第十話 生きてる
クリスマスが終わったと思ったらもう年末。
毎度のごとく早すぎない?と愚痴る。
口々に愚痴。
冬休みの時期か、ともうすぐ役目を果たすカレンダーに目をやる。私は役目を果たせたのでしょうか。
今年も色々ありました。
綾音様と離れて暮らす時間もかなり多くなってしまったな。最初の入院期間が長すぎて。
桜くらい見たかったな。ずっと言っているけど、それは今年と人生の心残り。
「綾音様と過ごせたので今年もいい一年になりました」
「そうか。それならよかった。私からしたら、もう。もうさ」
泣かれる前にどうにかしなければ。
クリスマスにあげたお菓子で釣る作戦に出る。
「ほらほら、ほれ」
「わん」
わんじゃないし。わんってなんだし。尊死とはこのことですか全国にある辞書さん。
わんだねそうだね。いつから犬になったんだい、ツンデレな猫だと思っていたのに。
今年やり残したこと其の一。
先生と恋人になっているのでまあこれは。ぐへぐへとでも言いましょうか。
毎年言ってます、不審者ですみません。通報だけは勘弁してください。
先生と恋人になれる日が来るわけないってことくらい分かっていた。でもなった。なってしまった。
普通に銀婚式も過ぎたことになる。いい歳になってしまった。
調べてみれば夫婦とあるけど。そんなの関係ない。
「綾音様、恋人になりませんか?!」
「無理」
ね、振られた。なんでだよ。そこは「はい喜んで」だろ。違うか。
今年やり残したこと其の二。部屋の片付けはしましたので。夏場には大方。
なので大丈夫と言いたいところですが。
「綾音様。なんですかこの部屋は」
「見ての通りに決まってるよね。なにが見えてるって言うの?」
「きたねえ部屋ですよ」
三代目のお掃除ロボットも掃除できないよこれ。したくても散乱したものが邪魔でできません。
ついつい口も悪くなってしまう。
先生相手にこんな口の聞き方が許されるとは思っていないが。
恋人同士、一緒に住んでいる以上どうしようもない。
「年が明ける前に片付けてください」
「はい」
泣き出しそうになったり怒られてへこんだり忙しい人だな全く。
昔から先生の物がなぜか私の部屋に散乱していたり、だったからな。
私の今はなき実家で暮らしていたときも、先生用の部屋を一応空けていたんですけどね。
先生の物置と化していたんだっけ。昔からこうではもう直せないな、クセというのは。
掃除を頑張ってもらおうために応援でもしようかと思ったそのとき。
「だから下着くらいしまってください。今すぐに」
「ごめんって」
昔からこうなんだよな。いつからそうなのかは知らないけど。
恋人でもなかった頃の私を家に招き入れてくれたと思えば下着が……。だったんだからな。どうにかしてくれ、羞恥心はないのか。
今年やり残したこと其の三。
死ねてないな。死ねなかったな。あれ、死ぬんじゃなかったっけ。
よく生き延びたものだ。年内生きていられたら奇跡だと最初に言われていたのに。
ずっと死にたかったのに綾音様のおかげで生きたいと思っているし死ねないと思っている。
恋の力というのは。私の場合でしかないがいい方につなげてくれる。
道を踏み外さずに居られる。
今年やり残したこと其の四。
別にない。わけでもないだろうけど、ぱっと思いつくものがない。
そういえば最近はまだ調子がいい。死ぬ前のなんかこう、ハイにでもなっているのかもしれない。
あと二週間くらいはこの調子でいかないとな。いけるかな。
綾音様の誕生日だけは元気で居たい。だから今のうちに体調を崩すか。いや駄目か。
雪里先生にも挨拶のメッセージを送っておこう。
今年もありがとうございました、っと。
「よー、早瀬」
送った途端にかかってきた電話。
いくら年末年始だからといってそんな暇じゃないだろうに。
挨拶しておこうと思っただけなのにな。簡単に済ませたかった。
「いただいた電話であれなんですけど。今のうちに言っておきますね」
「うん?なんだ?」
せっかくだ、今のうちに済ませておこう。
「綾音様の写真集って言ったら怒られそうですが。机の引き出しにしまってあるので」
「くれるっていうわけか。この私に」
なんかイラッとくる言い方だな。あげるつもりは一ミリもない。
ただ綾音様が見たらせっかくのコレクションを全部捨ててしまいそうだし。こうするしか手立てはない。
「墓にでも持っていけたらいいんですが。そうもいきませんし」
