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第13話:それぞれの算段

高見との「取引」を無事に乗り越え、まとまった報酬を手に入れた唯夏。しかし、現実の歯車は一筋縄ではいかず、今度は「婚活」というもう一つの戦場が彼女を容赦なく追い詰めていく――。

日曜日。


高見との料亭の離れでの隠微な密会から一夜明けた朝、佐々木唯夏は8畳のワンルームで、冷めきった空気の中にポツンと座りながらスマートフォンを眺めていた。


銀行口座の残高アプリを開くと、昨夜、料亭の庭園の陰で高見から手渡された分厚い封筒の重みが、そのまま数字となって冷たく画面に反映されている。今月の奨学金、来月の家賃、そして少し質のいいブランドの服代。お金に関する現実的な不安は、今この瞬間だけは綺麗に消え去っていた。

だが、安息の時間は長くは続かない。

スマホの画面の通知欄に、青白い光を放って浮き上がったのは、大手メーカーの吉野からのメッセージだった。


『ごめん、今日のディナーなんだけど、会社の急な付き合いが入っちゃってどうしても抜けられなくなった。本当に申し訳ない! 代わりにと言っちゃなんだけど、来週末の金曜日にズラせない? やっぱりもう少し落ち着いた雰囲気の店がいいし、俺がちゃんとしたとこ予約し直すから、予定空けといてよ』


――当日になってからの、身勝手なドタキャン。


しかも、こちらのスケジュールや気持ちなど微塵も考えていない、あまりに勝手な言い草に、唯夏は思わずスマートフォンの画面を睨みつけ、冷めた息を鼻から吐き出した。

前夜、高見がビジネスの場で見せた冷徹でスマートな立ち居振る舞いや、自分を「スタッフ」として手駒にしながらも圧倒的な大人の余裕で服従させていく色気に触れた後だと、吉野のこうした子供じみた身勝手さや、すべてを自分の都合で動かしようとするマウント気質が、いっそう色濃く鼻につく。薄っぺらくて、ただただ鬱陶しい。


(……せっかく今日のために時間を空けて、ワンピースの準備もしてたのに。結局、私のスケジュールなんて、あの人にとっては都合のいい時に出し入れできる予定表でしかないんだ)


怒りというよりも、どこか冷め切った諦めと空虚感が胸の奥に広がる。

愛なんてなくてもいい。ロマンスなんて、この冷たい東京では一番値打ちのない贅沢品だ。

自分の目的はあくまで「東京で生き残るためのセーフティネット(=安定した結婚相手)」を手に入れることなのだから、この程度の振り回され方は必要経費だと自分に言い聞かせる。

だが、そうやって頭で理性を取り戻そうとする一方で、身体の奥底は別の記憶に支配されていた。


昨夜、料亭の暗がりでストッキングの上から執拗に秘部をまさぐられ、指先でグリグリと粘膜の湿り気をかき回されたあの生々しい感触――。高見に頭上へ手首を押さえつけられ、逃げ場を奪われたまま荒々しく唇を奪われたときの痺れるような快感の余韻が、今も太ももの内側や下腹部の熱となってじっとりと残っている。


吉野のような薄っぺらい男の言葉など、あの男が肉体に刻みつけた圧倒的な支配と快楽の記憶の前には、何の痕跡も残さない。

私はもう、綺麗事だけで生きる女には戻れない。男たちの欲望の泥にまみれ、身体の奥底から狂わされていくこの感覚こそが、今の私の生きてる証拠なのだから。


「……甘いこと考えてる暇なんて、ないのに」


唯夏はテーブルの上に放置されていた冷え切った緑茶を無理やり飲み干すと、新しい婚活相手からのメッセージに向かって、機械的な事務口調で愛想笑いを貼り付けた返信の文字を打ち始めた。


サバイバル・ロマンスの歯車は、もはや自分の意志では止まることを知らず、彼女をさらに深く、逃げ場のない狂気と淫らな泥沼へと容赦なく引きずり込んでいく。

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