255-摩擦
そろそろ帰りたいな。
それが俺の、率直な感想だった。
帝城に留まって一週間が経とうとしている。
外交的にはそろそろ帰っても良さげな頃合いだが、皇室からは何も返事が来ない。
こんなに悠長なものだっただろうか?
「今日もこれか」
俺は溜息を吐く。
外交協議の報せかと思えば、また皇帝陛下からの連絡だ。
晩餐に招待するので来て欲しいと。
向こうがどう思っているかわからないが、少なくとも疲れるので俺は帰りたい。
アルは元気にやっているだろうか。
ペルソナから毎日報告が送られてくるので見てはいるが、精神面まではカバー出来ないはずだ。
俺が寝込んでいた時、まともに食事を摂っていなかったというし、俺がいないことでまた食べなくなったら。
まあ、心配しても仕方がない。
俺は今の俺に出来ることを淡々と実行するのみだ。
「(なんで俺が着て行くドレスを考えにゃならんのだ)」
クローゼットを漁る。
毎朝、脱いだ服が消えて新しい服が補充されるのはもはや恐怖だ。
いつの間にとか、そういうのではなく。
使わなかった服はどこへ行くんだろうか。
「白でいいか」
レースと刺繍があしらわれたドレスを身に纏う。
ドレスにも種類があるんだろうが、俺があまりにも知識がないので大体一括りにして考えている。
それにしても、着るたびにどんどんサイズが合ってきているな。
「......」
数分後。
俺は城の上階に向かっていた。
セキュリティドアが進路を阻むが、手をかざすと簡単に開いた。
いくつものドアを突破したあと、俺はロデアと会っていた。
「....こんばんは」
「ええ、こんばんは。陛下はこちらでお待ちです」
廊下を歩き、外へと出た。
外から見えていたが、どうやら空中庭園の一角のようだ。
サンルームのようになっていて、外の空気は感じるが、透明な素材で隔てられている。
テーブルが設けられ、まだ皇帝陛下は来ていないようだ。
「こちらへどうぞ、すぐにお茶をお持ちいたします」
「ありがとうございます」
小さなテーブルだ。
この間の茶会と違い、もっと距離の近いものだ。
すぐに皇帝陛下が登場し、俺の前に座った。
「ご足労、感謝する」
「いえ、大丈夫です」
そもそも今日俺が来たのは、そろそろ帰りたいという旨を伝えるためだ。
直接伝えないと分かってもらえそうにないからな。
「では、失礼」
ロデアが去ると、入れ替わるように使用人が数人入ってくる。
やはり、ウォルタール人は居ない。
ナスカ...シラルドが特別なんだろうか?
「前菜のパオウスープとシンジャク・サラダでございます」
「ありがとう、下がって良い」
「承知いたしました」
早速食べるのか。
そう思ったが、皇帝は動かない。
「...食べるのではないんですか?」
「食べるとも。君からでいい」
そういう作法でもあるのか?
まあ、そう言うなら仕方がない。
俺は習った作法通りに食前の儀を済ませ、スプーンでスープをすくって飲む。
日本人的には器を持ちたくなるんだが、マナー違反どころの騒ぎではない。
「.........」
俺がスープを飲むのをジロジロ見てくる皇帝。
何かマナー的にヤバいことしてるのか?
味がよくわからないまま、前菜が終わった。
俺が食べ終わると、皇帝も思い出したかのように平らげてしまう。
「あの...皇帝陛下」
「リアシュでいい」
「リアシュ陛下」
「リアシュでいいと言った」
「リアシュさん」
明らかに上位者にそれはまずいだろう。
俺は諦めて、リアシュさんと敬意を込めて呼ぶ事にした。
「リアシュさん、私はいつ帰る予定になっているのでしょうか?」
「.........歓迎が不満だったかな」
「いえ、もうそろそろ帰国の頃合かと思っていたので...」
単刀直入に聞くと、何やら歯切れが悪い様子だった。
俺を引き留めている?
何のために?
「何か、急ぐ用事でも?」
「いえ。ただ、令嬢達といつ帰るのかという話をしましたので」
あまり長居すると、皇帝の恋愛対象と見られかねない。
特に、こんな風に会うのを続けていれば。
そうなったら、サフィア嬢があまりに可哀想だ。
「ッ...そうか。であれば、もう一ヶ月はいて貰いたい」
「一ヶ月?」
「近く、大きな行事が催されるので、ぜひ王国の民である君に観覧に来て貰いたい。帝国として、それには大きな意味がある」
「分かりました」
「それから...」
リアシュが何かを言いかけた時。
中へと続く扉が大きな音を立てて開いた。
思わずそちらを向くと、シラルドが立っていた。
「兄上、リリーさん! 何の話をしてるんだ、俺も混ぜてくれよ!」
一気に距離を詰めてきたシラルドは、俺たちのそばで立ち止まる。
「いや、大した話じゃないから...」
「だろうな、それより兄上、婚約の件は...」
「シラルド」
喋り続けるシラルドに、リアシュが低い声を出す。
だが、聞こえていなかったのかシラルドは喋るのをやめない。
「やるなら早くしろとせっつかれてるぜ、兄上も勇気を出して告白するべきだと思うが」
「シラルド!」
流石ナスカ、いい方向に話が進んでいると俺が思った時、リアシュが一喝した。
俺の全身が、衝撃に震える。
こんなに感情を表に出せる人物だったのか。
「...なんだ、兄上」
「出ていけ」
「......待ってくれよ」
「出ていけ!」
「...わかった」
一喝されたことで、シラルドは去っていく。
何が起きたのか、俺にはさっぱりだった。
結局、微妙な空気のまま晩餐会は終わるのであった。
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