには二人して倒れることになる。
そうならないためにも必要なことか。
体温と血圧を測り、綾音様に着替えを手伝ってもらう。
季節が変わってしまったからあたたかいスゥエットとスカート。
どうせなら二人でどこか行きたいものだけど。根回しはしてくれるはずだ、あの先生なら。
「やっほ、なんかまた来た」
「呼ばれすぎですよね」
「二人が呼んでるんだよ。人気者になった気分」
ロケットペンダントをつくってもらったときも意気揚々に言っていた。
ある意味であのペンダントは私からというわけではない。雪里先生も老眼がーとぼやきながら頑張ってくれた。
愛されているのは現在準備を進めている綾音様。
変なことするなよ、と釘を刺してから自分の身支度をしに行った。
「無理はするなよ。二人で回れる時間くらいは作るから」
「先生も綾音様と二人で周る時間作ってくれていいんですよ」
今日も明日もお前が主役なんだと目線を合わせて言ってくれた。
そうですか。そうなんですか。私は主役なんですか。
どこかの主人公に憧れたこの私が。
死ぬというのも案外悪くないな、待遇がいい。
私が居なくなった後は二人で居放題なんだから、お言葉に甘えてもいいだろう。
「死んだらどうなってしまうんでしょう。あのお方は」
ついいつも思っている疑問が口をついて出る。
いくら雪里先生にぴーちくぱーちくと頼み事をしても、綾音様を委ねても不安というのは消えない。
「お前が死ななかったらいい話なんだけど」
ぶっきらぼうに言い返される。
それができれば私だって。私だって、まだまだ現役で働いていたはずなんだ。
「行けると思ってなかったから。言わないほうがいいんでしょうけど」
「なに。行くのやめるくらいの出来事でも?」
雪里先生を手招きして耳を貸してもらう。
言うか言うまいか、朝から迷っていた。迷うくらいなら言えよという話。
「彼女には大前提に調子いいことにしてます。実は朝からあの。血吐いちゃって」
「病院送りものだよねそれ。どこも調子よくないじゃん」
せっかくひそひそと話していたのにこの人ときたら普通に声を出してしまうんだから。
気付かれたらいけないんだよ。だってあの人は筋金入りの心配症なんだ。
「静かにしてください。気付かれたらどうするんですか。なので、なにかあったら本当にごめんなさい」
「死ぬのだけはやめてね。まだ駄目だよ。早瀬が一番分かってるし望んでるだろうけど」
少し前にロケットペンダントを手直ししてもらいながら色々と話した。
その間は綾音様を日用品の買い出しに行かせて。なんか追い出したみたいだけど。実際そうか。
ペンダントの隠し場所も一応伝えておいた。何かあったとき用のために。
オルゴールも同じく。
病に倒れてからというものの、根詰めを普通としていた二人が急に家で過ごすようになって。
こんなに一緒に居られるようになるとは思っていなかった。
老後のことに関しては綾音様はよく考えていたようだけど、私はそうでもなかった。
一回り年が離れていることもあって、老後の生活が合うわけでもないし性格も趣味もまるで違う。
一緒に過ごす時間なんてこれからもそうないんだろうと思っていた。
順番的に言ってしまえば綾音様のほうが先に。でも私は私で長生きできる質ではない。
どちらにせよお互い元気で過ごせる時間は限られていた。
基本心配性を通り越して監視してくるような人とずっと居るようになった今年。
私は別にいいけど綾音様はそうもいかないはずだ。生粋のアウトドア好きだし。
「これからは先生が連れ出してあげてください」
「そうだな。本来のあいつが戻ってこれるように」
心配されていることもつゆ知らず。部屋から綾音様が出てきた。
ふと目が指先に動く。
ああ、指輪。してくれるんだ。私もつけてもらったけど。
「おまたせ。行くか」
「なんかいいな。三人でどっか行くとかなかったじゃん」
「言われてみればそうですね」
この三人でどこかへ行くことはあまりなかった。
雪里先生が勝手に上がり込んでくることが多かったし。綾音様は素直になれないし。
私は綾音様を取られたくないし。
謎の三角関係に頭を悩ませる。
私と雪里先生は今瀬先生が好きで、綾音様は私が好きで。
私が先に死んで。
……なんで私は何十年もこの人たちと縁があるんだろう。
早々ない話だ、先生たちとまだ会っているなんて。ましてや先生と同じ家に住むとか。どんな世界線だよって話だ。
すっかり寒くなった世界に体が震えて痛む。
家で寝てばかりだったからな、知らないうちに町が凍りついてしまいそうなほどになっているとは。
「それでどこ行くの?」
「知らない」
「は?」
知らない場所に病人連れて行ったら駄目だろ、と後ろで声が聞こえる。
誰も何も考えていないという状態に陥る大人三人組。