「責任持って回収しておくよ。バレないように」
この人バレそう。大丈夫かな。
「バレたときはお前も早瀬の写真隠し持ってるよな、で貫き通してください。ほんとに目も当てられない写真持たれてるので」
「はいはい。お前らはいつもこぞってそうだ。バカップルめ」
傷つけているのは訊かずとも分かる。なのにこうやって巻き込んで。
不器用なのはみんな同じだ。私も綾音様も雪里先生も。いつまでもこんな三角関係を作って生きてきた。
「では。よいお年をお迎えください」
「よいお年を。また電話かけるよ。次はビデオで、三人でな」
切れた電話と通話時間を示す画面。
夏場に片付けた部屋を見渡して見返す。
何冊か残っている本棚。
歴代の私が作ったアルバムもここにある。秘蔵のアルバムは伝えた通りの場所に。
綾音様は綾音様でアルバムを作っているし、共用のものもある。こんなに写真を残しているのも変な話だ。
いつでも見返せるように。思い出せなくなったときに思い出す種になれるように。
撮りたいから撮ってきただけだし、置いておきたいからアルバムにしただけだが。
いいように言えばどうにでもなる。
今月は病院以外、指輪をつけるようになった。
教師生活中はリングホルダーを服の中に隠してつけたり。家に置いておくことのほうが多いは多かった。
なくしたくないし。
「叶ー、見てよこれ」
呼ばれて振り向いてみれば雪里先生と喋っていたあの目も当てられない写真がその手に。
久しぶりに見たなあ。やっぱり目も当てたくない写真。でも前よりは見え方が違う。
よく一人でもがき苦しみながら生き延びたものだ。あのときの私があったからこそ今の私が居る。
少しは肯定できるようになったかな。今までの人生を。私という存在を。
「捨ててくれって言ったのに」
「捨てるわけなーい」
そりゃ捨てないよね。あなたが隠し撮りしたやつなんですもんね。中学生だった私を隠し撮りするなんて。怖い怖い。
だって段ボールいっぱいに入ってるんですもんね。怖いしかないんですけど。
写真を見ているとなにか薄っすらと思い出してきた。
叶はいい先生になれると思うよ。でも病んでやめそう。なんて言われたような、ないような。
やめる羽目にはなったけど。ある意味病んでやめてしまったな。え、もしかして予言。
「今瀬せーんせ」
「家くらい先生やめたい」
先生は先生ですし。綾音様は綾音様です。
家の中で車椅子を使うには勝手が悪い。というわけで、いつも通り回転椅子にバトンタッチして部屋を走り回る。
杖でもいいんだが。なんせ下手くそでな。頭がこんがらがって歩けやしない。
「危ないぞー、早瀬。ぶつかったら骨折れるよ」
「早瀬じゃありませーん」
今瀬です!れっきとした!
結婚しているも同然なんですから。もちろん私は今瀬先生の姓をもらいます。そのほうがうれしい。
回転椅子を飛ばしていると本棚から中学時代のアルバムを手に取られた。
見ないでくださいと言う前に開かれたので。ゲームオーバーですありがとうございました。これ以上の対戦は受け付けません。
「そうそう、この紙」
何の紙だったか一瞬理解できなかったがすぐに思い出した。
なんかそういう目も当てられないものが書かれているやつ。
そうそうってなんだし。
まさか。読んだことあるとか言いそうだなこの人。
「好きになったのは必然なんですか、早瀬さん」
「そうですよ。必ずそうなるに違いなかった。それ以外になにがありえると?」
「君が死ぬ前に出会えてよかった。おかげでお互いに生きている」
それはそう。本当にそう。
私はともかくこの人は特に。コンビニ弁当のゴミもお酒の空き缶も床に散らばして生きていた人だ。
生きていたのかすら怪しい。家って寝るだけの場所だし。ほとんど家で過ごさないし、と言っていたもんな。
先生の家に行った日は絶対に寝過ごして終点に連れて行かれたりしていた。二人で爆睡かましてたっけ。
今ではほとんど家の中ですね。それでも片付けも掃除も苦手なのは変わらないようですが。
「もう今年も終わってしまいますよ。どうするんですか」
「この叶顔死んでる。この叶も魂ない」
人の話を聞けよ。
アルバムを手に取ったなら見返すしかないだろ、と言わんばかりの目で見つめられる。
それはそうなんだけど。そうだね。アルバムってそういうものだもんね。
掃除をしているときに見つけてしまって気付いたらもうこんな時間、っていうやつ。
私は学校のものを見返すことがないからな。
