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転生悪役令嬢のお忍び

お待たせ致しました。

ルゼナが主に活動する場所は貴族街と称される。


王都に住まうのは、もちろん王族や貴族だけではない。商人や平民、下民までいる。むしろ、そちらの方が圧倒的多数だ。


その平民らが活動する場所は平民街と称されていて、身分区別の為と都の警備の為に、二つの街の間には低くはない壁が立ちはだかっている。

かといって。双方の生活区域が、その壁でくっきりわかれる何て事はない。


平民に親しまれる商人が貴族に呼ばれたり、貴族としては困窮している家が平民街の商店を利用したり。厳しい検問はあれども、様々な理由があって行き来する者は多かった。

そうするうちに、貴族街よりも安めのモノ、平民街より高いモノを求める客層を狙った商店などが、平民街側の壁周りに自然と集まるようになり、暗黙で「中街」と言われる区域ができたのだった。

ガラン子爵家もまた中街を必要とする家であり、従者キリルか頻繁に訪れていたと聞いたのは、セリーヌの手紙をダンゼルク家に届けた彼に、彼女の嗜好を尋ねた時だった。


王宮で侍女をしているのなら、それなりの給金を貰っているのではないのかしら。


『セリーヌ様とケイン様は平民街でお育ちでした為、貴族街にあります品々を、生活の中で取り扱う事に未だに不慣れなところがございました。そのような心持ちでは仕事に差し支えかねないと、………比較的これならばと思われる品を、中街でお求めになられる事が多いのでございます』


後程、アルリックから、セリーヌとケビンが平民の母から産まれた庶子である事。そしてキリルが、平民街での二人の幼馴染だったことを聞く。

ーそれはさておき。

とにかく、貴族として恥ずかしくなく、元平民の彼女が気後れしないで使える物を求めて、キリルは中街に足を運ふ事が多かったということらしい。


それまで縁の無かった「中街」でも、何度も通えば常連となる店ができる。でなくても、キリルは幼馴染なのだから、セリーヌの嗜好はわかるだろう。


最初から、彼に聞けば良かったわ。


との思いは口に出さず、ならば内緒で案内してくださいなとキリルにお願いした。

キリルは慌て、アルリックは冷ややかに私を見たけれど、構わない。

だって、私は公爵令嬢ですもの。


そういうわけで、敢えて地味に装った私を乗せた馬車は、二つの街の境門へと走った。


「待たせたわね、キリル」

「はっ……」


中街の馬車止め場でキリルは待っていた。

馬車から降りた私が後ろにアルリックを従え、両手を腰にあててふんぬっと彼の前に立てば、やや青い顔をして返事をする。


何よ。まだ、何か不安なの。

護衛だってちゃんとつけているわ。

目立ぬようにと指示したから、ちょっと見ただけではわからないけれど。…ついて来てるわよね?


「キリル殿。本日はよろしくお願いいたします」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


アルリックが柔らかく挨拶をすれば、キリルはパチパチっと瞬きをし、何故か安堵したのように体の強ばりを解いた。顔色も良くなっている。

むう。何だか納得いかないわ。


「お嬢様。ここは何時までも留まるには相応しい場所ではございません。まずは移動致しましょう」

「その方がよろしいですね。では、もう少し落ち着ける場所まで行きましょう。ご案内します」


心のまま口を開く前に、アルリックの提案によってそれは封じられる。

何だかしてやれた感を覚えつつ、しなやかに差し出されたアルリックの手を取った。


商店街。

その場所を見たとき、すんなりとそう感じた。

もちろん、店が並んでいる通りなのだから、言葉のままではあるのだけれど、商店街と言えばこうよねという風景だった。

馬車を2台並べた長さの幅がある、道の脇に立ち並ぶ様々な店。その店の装いは必ずしも立派なものばかりではないけれど、扉の前に雑多に商品を陳列していたり、小さなベンチが置かれて人々が座っておしゃべりしていたり、実に生活感が溢れている。

高級であるが近寄りがたい貴族街の店と行き交う人々のどこか冷たい感じより、ずっと良い。


「お嬢様。ご不快でしょうが、お許し下さい」


ワクワクして、表情に出てしまいそうなのを思わず手で口元を抑えて隠していたのだが、そう見えたらしい。

キリルが詫びてきた。


「別に、不快に思っているわけではないわ。確かにここならば、望みの品を得る事ができそうだと思っただけよ」

「は………。して、最初はどのような店にご案内致しましょうか」

「そうね。あなたが彼女の為に一番よく行く店に案内してちょうだい」

キリルは、パチパチっと瞬きをして少し顔を赤らめた。


「畏まりました」


あら?

キリルの表情の変化を確認する前に、彼は先導するために背を向けてしまっていた。私も、アルリックの手をとって、後に続く。

そうして、キリルが最初に私を案内したのは雑貨屋だった。


「いらっしゃいませ!あら、キリルさんじゃないの!」


要望通り常連になっている店らしい。アルリックと同じ歳くらいの妙齢の栗色の巻き毛女性が、キリルを見た瞬間に笑顔になった。


「また、セリーヌ嬢ちゃんへの贈り物?……あら、ごめんなさい。お連れさんがいたのね」


女性は、キリルの後に続く私とアルリックに気づいた。


「お邪魔致します」

「お邪魔致しますわ」


揃って挨拶をしたアルリックと私に、ひくりと一瞬固まった彼女は、ぎこちない動きでキリルに問いかけた。


「こちらも……お客さん…お客様でいらっしゃる、のかしら?」


むう。

目立たぬように変装もしたのに、何だか正体を薄々気づかれているような感じね。


「え、ええ。お嬢様は…」

「ご店主でいらっしゃるの?私、今日はセリーヌお姉さまへの贈り物を選びに来たのです。お品を見てもよろしくて?」

「えっ!はいっ!もちろん、どうぞ」


キリルに私の素性について、余計な事を言わせない為に、ついっと進み出てにっこりと笑いかけた。

貴族だと気づいてはいるけれど、せっかくここまで来たのだから、畏まった感じは避けたい。

セリーヌをお姉さまと呼び、貴族であれど幼い子供といった感じを前面に出してみる。


…失礼ね、キリル。そんなに驚いた顔をしなくても良いじゃない。

アルリックは……安定の冷ややかな眼差しね。


「それほど畏まらなくても良くてよ。セリーヌお姉さまのお好みに合う物があれば良いの。先程の様子では、キリルはよくこちらに来て、お姉さまに贈り物をしているようね」

「お、お嬢様っ!」


からかうようにキリルに視線を向ければ、彼は顔を赤くし、その様子に店の娘と面白いわねと微笑み合った。


「キリルが良く利用する店を紹介してもらったのだけれど、見ての通り彼は照れてしまって。代わりにあなたが、色々教えてくれると嬉しいわ」

「そう言ってくれて助かりますよ、お嬢さん。私はサラっていうんです。いつも、キリルの相談も受けていますんでね。喜んで協力させて頂きますよ!」


キリルを肴に二人で笑った為か、彼女はふうっと力を抜いて、ニカッとはつらつとした笑顔を見せた。

次はニューキャラ登場予定です。

そして、最後へのフラグ(何回目だ)のはず。


貴族街と中街の違いは、表参道と商店街がイメージとなっています。


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