263-忖度
俺は肩をいからせて皇帝専用席に向かったが、そこには誰もいなかった。
ついてきたシラルドが居場所を尋ねると、事務局の方へいるという。
俺はシラルドと共にそちらへ向かい、どう文句を言おうか考えていると。
「なんだ、あのような試合は!」
中から大声が響いてくる。
皇帝の声か?
俺は入ろうとするが、扉の前にいた騎士に止められた。
「陛下が中においでです」
「俺が許可する、通せ」
「はっ」
シラルドが言うと、騎士は退く。
こいつも一応皇族なんだなと俺は思う。
それはいいんだが、この怒声はなんだろうか。
俺は中へと入る。
そして、最初の目に入った光景は、シルクハットを被った男...サルト・ランの胸ぐらを掴む皇帝の姿だった。
「し...しかし...その、お目汚しになってはいけないと思い」
「目汚しだと!? 一体何が、目を汚すと言うのだ!」
俺は振り返ってシラルドを見る。
彼は首を振り、「マジで知らねえ」と視線で訴えかけてきていた。
「....リアシュ、落ち着けよ」
俺にはどうする事も出来ないので、シラルドにそれとなく頼んでもらう。
その声を聞いて、皇帝が振り返った。
「...シラルド、シノ殿」
「何に怒ってたか知らねえが、皇帝のやる事じゃないよな? ――――兄貴」
「...ああ、すまない」
皇帝は少し進んで俺の方へ来る。
「シノ殿は、どうしてここへ?」
「......先ほどの試合が、あまりに不公平だと感じたので」
「よかった」
何がよかったんだ?
俺が疑問に思う横で、皇帝は声を潜めて言う。
「......リリー、君に気を使ったらしい」
「私に?」
「一方的な押し付けだ、ウォルタール人が天覧試合で勝つことは恥だと言っていた」
「そんな事.....」
いや。
そういう事なんだろうな。
でなければ、こんなに堂々とやらないだろう。
「とにかく、試合のやり直しを....」
「ひぃ、む、無理です!! 次回以降が開けなくなってしまいます!!」
「なぜだ?」
「べ、ベイラス人の精鋭を三人も集めたのです、か、必ず勝ってもらわねば困りますのでっ!! ウォルタール人の優勝者を誰も望まないことくらい、陛下もお分かりの筈!」
「..........っ」
正直、差別云々は俺には関係ない。
極論ではあるが、俺は内容に不満がある。
例え立場が逆でも、俺はきっと不満だった。
真面目に頑張っている人間に、強制的な屈辱を与える行為。
それを全員が許容する状況。
心底、不快だった。
「この際、結果を変えろとは言いません。ただし、試合のやり直しを。今度は一対一、勝ち抜きで、一週間後にもう一度行ってください」
「は、はい.....」
「ルールも破らないようにお伝えくださいね? 場合によっては王国の人権団体に通報しますよ」
「わっ!!! 分かりました!!!」
王国の人権団体に通報という事は、大義名分を得た王国の民間人が世直しに乗り込んでくるという事だ。
彼等を拉致したり殺害すれば、王国との国際問題に発展する。
俺一人という、期限の決まった客人ではない目の上のたん瘤を抱える事になる。
その責任や損害の補償が、サルト・ランに出来るのか?
そういう意味での脅しだ。
「行くよ、シラルド」
「ああ」
俺はシラルドと共に部屋を後にする。
だが、俺は気付かなかった。
サルト・ランが顔を少しだけ上げ、シルクハットの下から昏い視線を向けている事に。
その視線は俺ではなく、シラルドに向いていたことに。
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