学生のときでは考えられなかった光景。誰がこんなの思いつくんだって感じだが。
どうせ死ぬにしろ、今の今まで生きてきてよかったと思える。
あのとき死ぬには早すぎた。世界は思っているよりも広いし自分自身の可能性だって無限大。
そんな綺麗事が通用する世界で生きてきたわけではない。そう思えるようになったのも生きて積み上げてきたものがあるからだ。
出会いなんてないと思っていた。あった。
好きになるなんて思っていなかった。なった。
愛されるなんて思ってもみなかった。綾音様はもちろん、色んな人に助けられてきた。
心に余裕がないとこんな思いを考えることもできない。
時間があるからこそ、何にも追われていないからこそ感じられること。
老後の生活というのは本来こういうものだったのだろう。
今まで生きてきた道をゆっくり振り返ってそれらを肯定してあげる。
私の場合はあまりにも短時間でそれをしないといけない。
もうちょっと生きたかったな。
思えば長い道のりだった。
振り返ってみれば学生時代というのはあっという間に過ぎ去っていった。
仕事は仕事で毎日目まぐるしく変わっていくし缶詰状態になっていた日々で。
家に仕事を持ち帰ったら自室に閉じこもっていたし。
なんで家事と仕事を両立できていたのか不思議だ。逆に頭おかしいんじゃないのか。
無理がたたって今の状態になったのかもしれないけど。それもそれでひとつの人生ってことで。
「あのー、クリスマスらしいものでも見ましょうよ」
色々と考え事をしていても一向に終わらない言い争い。
気付けばどこに行くか、という話からお互いの悪口を言い合っていた。何なんだこの人たちは。
「早瀬の言う通りだな。元々ツリー見に行くとか言ってなかったっけ?」
「言った」
言ってたね、そうだね綾音様。
なにをしに連れ出してくれたのかなって思ったよ。
気を取り直して毎年見に行っていたクリスマスツリーがある場所までレッツらゴー。
「叶、寒くない?歩いてたらそうでもないんだけど」
「寒いです。逆に寒くないんですか」
「歩いてても寒いぞー。早瀬が凍え死んじゃう」
変なこと言うなとしばかれる雪里先生はまんざらでもなさそうな声を上げる。
愉快な人たちだな、全く。
綾音様は寒いの苦手だったはずだけど。今日はそんなに風も強くないしそうでもないのかな。
気丈に振る舞っているだけかな。
ブランケットを膝にかけていても足は冷える。
車椅子だと行ける範囲も限られてくるし歩けるに越したことはない。
カイロを手渡され、とりあえず暖を取る。
雪里先生の車が停められている駐車場まで行くだけなのにかなりの時間がかかっているのはなぜだろう。
こんなに寒い冬の外で言い合いなんかしなくても車内ですればよかったのでは。
「段差気を付けてね」
先生二人に支えられて車椅子から降り、後部座席に移る。
怪我でもされたらと気が気じゃないこの人たちはお似合いのコンビだ。
そう、お似合い。これから先も、きっと。コンビじゃなくてカップルにでもなっているかもしれないな。
そのときは私も祝福してやろう。
本来であれば雪里先生が一番可能性があったんだ。女性同士だったとしても、一番。
まあでも綾音様は疎いし恋愛感情も持ったことのないような人だったらしいし。無理だったかもしれないが。
車椅子も車に載せられ、綾音様が隣に座ってくれた。
どこに行くにもついてくる人。見つけてくれる人。
「生徒を車に乗せる日が来るとはな」
「安全運転でお願いします」
「雪里には殺されたくないよな」
すぐそんなことを言うんだから、今瀬先生は。
どれだけ雪里先生のことが好きなんだか。素直になれよー、先生。
中学生のときから気付いてはいたんだ。今瀬先生のことを見ていると一緒に居る人というのはどうしても目に入ってくる。
よく仕事の話をしに行っていたのは雪里先生だった。
面倒くさそうに対応しているのが今瀬先生で。それを見ていたのが空気の私。
他の先生と話すときよりも、このお二方は楽しそうに喋っていた。そんな光景をよく覚えているのは嫉妬からだろうか。
私は先生のことを好きになっても。教師と生徒の関係である以上は。
そんなこんなで羨ましかったりもした。
私よりも雪里先生のほうが今瀬先生と一緒に居られて、仕事の話だと装えばなんだってできて。
告白してくれたあの子もそんなことを思ったりしていたのかな。羨ましいとかそういうの。
一体私のなにがよくて好きだと言ってくれたのか今となっては知る由もないけれど。
「こんなに長く早瀬の成長を見られるとは思ってなかったな」
「出会ったときこんなだったのに」
十五センチ定規くらいの大きさでしたっけ私って。そんなはずないよね。
昔のことを掘り返されながら移ろっていく景色を見る。
