253-嫌がらせ
午後の帝城の廊下を、リリーは歩いていた。
彼女の頭の中にあるのは、先ほど送付した手紙の事だ。
「(手紙なんか久々に書いたからな.....)」
リリーの翻訳する力は、文字を書く際には一切適応されない。
そのため、一回帝国語で文章を携帯端末で書いてから、それを手紙にしたためた。
手紙には時候の挨拶や貴族の礼儀である長ったらしい文章が含まれ、その中で皇帝の趣味や贈り物について触れていた。
何故手紙なのかというと、これもまた貴族の礼儀というものであった。
「ん?」
その時、リリーは何かを見つけたようで立ち止まる。
廊下の先に、サフィアが立っていたように見えたからである。
すぐに消えてしまったサフィアを追い、リリーは早足で歩く。
そのせいで、角から来た何者かに気付かなかった。
「きゃっ!?」
「うわ!?」
角を曲がってきたメイドとぶつかり、メイドの持っていたバケツがひっくり返ってリリーにかかったのである。
殆ど汚水だったが、リリーは風呂掃除にトイレ掃除と別に慣れたものであった。
特に過剰反応することなく、状況を瞬時に理解する。
「....あの、大丈夫ですか」
「は、はい...そ、それより...お怪我は....」
「ないですよ、このことは一応報告しておきます」
「命だけは.....」
「取らないでしょう、恐らく」
メイドから「マルナ子爵令嬢からこっちへ向かって歩くように言われた」と聞いたリリーは、それを真正面から信じる事にした。
とはいえ場所が悪い。
ここから見られずに帰るのは難しいだろうと、リリーは判断する。
であれば、どうするか?
『はいはい、リリー、どうした?』
「ごめーん、ちょっと汚水ぶっかけられちゃって、上に羽織るもの持ってきてくれないかな」
『何だと!? 誰にやられた!』
「ぶつかっただけだから、すぐ来て」
『わかった』
嫌い嫌いとは言いつつ、リリーはシラルドを顎で使っていた。
そしてシラルドも、それを不本意とは思わず従っていた。
現場に急行したシラルドは、何の躊躇もなく自分の上着を脱ぎ捨ててリリーに被せる。
「ひでえ嫌がらせだな....」
「嫌がらせなの、これ」
「今時床掃除なんて、バケツ使わねーよ」
「あ....」
リリーはそうだ、という風に表情を変える。
拭き掃除は全て最新の機材で行われるため、本来は使わない筈なのだ。
「わざとバケツで掃除するように命令したやつが居るな」
「そうなんだ」
「陰湿で反吐が出るぜ」
シラルドは嫌悪に顔を歪める。
リリーが嫌に親身になってくれるなと疑った時、シラルドはリリーの手を取る。
「とりあえず、行くぞ」
「え? せめて、乾いてから.....」
「いいから」
二人は廊下を歩いていく。
だが、廊下の先に別の人間が現れたことで、二人は足を止める事になる。
「皇族に助けを求めるなんて...なんて淫売なのかしら」
その少女にリリーは既視感を覚える。
お茶会にいた一人だ。
「淫売...って」
「ええ、淫売ですわ。事もあろうに他国の皇族を籠絡するなど、あってはならないことですとも」
「...黙って聞いていれば、何だその口ぶりは」
シラルドが口を開き、相手へ反撃する。
だが、相手が余裕の態度を崩すことはない。
「生まれが卑しい貴方が何を言おうと、皇帝陛下が信じることはないでしょう」
「待って、何を...」
「ウォルタール人差別か? だとしたら場違いだ、他国人の前だぞ」
「皇帝陛下をも籠絡しようとしている魔女の間違いではないですか?」
口論は続く。
ついていけないリリーは黙り込んでいた。
相手を言い負かせないと判断したシラルドは、リリーの手を取る。
「行くぞ」
「いいの?」
「...ああ」
シラルドは滅多に見せないような表情をして、令嬢の横をリリーと共に通り抜ける。
罵詈雑言を背に浴びながら、状況のよくわからないリリーはその場を去った。
「...ふふっ、これだけやればお姉様にも褒めていただけますわね」
去った二人を見ていた少女は、そう言うと去っていった。
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