第12話:表舞台の裏側
高見との思わぬ「取引」を受け入れた週末。それは、唯夏がこれまでの「パパ活」の枠組みを完全に超え、大人の世界の泥に本格的に足を踏み入れる瞬間だった――
土曜日の夜。
高見に指定されたのは、いつものカジュアルなバーやホテルのラウンジではなく、都心の奥まった場所にある高級料亭の、さらに静まり返った離れだった。
タクシーを降りた唯夏は、身体のラインにぴったりと沿う落ち着いたネイビートーンのワンピースの裾をそっと整えた。これも高見から「これくらいを着てこい」と、色や丈まで細かく指定されたものだ。まるで高価なショーケースに飾り立てられる人形のように、自分の意思を剥ぎ取られて綺麗に「演出」されている感覚に、かすかな気恥ずかしさと、すべてを委ねてしまっている冷めた諦めがドロリと入り混じる。
「こっちだ、佐々木さん。……よく似合ってるよ。想像以上だ」
料亭の重厚な玄関先で待っていた高見は、いつものラフな装いを脱ぎ捨て、隙のない仕立てのいいダークスーツに身を包んでいた。その横顔には、一個人の「パパ活の相手」という枠を超え、冷徹にビジネスを動かす企業の役員としての圧倒的な色気が漂っている。
「……お待たせしました。」
「緊張しなくていい。ただ僕の隣に座って、時々相槌を打ってくれればいいから。――それとも、この前の給湯室でのことがまだ頭から離れないかい?」
低く耳元で囁かれたその言葉に、唯夏は心臓を冷たく掴まれたように跳ね上がった。
あの日、あの狭い密室で服の上から執拗にもみしだかれた臀部の感触と、息ができないほど貪られた唇のヒリヒリとした痛みが、スーツの隙間から蘇るように全身の産毛を逆立てる。
通された静かな個室には、すでに高見のビジネスパートナーだという初老の男が二人、高級な煙草の煙をくゆらせながら待っていた。
「おっ、高見くん,連れてきたのか。お若いお嬢さんだね」
「えぇ、今回の新規プロジェクトのデータを管理してくれている、優秀なスタッフです」
――スタッフ。
その乾いた響きに、唯夏は胸の奥で小さく自嘲した。
パパ活の生々しい「愛人」でもなく、婚活市場で品定めされる「結婚相手の候補」でもない。大人の男たちの利害と金がぶつかり合うリアルなビジネスの場に放り込まれた、ただの「便利な駒」。
だが、不思議と嫌悪感よりも奇妙な昂揚感があった。
お互いに利害関係が一致しており、求められる役割が明確に決まっている分、吉野のような「上から目線で品定めするようなマウント」もなければ、曖昧な感情の揺らぎもない。ただ淡々と、要求された知性と笑顔を演じ切るだけだ。
酌み交わされる酒の匂いと、プロジェクトの利権、億単位のマネーが動くスケジュールについての会話が淡々と進む。
唯夏は絶妙なタイミングで相槌를打ち,時折振られる経済の話題にも的確に、潤んだ瞳の笑顔で返した。その隙のない立ち居振る舞いを見た初老の男たちが「高見くん、いい右腕を持っているね」と目を細めて感心する。
高見はグラスの冷えたウイスキーを傾けながら、ふと、隣に座る唯夏の太ももの隙間、ストッキング越しに露わな足首へと視線を走らせた。その瞳の奥には、ビジネスの評価ではなく、獲物を値踏みするような、深くねっとりとした欲望の熱が宿っていた。
――やがて宴が終わり、仲居の目を盗むようにして料亭の奥まった庭園の陰、誰の目も届かない石灯籠の影に、高見はスルスルと唯夏の体を押し込んだ。
「……っ、高見さん、なんですか……」
「声を押さえろよ。中に聞こえたらどうする」
背中を硬い石の壁に押し付けられ、隙のない仕立てのいいスーツの体温が、ワンピースの上から逃げ場を奪うようにぴったりと密着する。
高見の大きな手が、唯夏のスカートの裾に躊躇なく差し入れられた。滑らかな裏地を潜り抜け、ストッキング越しに引き締まった太ももの内側をねっとりと這い上がり、そのまま容赦なくもっとも敏感な秘部へと指先が這わせられる。
「っ……あ……んッ……!」
あまりの生々しい凌辱と、料亭という厳かな場所柄がもたらす極限の背徳感に、唯夏の喉から甘い水音と裏返った喘ぎ声が漏れかける。それを慌てて両手で塞ごうとするが、高見は片手でその手首をガッチリと掴み上げて頭上に押さえつけた。
薄い布地とストッキングの向こう側から、執拗に指先でグリグリと円を描くように愛撫され、熱い粘膜の湿り気が直接指に伝わってくるような錯覚に襲われる。いつでも生地を引き裂かれて無残に暴かれてしまうかもしれないという恐怖と、身体の芯から痺れるような淫らな快感が、唯夏の理性を音を立てて崩壊させていく。
「……声が漏れてるぞ、……そんなに感じてるのか……」
耳元で低く嘲笑うような悪意ある囁きを落としながら、高見は荒々しく唇を奪い、開いた口内に熱い舌をねじ込んで激しくかき混ぜた。
ビジネスの場で上品に微笑んでいた男が、裏では自分の身体とプライドを文字通り「道具」として貪っている――その圧倒的なギャップと、足の力が完全に抜けていくほどの屈辱が、唯夏の脳髄を真っ白に染め上げていく。
「……今日の報酬だ。よくやってくれたよ、佐々木さん」
荒い息を整える間もなく、高見は乱れたワンピースの裾を乱暴に直し、コートのポケットからずっしりと重い分厚い封筒を、震える唯夏の胸元に押し付けた。
「会社では、これまで通り『取引先と派遣社員』で頼むよ。……もっとも、君の身体もプライドも、もうとっくに僕のなかに沈んでいるけれどね」
耳元に吐きかけられた低く野卑な囁きに、唯夏の足の力が完全に抜けかける。
やがて手配されたタクシーのドアが重く閉まり、夜の東京のきらびやかなネオンの海へと車が滑り出す。
窓の外を流れる光の群れを見つめながら、唯夏は自分の手の中にある分厚い封筒をぎゅっと強く握りしめた。
婚活で手に入れようとした気色の悪い「安心」とも、ただのパパ活で得た後ろめたい「小銭」とも違う。
私は今、自分の知性と、そして男たちに差し出した肉体の対価として、この冷徹な街で確実に「生き残るための武器」をその手で掴み取っている。
――だが、その一方で、心の奥底で冷たくうごめく欲望と孤独の麻痺は、以前よりも確実に、深く、黒く広がっていっていた。