死んだら自由に飛び回れたりするのでしょうか。空を泳げたりしたらいいな。なんて、高いところが好きなわけではないんだけども。
「ほら着いたよ」
綾音様に優しく起こされる。
あまりに掘り返されすぎてふて寝をしていたら知らないうちに寝てしまっていた。
つまりこの人たちが悪い。
長い間覚えてもらっているのはありがたいことではあるが。
行きと同じように手を借りる。
降りた瞬間の冷気に体を震わせながら、地に足をつける。
これはこれで生きている感覚がしていいな。なにがって問われると分からないし答えられないけど、なにか。
「先に昼ご飯でも食うか」
「そんな時間か。叶が食べられるものあるかな」
「私は大丈夫ですよ、そこら辺に居るので」
なにが大丈夫なんだ?とこれまた冷たい視線を浴びる。
この人たち怖い。思えば責任ある立場にあった人たちだ。そりゃ怖い。生徒指導行きにされそう。
もとからそこら辺に留まっていることなんてない人間だ。
ふらーっとどこかに放浪して迷子になってという救いようのない自分。
いつでも死ねる状態にある私を放っておくなんていう選択肢があるはずもない。
優しいんだよなこの人たち。だから恨めない。
「せっかく来たんだ。少しでも食べていこう」
クリスマスマーケットというものに来たらしい。
久々にこんな人混みの中に紛れた。ずっと避けていた場所。
でももう今年も終わる、つまりは命も終わる。ならばなんでも好き放題してやろうという気でいる。
いくつも大きなクリスマスツリーが飾られているしオーナメントもそこら中に揺れている。
こんなに心の動く空間があるだろうか。
「綾音、先に食べたいもの買ってきな。こいつのことは見てるから」
「じゃあ頼んだ」
絶対にこの人は私と綾音様を一旦は引き離してくれる。
そうでもしないと一生一緒に居るものだから。
手を振って後ろ姿を見送る。
自由で居てほしい。綾音様には。
「早瀬はなんで綾音のことを好きになった?」
唐突の質問にたじろぐ。
なんでと言われても。何度も考えてきた。答えは出なかった。それが答えだ。
「真面目で誠実で、それでいて柔軟で。 真面目って言ってしまうと堅苦しいとか、型にはまってるとかあると思うんですけど。そういうわけじゃなくて。自分らしいっていうか、自分を見失わない強さが根底にある。それに憧れたんです」
「よく見てるな、お前は。もう分析してるじゃん」
笑われながら綾音様が戻ってくるのを待つ。
学校に馴染めない自分を否定することはなかった。ある意味学校って特殊だからな、と言ってくれてしまう人で。
先生がそれ言っていいのか、と思ったけどそれも救いだった。
先生という立場に在っても、そういう考えを持っている人も居るんだ。そう知ることができたのはよかった。
だからこそ自分も教師を目指した。
嘘を真実にしない人。そんな人を私は初めて見たんだ。
嘘だったとしても、白い嘘。優しすぎる人だった。
先生としても、恋人としても。
「私も思うよ。お前にも思う。あと一つ言っておく。本心を話そうとするときの早瀬のクセはよくないな、手のひら傷だらけだよ」
「それはそれは。……以後気を付けます。雪里先生は人思いですね」
談笑を繰り広げていると小走りで綾音様が帰ってきた。
お前も行ってこい、と指を差して追い出し、追い出されるのもこの人たちらしい。
それにしても教師を長年やっているだけあって慧眼だ。
手のひらを見てみると思ったより赤い線が幾重にも重なって残っていた。
無意識のうちに掻きむしっていたらしい。これはしばらく残るかも。
綾音様に見つかったら面倒だろうな。なんでこんなに傷だらけなんだって詰め寄られそう。
「ついお酒まで買っちゃった。ローストビーフにつられて」
「いいですね美味しそう。持っておきますから食べてください」
瓶に入ったワインを受け取り、膝に載せて支えて持つ。
綾音様も私が倒れてから健康的な料理を作るようになった。私に気を使って外食だとかもほとんどしなくなってしまった。
薄味ばかり味見したり食べたりしていたら飽きもくるだろうに。
私が死んだら自由にしてほしい。適度に。お酒も。
「叶も食べな」
まさか分けてくれるとは。
端っこを少しかじり、ゆっくりと噛む。
お肉なんていつ振りだろう。秋からは細かくしたお肉もそうそう食べていない。
食べないと生きていけない。生きることは食べること。
分かっていても体はなかなか受け付けようとはしてくれなかった。
「美味しいです。ついでに飲んでいいです?」
「全く。一口だけだぞ」
ため息を吐かれた気がするけど気のせいか。
ほんの少しだけ口に入れ、ひたすら味わう。
最後の晩餐でしょうかこれは。これでいつでも死ねない。まだやることがあった。
お酒まで許してくれるとはな。この人どっかで頭でも打ったのか。
「せっかくなんだ。少しでも楽しまないと」