綾音様の写真集を見てにやにやしていたら一週間終わってたことはある。私も大概だ。
「今瀬先生だってなんかムスってしてる」
「これは眩しかったんだよ」
教師陣の写真の中の今瀬先生はかなり。すごいなんか機嫌が悪そう。
よっぽど嫌だったんだろうなという感じ。
私も何度も卒アルの写真を撮ってきた。その度にこの今瀬先生のような表情になっていた。
どうやら私たちは二人で撮る分にはよくて他は駄目らしい。
他の今瀬先生は結構笑顔なんだけどな。じゃあ私が駄目なだけか。
全部と言っていいほど顔が終わっているので強制終了、奪い取る。
「掃除は終わったんですか」
「いいじゃん。ゆっくりしようよ」
なにもよくはない。私が居なくなったあと今より余計に酷くなる未来が。
いや、散らかるよりも抜け殻同然になってしまってそのままという未来も。
雪里先生がんばってね。がんばれとしか言えない。言いたくない。生かせ、どうにか。
「仕方ない人ですね。コーヒーかココアか選んでください」
今まで何度も淹れてきたコーヒー。マスター直伝の淹れ方を教わってきた。
ココアは綾音様に最初に淹れたもの。まだ春の肌寒い時期だったこともあって、一旦は振られたという苦さと会えたという甘さも相まって選ばれた。
こう思い返すと案外ピュアだったんだな。過去の自分は。
恋愛物も読んだことがなかった。無知だからこそ発揮できる無敵。
「ココアかな。寒いし。掃除とか片付けとか足元冷えてしょうがなくて」
床に座ってアルバムを読んでいるからではないのか。
まあいい。ココアが選ばれたので淹れましょう。
ココアの粉と砂糖を片手鍋にぶち込む。水を入れて無心で混ぜる。牛乳を注いでまた混ぜて。
あのときココアを作ったのは覚えているけど、作っている工程を全く覚えていない。緊張してたんだろう。かわいい奴め。と自分で思っている。恥。
ハラハラと隣で見守ってくれていた綾音様にマグカップを渡す。
心配性なのには変わりないね。ずーっと。
「ん、美味しい。叶のが一番いい」
「かわいいですねー、あなたは」
年上相手に、それも先生にかわいいという言葉を使うのにはためらいもあった。
でもかわいいが過ぎるので。つい口から出てしまってはや何年だか。
内心にとどめておくのはもったいない。伝えないと伝わらない。世に放たないともったいない。
自分だけの気持ちというのも大事だが。声を大にして言いたいこともひとつやふたつあったほうがいい。
「年越しそばどうします?いつ食べましょう」
「もう夕方か。お菓子食べたい」
それよりお菓子を食べて疲れを取りたいらしい。
黙々とお菓子を食べながら特番を観る彼女の隣に座って抱きつく。
いつまでこうしていられるか。今急に死んだっていいな。この人がこんなに近くに居てくれて。いつものように振る舞ってくれているんだ。
幸せのまま死ねるならどれほどいいだろう。
「一つくださいよ」
「いやだ」
拒否られた。そんな馬鹿な。
あげたのは私だし。もらったのは綾音様だから決定権は綾音様にある。
いいや別に。鑑賞会でもしてやる。
「怖いよ。見すぎだ」
手で顔面を追いやられる。
そんな嫌がらなくたっていいじゃないか。死に際くらいよく顔を見せろ。
見つめるのが駄目なら動画を回してやる。あとで雪里先生にも送っておいてあげよう。今年最後の幸せのお裾分け。
「だから。撮るな」
「わがままですね綾音様は」
不機嫌なあなたも大変可愛らしいです。もっとその姿を見せてください。この目に焼き付かせてください。
ついでにこのビデオにも残したい。
スマホを奪い取られて強制終了。奪い返してことなきことを得た。
消されたら困る。死んじゃう。私の手持ちの綾音様が減るのは嫌だ。多ければ多いほどいい。
「わ、これ懐かしい。綾音様と観たやつだ」
「よく覚えてるな、お前は。もうこんなに前なのか」
二人で歳を取ったと笑いながら年越しそばをすする。
すするといっても私はなんかギタギタに切られたそばが提供された。
喉を詰めたら困る、と。麺類はいつもこうなる。別にいいんだけど。なんかな、食べにくいんだよな。
それでもおだしは美味しいし温まる。薄味でちょうどいい。味付けをしたのは私だけどな。自画自賛はやめたくない。
「海老天いります?」
「食べなよ」
お言葉に甘えて食べる。
普段はあまりおそばを食べることがないし海老天もそうそう食べる機会がなかった。
食べたとして大晦日だ。
