65話 "聖騎士"
「右リザードフォーク!市内に入られるぞ!」
「サーシャ下がって、孤立してる!」
九日目、昨日に一瞬収まった勢いから一転し、大量に敵が押し寄せている。
モンスターの勢いが強まったのはここだけでなく、全域で周辺にいたすべてのモンスターが城壁に押し寄せていた。
森林を駆け抜けるリザードフォークを衛兵が止め、その隙に魔術を撃ち込む。
衛兵たちも激しい戦いの中で負傷し、何人かは傷がひどい。
前方からトロールたちが現れ咆哮する。
あらゆる場所から敵が押し寄せ、地面は血と死体にまみれている。
サーシャも絶えず剣を振るっているが、押し寄せる敵との連戦に疲れているのか、いつもの威力が出ていない。
トロールが腕を振りかぶる。
その手には岩。
「...っ、プロテクト!」
「シュウ、大丈夫?!」
「下がって!」
岩が投げられ、障壁にぶつかる。
込めれるだけの力を込めたおかげで何とか防いだが、一瞬で障壁は崩れ落ちた。
かなり体力を消耗したが、まだ休んでいられない。
「アイスランス!マジックミサっ...ゴホッゴホッ...」
猛烈な痛みと吐き気。
魔力を一度に使いすぎたから、体内の魔力が薄れてしまった。
外気の魔力が体を侵食する痛み。
思わず膝をついてしまう。
押し寄せる敵を前に防衛線は崩れてしまった。
今立っているのはオストルフィさんとサーシャ、辛うじて二人の衛兵が膝をつかずに耐えている。
今もトロールたちは数を増し、オーガは地面を踏みしめている。
「...限界だな」
オストルフィさんがつぶやく。
鎧は打撃でへこみ、メイスを振るう手は鈍い。
諦めたような声で言葉を続ける。
「サーシャ君、シュウ君と動けなくなった衛兵を連れて市内に戻ってくれ」
「戻ってどうしたら?!」
「誰でもいい、援軍を連れてきてくれ。このままじゃ全員が犠牲になってしまう」
ゴブリンをメイスで押し倒し、頭に全体重をかけて踏みつぶす。
まだ動ける二人の衛兵はハルバードを構えなおし、切っ先をモンスターへ向ける。
「...たった三人で、耐えられるんですか?」
「大丈夫だ。早く行きなさい」
「すぐに、呼んできます!」
サーシャが衛兵を担ぎ上げる。
痛む体に鞭を打ち、自分の体から魔力を絞り出して体を強化する。
もう一人の衛兵を担ぎ、振り返らずに走る。
すぐに背後から戦いの音が聞こえてきた。
オストルフィはボロボロの体を引き摺り、大群を押しとどめる。
力の入らない腕を気力で持ち上げ、迫るオークにメイスを叩きつける。
鎧とメイスに付与されていた祝福はすでに消え、血と傷に汚れている。
祈りを口にすれば聖なる魔力が体に流れ込む。
魔術学でも解明の難しいこの力は理論でも法則でもなく、人の意思に従う。
リザードフォークが槍を突き出す。
やや遅れて掲げた盾は貫かれ、切っ先が腕を刺した。
出血と痛みを聖なる魔力で誤魔化し、オストルフィは再びメイスを持ち上げる。
激しい殴り合いで鎧はへこみ、動きは阻害されている。
今にも膝をつきそうな体を何とか立たせ、何度もモンスターに武器を振るう。
彼の思うことはただ一つだった。
家に帰り、家族に会いたい。
それでもなおここで戦い続けるのは、街を守りかったからだ。
オストルフィは優しかった。
熱心な信仰はないが、自分の力で誰かを助けるために教会に入信した。
戦闘経験はまったくもってないが、家族を養うために聖騎士の道を選んだ。
家族に会うためにすぐにでも逃げ出したかった。
だが罪のない市民が、心優しく若い修道女達が犠牲になる事は許せなかった。
それだけの理由で街に残り、槌を振るっていた。
祈祷を扱う力は神が与えたものではない。
ただ扱う素質を持って偶然生まれるだけだった。
主神は素質を持ったものに目を向ける。
善人にその素質があれば、主神はその力の成長を手助けする。
信仰心は関係なく、ただ善い心の持ち主かどうかで判断していた。
皆が納得するような道徳者や、支離滅裂な狂人に力が与えられることもあった。
オストルフィの傷が徐々に塞がっていく。
再び足を踏み出し、メイスを振るう手に力がこもる。
無から現れた聖なる魔力が体に宿り、彼の戦を手助けする。
衛兵に治癒が分け与えられ、ボロボロだった三人の戦士が武器を振るう。
ゴブリンを薙ぎ払い、リザードフォークの鱗を貫き、オークを叩き潰す。
トロールでさえも近づきききれず、モンスターの猛攻は一瞬勢いを失った。
しかし、一瞬だった。
森林からゆっくりと姿を現したアラクネが闇魔術を振るうと、彼らの体は見えない何かに締め付けられていった。
不可視の意思が与えた力は消え、彼らに抗う術は失われた。
モンスターが忌々しい力を使う敵にとどめを刺そうと迫る。
衛兵は倒れ、オストルフィは膝をついた。
眼前にはアラクネが、死が近づいている。
彼らとモンスターの境界に聖なる防壁が現れた。
強力な結界に阻まれ、退くことしかできない。
「オストルフィ卿、貴方の奮戦に敬意を表します」
足音が近づく。
甲冑が揺れる音、一つじゃない。
白銀の聖鎧と祝福を受けたバスタードソード。
強力な祈祷を行使する聖騎士。
「ホルスカ司教区聖騎士隊、到着いたしました」