終わりが近付いているから許してくれているだけ。
気を抜くと泣きそうだ。綾音様を見ないように、人混みを見る。
みんな優しいんだもん。辛いよそれが。
「ただいまー、バカでかソーセージ買ってきた。あとビール」
お酒好きだなこの人たち。人のことは言えないけれど。
綾音様に隠れてどれだけ飲んできたことやら。まあ絶対バレるんだけども。懲りないのがこの私。
極力手のひらを見せないように努めながらテーブル代わりに徹する。
こういうときくらいしか役に立たなくてすみません。
「お酒の番人かよ」
「この子ってば本当に」
「酒飲みなんかじゃありません!」
実際そうでしたけど気のせいです。
綾音様だってよくお酒を箱買いしてたし。
まだ未成年だった私に「飲むなよ?」と何度も釘を刺されてきましたし。
お酒しか逃げ場がなくなったときも何度かありましたが。
片手にお酒を持ってたら食べにくかろうと思っただけなのになんでこんな言われないといけないんだ。
「早瀬ってさ、ほんと変わったよね。よく話すようになったし」
「いつの時代の話ですか。それはそうかもしれませんけど」
「いやほんとそうだよ、叶。君が笑ってるのも誰かと話してるのも全く見たことなかった」
今瀬先生とは多少話していたと思うが。それ以外は空気になろうと必死だったからな。
大昔の話をまるで今の話かのようにしてくるのはなぜですかあなたたち。
雪里先生ともこの二十年は会うようになったのにさ。
「日誌あるじゃないですか。それになんで人は鬱になるんだって書いたことがあるんです。そしたらなんて返ってきたと思います?」
お酒を握りしめすぎて温まるんじゃないかと思う頃。
なんでこんな話を広げようとしているのか自分でも分からない。ふと思い出した記憶。封印していたあの日の。
自分でもなんであんなものを書いたのか分からない。
理解者が欲しかったのか、同じ言葉を持つ人を見つけたかったのか。ともかく間違えていた。聞く相手を。
食べ終えた二人にワインとビールを奪い取られ、傍観する。
「そうだな。あの先生だろ?」
「甘ったれてるからとか。終わりだもんな、そんなの言っちゃったら。言わないよな流石に」
好き勝手にやいのやいの言ったあと、それで答えは何なんだと問い詰められる。
めっちゃズタボロに言うのを楽しんでいらっしゃる。いいのか私だって一応生徒だったんだぞ。
「自分が分からなくなるからじゃないですか、って返ってきて。進級したり仕事が変わったり、結婚したり。変わるでしょうって」
幻滅したというよりも諦めたというよりも。
風前の灯火にあった質問が、自分の力ではどうしようもないほどの強い風に吹かれてしまったような気がしたあの日。
「なにそれ。クズどころじゃないし。うちの叶になんてこと言ってんだ。この子殺す気?」
「なんかズレてるっていうかさ。真っ向に答えるのやめて変な方向行き過ぎて?結果がこれって。笑えないな、中学生相手にだろ」
なんでこんなことを聞いたのか後悔もしたし何度も家に来る担任には居留守を使い倒した。
他のことを相談すればよかったのかもしれないけど。年頃でもあったしそんなのしたくなかった。
それこそ殺される。
どことなく気まずい空気が流れていく。
こんな話をする場所ではない。場をわきまえろってな、ほんと。
足元に視線を落とすと同時に抱きしめられた。両側から二人に。
「ごめんで済む話じゃない。でもごめんな、早瀬」
「そんな。謝ってもらいたかったわけじゃなくて。でも、よかったです。お二人にそう言ってもらえて」
死に際を安らかにしてもらったみたいな言い方やめろと大切な彼女に言われてしまった。
そんなつもりはなかったんですけど。そんなこと言い出したら私なにも言えなくなるよ。
まあ実際、心の何処かに引っかかっていたものは少しほどけた。
こういう出来事というのは日常で思い出さずとも覚えているもので。心の何処かに絡まっていたんだろう。
「さ、せっかくなんだから。見て回ろう」
長話は歩きながらでもできる。
ということで色んなお店を見て回りながら写真をひたすら撮る。
せっかくなんだからが口癖になってしまっている人たちに一つの提案をしてみよう。
「三人で写真でも撮りましょう。あのツリーの前にでも」
なにか物を言うのはとてつもなく緊張する。この世の終わりかと思うほどには。
そんな緊張も意味もなく、あっさりと承諾を得た。
最後になるかもしれないスリーショット。
これからはこの二人の写真が増えていくことだろう。なんか気に触るけど。
「それじゃあいきまーす。はい綾音」
雪里先生の独特の合図とともにシャッターが切られる。
見てみると不満気な人が一人いらっしゃるので撮り直し。
「アホが。はい叶」
いやあなたもあなたですよね綾音様?