仕事終わりに揚げ物をする元気はなかったし。基本作り置きでどうにかしていた。
作り置きもなくなればお鍋をしたり。簡単に栄養が摂れて満足できるのが最強だった。
食べられる幸せを噛み締めながら尻尾まで食べた。
どうしても食べられない、食べてもリバースするのが日常と化してしまっていたから。食べられるうちに食べておけ、というスタンスで生きてきた。
そうでもしないと意思に反して痩せてしまう。そうなると怒られる、この人に。
「よく食べました。偉い偉い」
「大げさですね、食べただけなのに」
あまりに食べられない日が続けば点滴続きになってしまう。
だから無理にでも食べるかお手製のスムージーを飲むかしていた。
食べただけで褒められる世界線。優しい世界。うれしい、幸せ。
綾音様と食べられるから美味しいし味がある。
綾音様が居るから食べようと思える。一人だとまあいいかで何日も経ってしまう。
出会えてよかった。
そう心から思える人に出会えてよかった。
「明けましておめでとうございます」
「あけおめ。今年もよろしくね」
食べ終わったあとは柄にもなく爆睡をかまして起きたらちょうど日付が変わるところという所業。
ちゃんと挨拶できてよかった。生き延びた。
今年もよろしく、と言われるとなんかあれだが。あと数日かもしれないのに。
それまでどうかよろしくね、綾音様。
「電源落ちたみたいに寝ちゃうから。びっくりしたよ」
「ごめんなさい。食べたら安心したみたいで」
紛らわしいことするなと笑って叱られる。新年早々叱られてる。幸。
それにしてもこんな時間に起きてしまって。朝まで寝たほうが健康的だったのでは。時既にあれだけども。
夜というと。たまに思っていたことがある。
明けない夜はないっていうけれど。夜に死んだ人はもう光を見ることはないんじゃないか。
暗闇に一人放り込まれるだけ。暗い海の底だったら一人もがくことすらできずに。そこで曝され続けるんだと。
いかにも過去の私らしい考え。今ならそんなことない、と言ってあげられるけど。本気でそう思っていたあの子に伝えることは難しい。
処分するものは昨年のうちにしたつもり、だけどスマホとかパソコンとかな。あまり消せてない。
連絡先は速攻で消したのに。過去の書き置きとかはなかなか。
心機一転初期化とまではいかずとも一掃しておくか。新年だし。
入院中に暇すぎて初めてスマホにゲームとやらを入れてやってみていた。
入れてみたのが銃撃戦とかいう野蛮で心臓に悪めなゲームを選んだせいでこっぴどく叱られた。
心臓に悪いことするな、と。ゲームでショック死はしないと思うが。実際のところどうなんだろう。
私という本体がどんくさくて小心者なせいで最初は永遠に殺されて終わっていた。
いつしか覚醒したんだけどな。止められてやめた。もうやらないし消しておこう。
メモはとりあえず見返して消していく。
綾音様が好きだとか。好きだとか、好きだとか。そんなのばっかだなこいつ。
今では懐かしい仕事のタスクたち。消化できずに終わったものは案外なかった。年度替わりだったこともあって消化しきったらしい。偉い。
引き継ぎとかはまあ。ね。
入ってくる子たちの名前は覚えずじまいだった。
あれ?消化しきったわけではなかったか。年度替わりはゴタゴタするからな。
レシピはもうまとめ終わったからいいとして。
なんだこれ。意味の分からない言葉でもない羅列。疲れすぎていたのか何なのかは自分でも知らない。消しておこう。
「初詣は無理だな」
「そうですよねー、階段無理ですもん」
除夜の鐘を終えて初詣の様子が映るテレビを横目に観ながら綾音様に抱きつく。
階段という強敵が待ち受けている以上、行けない。
去年は腰が砕け散っていて行けなかった。寒いと腰が逝くもので。
あと今体調を崩すわけにもいかない。怪我をするわけにもいかない。
万全の状態で祝わなければ、という宿命がある。
テーブルに置かれたスマホがさっさと出ろと言わんばかりに鳴り始めた。
きっとあの人だ。思ったより早く電話を寄越してきたな。
体を離され、スマホを取りに行く彼女様。
そして怪訝な顔をする彼女様。そんな嫌そうな顔しないでよ。眉間にシワが寄ってるぞ。かわいいお顔が歪んでる。それもかわいいよ。
「なんでテレビ電話なんだ」
「そこは明けましておめでとうでしょ。電話だけじゃ寂しいし。いいじゃんねー、早瀬」
「明けましておめでとうございます。さっきこの方すごい顔してたんですよ」
