276-回想:シラルド・エストジール-1
俺の名前は、シラルド・アルターク・ヴィ・カナバスタ・エストジール。
エストジール帝国の第二皇子、そして継承権第二位である。
だが、この経歴を聞いて多くの人が想像する華々しさとは、俺の人生は無縁だった。
「貴方は、とても尊い子よ」
今でも覚えている。
俺の頭を撫でながら、俺の母親が言った言葉を。
「だけれど、貴方よりずっと、尊い子がいるの。あなたは、その子にとって、よい弟になりなさい。決して表に出てはいけないわ、支えるのよ」
「はい、お母様」
俺の母親は、俺と同じ濃い紫の髪と、薄茶色の肌、そして美しい紫の瞳を持つ女性だった。
名をアラナスカ・トルメル・キーア・テドラ・バルメールと言う。
前皇帝であり、俺の父親であるバルタザールと、側室の立場で成婚した。
母が、皇帝と親しくする瞬間はついぞ無かったと思う。
だが、俺は幼く、裏では仲良くしているのだとばかり思っていた。
「シラルド、君がシラルドか、よろしくな!」
俺の三歳年上の兄は、とても立派に見えた。
俺は中々話しかけられず、陰に隠れていた。
ただ、兄は目ざとく俺を見つけて、そう名乗った。
打ち解けるのに、時間はかからなかった。
「兄上、一緒に玉遊びしよう!」
「ああ!」
兄、リアシュは俺の誘いを、いつでも快く受けてくれた。
その気持ちのいい性格は、誰にでも慕われる土壌を作っていた。
だが、俺はそうではなかった。
俺が何かを頼むたびに、使用人の吐息に不快さが混じる事や、貴族たちが時折俺に向ける視線。
それらを母に相談しても、
「そういうものよ」
とだけしか言われなかった。
俺も、知識を付けなければならないんだと思い、勉強を始めた。
思えば、誰も俺が教育を受けるべきだとは言いださなかった。
教師を付けてほしいと当時の皇帝の側近に相談した時は、その夜母に詰められた。
「私が教えます。二度と、教師を付けるなどと言ってはなりません」
そして、俺は大好きな母と共に勉強を始めた。
知る度、理解するたびに、俺は知った。
ウォルタール人の事を。
俺の立場を。
使用人たちにどう見られているか、貴族たちが俺をどう思っているか。
そして、言葉が分かるようになり、噂話の中に混じる悪意を知るようになった。
「皇帝の性玩具」
「汚らわしい女狐」
「忌み子」
母と俺に向けられた視線は、厳しいものだった。
それに俺が気付かなかっただけだったのだ。
母と皇帝は、政略結婚で結ばれただけであり、子を産んだ後は白眼視されていたと。
俺は飼い殺しの皇子であり、知識を身につけるべきではないのだとも。
母は俺の為に、知識や能力を身につけさせてくれた。
そして。
「お母様!!」
今から十年程前に、母はこの世を去った。
42歳での急逝、俺は自然なものではなかったと思っている。
結局、俺と母は自然な形で死ななければならなかったのだ。
ベイラス人とウォルタール人の架け橋....はっ。
そんなものはまやかしに過ぎない。
俺は生きるために、策へと走り出した。
「最近のシラルド殿下の行為は目に余ります」
「皇室の名を穢しているとしか思えません」
無知なふりをした。
女好きで、ボンボン丸出しの皇室の恥。
そうすれば、疑り深い皇帝も、恥知らずの貴族共も、俺を好んで消そうとはしないと。
むしろ市井で有名になったことで、静かに消すのは難しくなった。
「シラルド、最近どうしてしまったんだ」
「兄貴には関係ない事だっ」
「関係ないわけがないだろう、困ったことがあったら俺に言え。お前がどうするかは気にしない......兄弟なんだ、頼れよ」
兄だけは、俺の事を正しく見てくれていた。
ウォルタール人だとか、自分の玉座を狙うかもしれないライバルだとか、そういうことを気にするような男ではなかったのだ。
俺は、相変わらず市井に通い続けた。
「シラルド殿下は、誰にも心をお許しになられないのですね」
「そうかぁ?」
「ええ。心を許しているかどうかは、我々人と会い、満足させる者こそ長けるものでございます」
帝都の高級社交バーに通う俺は、そこで働く女性とよく話した。
その中の一人が、俺をそう断じた。
....そうかもしれない。
俺はきっと、誰にも心を許せないのだろう。
「皇帝陛下万歳!!」
「新たな光よ、帝国に栄光を!」
五年後、俺が酒が飲めるようになった年。
皇帝が崩御し、リアシュ兄が皇帝に即位した。
兄が黄金の陽光の下で、多くの歓声の中にいる時、俺は誰もが表では目を背ける歓楽街で、いつものように酒に浸るふりをしていた。
「――――俺に何の用だよ?」
「どうか、力を貸してください。あの悪魔のような皇帝に、対抗するために!」
だが。
それでも足りなかったのだ。
貴族共は、王国と戦争をすると言い出さない兄にしびれを切らし、明らかな愚者である俺に対して、取り込もうと手を伸ばしてきたのだ。
白々しい、散々俺を罵った口で、今度は裏切りを口にするのか。
俺はこんな国は大嫌いだが、兄には恩もある。
だからこそ、
「やって....よろしいんですか? 本当に?」
「構わない」
俺は帝国の高い医療技術により、生殖能力を失った。
そして、追放者の傷を自分につけ、帝国を出る事にした。
兄にもう迷惑はかけられない。
俺は、自分の足で歩きたい。
.....歩きたかったんだ。
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