似た者同士だな本当に。悪いところを真似し合っている。
もう一枚の写真を見てみるとまあ普通に撮れているので良しとしよう。
これと言って良い要素はないが。仕方がない。
これもまた帰る前に印刷でもして。
増やしに増やしまくったアルバムもそろそろ終止符か。
よく撮ったな、あんなのやこんなのに。見せられないものまで。
「土産屋あるよ」
見つけた瞬間にすっ飛んでいった雪里先生。
完全に居なかったものにされている私たち。
二人の時間を作ってくれるのはいいけど、結構無理矢理。
「私たちも行ってみるか」
後を追うわけでもなく、最初から二人でデートしてました感を醸し出す。
外に出られるだけでも非日常。
クリスマスともならばもうそれは。
朝から隠し事はあるけど。至って調子はいいほうだ。
土産屋に入り、中を見渡す。
休日ともあって人が多い。
そんな中見つけたのは星のシリーズ言うのか、星空をモチーフにしたものたち。
額縁にジュエリーボックス。ポーチ。
質感は埃がつきそうな感じだけど。あと色味も暗いから埃は目立つだろうけど。額縁ならそんなことはない。
思えばこういうデザインがずっと好きだった。買うことはなかったが。理由はただケチっただけ。
星というものが好きだった。
名もなき星のロマンとでも言うのか。決してスピリチュアルが好きなわけではない。
名前のつけられない人生のように、名もないけれど確かに存在している星が好きだ。
なんだかあの日を思い出す。
あの日といってもどの日も思い出してしまう。
もうすでに綾音様からのプレゼントはもらっている。
今という瞬間、この場に居させてもらっていることがプレゼント。
私が言い出したわがままを承諾してくれて。ありがとう、先生。
「いいなこれ。好きだろ、叶も」
「ええ、好きですよ。綾音様が」
ぼそっとありがとうと伝えてもらった。
もうこれ以上の最高の贈り物なんてないのでは。
「額縁ならこれからも使えるし。私もプレゼントあげたいからさ。好きなの選びな」
「もうもらってますよ。たくさん」
そんなことを言っていると勝手に額縁が買われていった。
ああ。まあいいか。
外に出ると雪里先生が待ちぼうけしているのを見つけた。
綾音様と目配せをして、突進する。
「ちょ、あぶな。こいつ調子……じゃない、病人が突っ込んでくるな。大人しくしてろ」
危ないのはあなたですよね。バラしにかかるのやめてもらえますか。
心臓止まるかと思ったよ。危ないな。
一瞬目元がぴくっと動いた綾音様から目をそらす。
バレたらなー。いいんだけどな。たかが血を吐いたくらいで。別に初めてのことでもないし。
「ただ驚かせたかっただけだよ。ね、叶」
「そうです。びっくりしてくれましたか」
お前らは子どもかと呆れた笑みを見せてまた周囲を巡りに行かせてくれた。
この日だけで撮った写真は二百枚。
なにをこんなに、とも思うが少ない方だ。
数枚を印刷して帰ってアルバムにはさむまでが今日の外出。
またどこかに行けますように。
ね、先生。
またデートでも行きましょう。
人生はまだ長いんですから。




