6話 心身について
俺たちは何度か作戦をこなしていった。もう、一度やってしまえば何ということはない。罪悪感も最初ほどの衝撃はない。でも、オキとベンがこんなやり方をする理由は未だわからない。
「お前ら、なかなか慣れてきたじゃないか。動きにノリが出てきた。」オキが言ってきた。
「人を殺すのにノリが出てきたなんて嬉しくありません。」本心が漏れてしまう。
「そうかもしれない。だが、前よりも的確な動きができている。自分を守るためにも必要なことだ。」ベンが言う。
「……あの、」
「なんだ?」
「お二人は何でこんな方法で敵を追い詰めるんですか!?べつにここまで心を蝕むような方法でなくてもいいじゃないですか!多少死ぬ人は増えるかもしれませんけど集団を撃って威嚇して帰らせるだけでも十分な効果があります。それを何で相手の生きている人を精神的に追い詰めるような、こんなやり方なんですか?俺には全く理解できません!」声をつい荒げてしまった。
「そうか。」ベンが言う。
「そういえばお前、前のキャンプで仲間を大勢失ったらしいな。」
「はい。それがどうしたんですか?」
「どうだ?そのせいで今、なにか不都合があるか?」
「あるに決まっています。ふと思い出しては心が締め付けられる。」
「運動能力に支障はでるか?」
「それはありませんが。」
「人と関わるとき、厄介か?」
「そんなことはありません。知らぬ人と話すときはもちろん、こいつと話すときもあまり、思い出すことはありますが態度に出るかと言われると。」
「じゃあ、」
ガチャ——銃を右肩に突きつけてきた。
「何をするんですか!?」
「俺が引き金を引いたとする。」
「え?」
「そしたらお前は利き腕が使えなくなる。」
「はい。」
「運動能力に支障が出て、誰かと話すときも痛みは気になり、もし治療が遅れればその機会すら減ってしまうだろう。」
「はい。」
「もし、撃ったたまが少し外れ、ターゲットが生き残ったら、そういうことになる。」
「はい。」
「俺も確実に仕留めきれるとは限らない。だから撃つ数はできるだけ減らすんだ。あとお前らがずっと言っている人を殺すときの気分の悪さだが、俺もあれは好きじゃない。」
「……。」この人が狙撃を失敗することとその人の今後のことなんて考えているとは、そうは思えなかった。
「そしてなにより、」まだなにかあるのだろうか?
「撃たれると、痛いんだ。眼の前で仲間が突然の狙撃で死ぬよりも、どんなものを見るよりも、この金属がが体に当たるというのはそれこそ死ぬほど痛い。お前はどうやら心に神経が通っていると思っているのか知らんが、気分だの恐怖だのそんなものはしらん。ただ、心よりも身。これが俺が玉を最も少なく作戦を立てる理由だ。わかったか?」
俺はその場にぺたんと座り込んでしまった。いつもの冷徹さによる冷ややかな恐怖ではなく、どこか暑苦しい、かみなりおやじのような怖さだ。つまり、怒られた。に近い感じだ。
俺はその後、二週間ほどして街に帰った。逃げ出したなどではなく、単純にもともと決まっていた期限だ。列車の景色が少し前に見たときとまた変わっている。春がもうすぐそこまで来ているのだろう。淡い桃色の花が咲いている。もうすぐまたかのパン屋に帰れると思うとトゲトゲしていた心が穏やかに落ち着いていくように感じる。みんな出迎えてくれるだろう。なぜだか、真っ先に浮かんだのは知りの顔だった。
「ただいま。」誰もないが挨拶をして家に帰ってきた。久しぶりに湯に浸かりたい。あと、うまい飯も。ここのところ冷たい水とあのまずい魚だったから。
一通り済ませてベッドに横になった。
「ああ。疲れた。」今感じるのは体の疲れだ。心もすり減って入るだろうがとにかく体が動かない。
陽の光で目覚めた。俺の部屋の窓は南西についているはずだ。ということは、俺は昨日の夕方からまる1日近く寝ていたのか。そのおかげか、体が軽い。少し休むつもりでいたが、パンの準備でもするか。おっとその前に。
「おばさん。こんにちは。昨日の夕方、かえってきました。」
「ええ!パン屋さん。おかえり。全然気づかなかったわ!元気で帰ってこれて何よりよ!わざわざありがとうね。」
「パンは明日からまた売るのでよかったら来てください。」
「もちろん行くけど、少し休んだら?きっと疲れているでしょう。」
「ぐっすり寝ましたから、大丈夫ですよ。」
「いいえ。だめだわ。体が元気でも心が元気じゃなきゃ!戦ってきて帰ってきたばかりなんだから!」
「それもそうかもしれませんね。」
