60話 "アラクネ"
巨大な蜘蛛の胴体に美女の上半身。
毒を持った鋭い足と硬い殻、子蜘蛛を率い闇魔術を用いる。
アラクネ、Aランクのモンスター。
軽々と城壁を飛び越えると、それは市内に降り立った。
「囲んで」
槍使いが指示を出す。
二人の護衛剣士と曲刀使いの冒険者がすぐに四方を囲む。
「優先破壊部位は?」
「足、次に腹体を」
「気を付けるべき行動は?」
「子蜘蛛が纏わりついてきたら即座に叩き潰す、足は危険だけれど別に手は飾りじゃない、全体を注視して」
「了解」
飛びかかるアラクネ。
爪の生えたキチン質の足、刃物のように振りかざされるソレを躱し、巨体に押しつぶされないように距離を取る。
人の腹の部分を狙い、槍が突かれる。
アラクネが後ろに軽く避け、横から斬りかかった剣士の一撃を爪で受け止めた。
別の足を持ち上げ心臓に向けて突き出される。
何かが空を飛んだ。
別の護衛剣士が跳躍し、空中で持ち上げられた足の関節に刃を滑り込ませる。
「さすがは護衛剣士、腕がいい」
「それほどでも」
長い八本の足の内、左側面の一本が切り落とされた。
断面から吐き気を催す液体が滴り、地面に垂れて草を枯らす。
苦痛の表情に顔を歪ませるアラクネ。
切り落とした剣士を睨んだ一瞬、その隙をついて曲刀使いが走る。
僅かな一瞬で接近し、根本から右足を切断する。
鋭利な曲刀は殻ごと足を斬り、さらに追撃でもう一本も斬り落とされる。
一瞬で三本の足を失ったのが余程腹立たしいのか、それとも脅威と認識したのか。
お飾りの人の体から感情は読み取れないが、何か鋭い声を発している。
城壁の方でどよめきが聞こえた。
「...まずい、子蜘蛛が突破したか」
投石をしていた市民兵が悲鳴を上げる。
子猫ほどの大きさの蜘蛛が無数に城壁を登り、市内に流れ込む。
「全員、子蜘蛛に纏わりつかれたら叩き潰せ!」
「数が多いっ...!」
纏わりつこうとする子蜘蛛。
どうにかして振り払うが、また別の蜘蛛に纏わりつかれる。
槍使いが一度にまとめて薙ぎ払い叩き潰す。
すぐにあたりは子蜘蛛の死骸で埋め尽くされた。
アラクネが魔力を組み始める。
それに呼応するように子蜘蛛はより素早く動き、体に纏わりつこうと飛び跳ねる。
「子蜘蛛から離れろ、近づくな!」
魔力が収縮し、変化が起きる。
周囲の子蜘蛛が一斉に弾けていく。
「...っ!これは闇魔術か」
弾けた子蜘蛛から暗い色の魔力が飛び散った。
ソレに触ってしまった市民兵の足が壊死している。
禁忌とされる闇魔術、人の身に許されぬものを当然に扱っている。
「触らず距離を取り、本体を攻撃しろ!」
「右足を、体勢を崩せ」
囮に投げられた短剣。
槍使いが右足の関節に穂先を刺しこむ。
くるりと捻じって足をへし折る。
残った最後の足を護衛剣士が斬り落とし、アラクネが悲鳴を上げる。
右足をすべて失い、体を引きずって動くことしかできない。
城壁から矢が放たれる。
弓使いの冒険者が撃った長矢は真っすぐにアラクネの首を刎ねた。
断面から液体が流れ、頭が地面を転がる。
そんなのは大したことではないとでも言うかのように、残った足を近づく護衛剣士に振りかざす。
「頭がないのに、まだ動くのか」
「人の部分は飾りみたいなものだ。まだ胴体に目があるが、これで後ろは見えなくなった。畳みかけるぞ」
四人が同時に攻撃を仕掛ける。
護衛剣士が残った左足を斬り落とし、曲刀が蜘蛛の腹に刃を入れる。
跳躍した槍使いは槍を下に向け、首の断面に向けて突き刺す。
人の体だった部分は槍によって内側から切り裂かれ、足を失ったアラクネは避けることすらできなくなった。
「核はどこに?」
「腹体の背面!」
二人の護衛剣士が腹体に剣を突き刺す。
曲刀が腹の上面を切り開き、槍が細長い心臓を貫いた。
しばらく藻掻いたアラクネは少しずつ力を失い、数分後に亡骸になった。
「死にましたかね」
「死んだが、やることがある。誰か油、いや燃えやすい物を!」
市民兵が近くにあった酒を持ってくる。
もったいなさを感じながら、槍使いが切り開かれた腹部に酒をかける。
「火をつけてくれるか?」
「わかりました。...これは何を?」
護衛剣士が懐から火打石を取り出し、剣と打ち合わせる。
火花が酒に引火し、腹部を焼き尽くす。
「万が一に動き出す可能性がある。それに、腹に子蜘蛛を入れている場合もある。死んだとて油断ができない」
「なるほど。アラクネは初めて戦いましたが、やはり強いですね」
「本体だけなら四人で余裕だが、あれだけ子蜘蛛がいると難しい。貴方方との共闘で本当に良かった」
「ありがとうございます。城壁が心配です、様子を確かめに行きましょう」
アラクネの死体処理を曲刀使いに任せ、三人が城壁に戻る。
日は少しずつ傾いていた。




