64話 "行軍"
「打撲ですね、治療は完了です」
「ありがとうございます」
お礼を言ってすぐに医療所を出る。
治療待ちの人は後ろにも並んでいる、すぐに出なきゃつっかえてしまう。
六日目、徐々に城壁の切れ目に集まる敵が増え、少しずつ負傷が増えている。
日没が近づいても襲撃にモンスターが現れているので、警戒も人員が必要になる。
配給所で食料をもらい、そこらへんに座って口に詰め込む。
「あんた、森の方で戦ってる冒険者だろ?」
「えっ?...そうですよ」
一人でもそもそと食べていると、衛兵が声をかけてきた。
干し肉を持っているのを見ると、同じように休憩に来たんだろう。
「そっちの様子はどうなんだ?」
「まだ余裕はありますよ。でも少しずつ来る量が増えて、全員が少しずつ怪我してきてます。オストルフィさんのおかげでだいぶ耐えられてはいます」
「そうか。あの人、今まで戦ったことがないらしいから心配だったが、やはり聖騎士ってのはすごいんだな」
思わず咽てしまった。
オストルフィさんはずっと重い鎧を着たままメイスを振り続け、モンスターの注意をすべて引き寄せて壁役をしている。
一切物怖じしていないから経験があるのかと思ったが、これが初戦だったんだ。
「そちらはどうですか?」
「...結構きついさ。俺は東門にいるが、今日の朝に城門が破られたんだよ」
「え?!それなら侵入されたんですか?」
「何体か侵入されたが、旅中の異国の修道士が不思議な術を使って塞いでくれたんだよ。おかげで何とか持ちこたえてる」
「異国の修道士?」
「ああ。東の寺院から来たらしいが、寡黙な人でずっと祈祷を唱えてるよ」
予想外の援軍、おかげで辛うじて耐えているらしい。
東の寺院。見ていないからわからないが、修道士というより修行僧なのではないだろうか?防衛戦が終わったら見に行ってみたい。
手にした干し肉を食べ終わったので、衛兵に別れを告げて民家に戻る。
すれ違う衛兵や冒険者たちは疲れ切った表情で、身に着けている装備もボロボロになっている。
「シュウ!傷の方どうだった?」
「打撲だからすぐ治ったよ」
民家に戻ると、サーシャが剣の手入れをしていた。
ここ数日間でゴブリンやオークだけでなく、木を切ったり石を刺している。
まだ研げば何とかなっているが、段々と補えず欠けてしまうかもしれない。
「剣、大丈夫そう?」
「うーん...、戦いが終わったら鍛冶屋で見てもらった方がいいかも。前より切れ味が悪くなってる気がする」
研ぎ終わった刃を拭い、鞘に戻す。
手に着いた油を手ぬぐいで拭きとって横になる。
「明日で一週間だね。援軍、そろそろ来るかな」
「...まだかかるんじゃないかな。だって一番近いルヴニツァでも片道一週間はかかるんだし、早くてもあと一週間くらいだよ」
落胆するサーシャ。
最寄りの都市まで徒歩で一週間、援軍を集めて送るとなれば追加で二週間くらいかかると思う。テレポートがあれば別だが、そんなものは伝説である。
隣に座って寝る用意をする。
奥の部屋を少し覗くと、オストルフィさんがお守りを握っているのが見えた。
子供に貰ったものらしく、夜はそれを握って祈っている。
ずっと別の街に残した家族のことを考えていて、時折その方向を哀愁に満ちた表情で眺めている。
戦った経験はないらしいが、常に冷静に周りに指示を出している。
城壁の切れ目を担当したのは生きて帰れる可能性が高いからなんてことも言っていたが、いつも最前線に立っていた。
優しい人だし、生き抜いて家族と会えるといいな。
そう思っているうちに、いつのまにか寝てしまっていた。
平原の中心、屈強な軍馬が干し草を食んでいる。
建てられたテントには兵隊が集まり、焚火を囲んで休息を取っていた。
傍に置かれた長刺剣やサーベルは使い込まれ、立て掛けられた槍は驚くほど長い。
冬の軽い訓練も終わり、撤収の用意を従者たちが始める。
「全員、行軍の用意を」
そんな場所に声が響く。
馬に乗って颯爽と現れた男はすぐに命令を発した。
「なにかあったんですか?」
「緊急の救援要請だ。時間は限られている、すぐに急行せよ」
命令を聞いた騎士たちが立ち上がる。
従者たちが鎧を着せ、軍馬を連れてくる。
自分の武器を拾い、騎士は軍馬に跨る。
周囲の兵士たちもテントをすぐに片づけ、自分の武器を持って馬に跨る。
僅かな間に全員が行軍の準備を整えた。
「行き先はどこへ?」
「ボロヴィツ」