「聞き流そうとしているでしょ。だめよ。私なみんなに言ってパン屋に行かせないから開けたってむだよ!だから休みなさい。」
「それはまいっなあ。じゃあ休ませていただきます。」
「それがいいわ。」
あの人は身体よりも心が大事だと思っているらしい。体寄りに重点が向き始めていた俺にとって逆流となる、言葉だった。しかし、これを受け入れてしまう。ごちゃごちゃ考えても無駄だ。あのおばさん以外家を知っているひとはいないし、帰るか。
次の日、体は回復しているからか朝は普通通り起きることができた。今日こそパンの仕込みをしよう。
パンを焼いていると店のインターホンがなった。休みなのに、誰だろう。不思議に思ってドアを開けるとシリが立っていた。少しの間、目が合うと彼女の目にみるみる涙が溜まっていく。
「おかえり。」そう言って抱きしめられた。胸の中の彼女はわんわん泣いている。言葉にならない声をなんとか出そうとしている。
「シリ、落ち着いて。深呼吸。」
「落ち着いていられない。死んじゃうかと思った。」
「このとおり生きているじゃないか。」
「うん。おばさんに聞いたとき、嬉しくて。」
「ありがとう。心配してくれていたんだね。」
「ねえ。なにか手伝うことはない?疲れているでしょ?」
「うーん。いま、パンを焼いているからな。早くその手をほどいてくれないと焦げてしまうかもしれないから、そのことをお願いしたい。」
「ごめん。でもそんな言い方しないでも。ねえ、ついて行って良い?邪魔にならないようにするわ。」
「いいよ。」
おれはいま、なにか自分にのしかかっていたものがすっとどこかへ行ってしまった気がした。昨日、おばさんとしゃべったときにも少し感じた感覚だ。
これが、心がの疲労が取れていくということだろうか。確かにこの感覚がおとずれる前と後で不都合はなかった。でも、今のほうが遥かに生きている実感がする。
シリはよく手伝ってくれた。今日のうちにやるのはバゲットと他のパンの生地作りだ。いつもより楽しくすることができた。
「ありがとう。助かった。」
「パンって力仕事も多いのね。疲れちゃったわ。でも、楽しかった。」
「じゃあ、またあした。」
「うん。ありがとう。」
シリは楽しかったといってくれたが、俺もいつもより楽しめた気がした。もちろんシリは素人だし、一人でやったほうが早くできたかもしれない。黙々とやったほうが疲れずにできたかもしれない。それでも、二人でやったほうがずいぶん楽しかった。文字通り楽に感じた。
「おはよう。もう、お店を開けてるのね。十分に休めた?」
「はい。おかげさまで。」
「シリがあなたが帰ってきたと聞いたときすごく喜んでいたわ。」
「昨日、来てくれました。とても心配をかけていたみたいで。」
「次は手紙の一つでもよこしたら?」
「そうしましょうかね。」
「今日はベーコンエッグパンと、フレンチトーストをお願い。」
「ありがとうございます。」
「いらっしゃい。」
「バゲットとジャムをちょうだい。」
「いつものじゃないの?ハニーチーズパン。」
「昨日手伝ったやつがいいかなって。」
「なるほど。きのうのお礼にバゲットはただにするよ。」
「昨日、おやつ食べさしてもらったじゃない。それに、私が好きでやったことだし。」
「昨日のおやつはたまたま二人で食べただけだ。あれがお礼にはならないよ。それにとても助かったし。」
「そう?足手まといになっちゃったかなって思ったけど。」
「いつもは一人でやるから、喋りながら仕事をできて楽しかったよ。」
「じゃあ、そういうことにしていただくわ。」
「こんにちは!お兄ちゃん、帰ってきたの?怖くなかった?寒くなかった?」
「リコちゃん。いらっしゃい。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
「今日ね、お母さんも来てるの!」
「こんちには。」
「お母さん。こんにちは。一度お会いしていましたよね。」
「はい。いつもリコが世話になっています。」
「いえいえとんでもない。いいお客さんですよ。」
「娘が、パン屋さんが帰ってきたって聞いて、学校が終わってすぐに行こうって。かまってくれてありがとうございます。」
「そうなんですね。うれしいです。どうぞ、パンをえんでください。ちょっとやすくしていますから。」
「じゃあ、これとこれと……」
あのおばさんが近所に行って回ったのだろうか、顔見知った客たちがぞろぞろ来た。みんな、行くときと同じように心配して、さらに安心してくれた。体をマッサージしてくれたわけじゃないのに体が軽くなったようだった。