実演してみせると爆笑をいただいた。隣に居る人は余計に不機嫌になっている。
そうそう、この顔。さっきより酷くなってるぞ。
同じ場所に居なくてもこうやって姿を映して声も聞けるんだから文明の利器というのはすごいものだ。
「なんで新年早々顔見なくちゃいけないんだ」
「酷いな、相変わらず。ツンデレめ」
これから嫌っていうほど見る羽目になるんですよ綾音様。流石に一緒に居ながら顔を見ないというのはできない話だし。
雪里先生に頼み込んでいるのもこの人は知らない。バレてないのかバレてるのかよく分からんが。怒ってこないからバレてないんだろう。
あんなに監視してきたくせに。検索履歴まで見てきたくせに。なんでそこは気付かないのか。お前の目は節穴か?なにが見えているんだ。
「雪里先生、初詣代わりに行ってくれません?三人分の願い事頼みます」
「いくらなんでもその願いは無茶だろ。他人が願っても意味ないよ。部屋で祈っとけ」
そう言いながら実行してくれるんだよね、知ってた。ありがとなー、先生。心から思ってますよ。
私の願い事はなんだろう。頼んでおきながら考えてもいなかった。ただの成り行きだったもので。
なんだろうな。なにがいいか。部屋で祈るなら祈るで考えないと。
綾音様がこれからも元気で居てくれるように願うか。幸せと健康を毎年願ってきたが。このままでは叶いそうにないような気がする。
「綾音様だけでも行ったらいいのに」
あ、まずい。口が滑った。
どうしよう羽交い締めにされている。雪里先生は画面越しにそりゃそうだという顔をしているし。
助けてくれよ遠隔で。
もう一月だ。いつ死んでもおかしくない人を放って行く奴がどこに居る。うちの両親ならそうするだろうけど。綾音様は違う。
「あれ、叶。熱ある」
額に手を置かれ、熱を確かめられる。
「新年から熱かよ。お大事にだな。新年の挨拶はまた今度しに行くよ」
するんじゃない、と言って通話が終わった。
至って元気なんだけど。本当に熱ある?言うほどじゃないだろう、微熱くらいだろ。
「三十八度。だめだだめだ、寝ろ」
「ありえないので無理です」
寝たのにまた寝ろとか。もう寝るの飽きた。いやだ。遊びたい。
「フリスビーしましょう」
「馬鹿言うな。余計に熱上がったらどうするの」
そんなこんなで仕方なく寝た。普通に爆睡。
一富士二鷹三茄子の夢なんてこの人生で見たことはなかった。残念というか。
鷹は見たことないし。富士山は修学旅行で見たけど引率で忙しくておぼろげにしか覚えていない。
茄子は食べるけど。夢に出てくるほど好きなわけでもない。
「元気いっぱいです!」
「三十七度。まあ無理はしないことだな」
半分呆れ顔で頭を撫で撫でしてくれる。
いくら調子がいい日が、と言ったって本当に元気な日なんてない。
痛みも取れることはない。耐えに耐えての繰り返し。熱も上がったり下がったり。
それでも空元気だとしても、明るく振る舞っていたい。辛い顔とか見せたくない。たくさん見せてしまったけれど。
「お雑煮食べてもいいですか」
「怖い」
そばより喉を詰める確率がそれはそれはレベルアップしてしまうのでね。止められました。
私もちょっと怖い。食べる力も低下しきっているのに餅を食べるということは。もう自殺行為でしかない。
綾音様の分だけ作ろう。
お餅を焼く前にちゃんとアルミホイルをオーブントースターに敷いて、と。
「敷かないと大変なことになりますからね」
「できる限り覚えておく」
大丈夫かこの人。後片付け大変なんだよ。どうなってもしらないぞ。
便利な出汁パックを使って雑煮を作る。
切ってもらった金時人参と大根とネギを入れて。相変わらず適当に調味料を入れて。
焼けたお餅をぶち込みまして多分できました。仕上げに柚子の皮をばらまいて。
柚子の香りを嗅ぐとお正月っていう気分がする。いい香りに癒やされる。
「ん、美味しい。温まる」
「よかったです。これもレシピに一応あるので。適当でもいいんですが」
私は餅を抜いた雑煮を食べます。えらくヘルシーな雑煮。これはこれでいい。
どうせいつも餅を先に食べるから大して変わらない。
いつもお正月はお雑煮だ。おせちを作る気になれずにここまで来た。買ってもいいけど、どうせなら作りたい。でも面倒で作らない。
そんなこんなでいつも通りに迎えた穏やかなお正月。
ゆっくり過ごして特番を見て。
大丈夫。まだ生きている。
来年もきっと生きている。




