5話 頼ることについて
シャッ。シャッ。シャッ。シャッ——
四人の足音がいつもよりよく聞こえてくる。雪が少し溶けて夜の間にまた固まり、氷になっているのだろう。俺たちの部隊は1日のタスクがそれほど多いわけではない。そう言うと少し語弊があるかもしれない。オキとベンの二人の能力に比べると、という言葉が必要だろう。これは二人のポリシーに関係している。神出鬼没、奇々怪々、摩訶不思議を正義としている二人にとって派手さというのはマイナスな評価だろう。
二人の敵の嫌なところだけを狙うやり方は傷害的ダメージは少なくすむかもしれないが心にかかるストレスは必要以上であると言わざるを得ない。それが人をどれだけ苦しめるかわからないのだろう。いや、わかっていてやっているのかもしれない。ベンは家族を亡くしたらしい。だとしたらもっとたちが悪い。
「おい、前を向け。おいていくぞ。」
「あ。失礼しました」
「体調が悪いのか?」
「いえ、そんなことは」
「だったら一心不乱に歩け。」心のうちを見透かされているようだ。
バン——
また、人が死んだ。自分の隣りにいること男のせいで。
バン——
また。
バン——
まただ。これで人が死んだだけでは済まされない。司令塔を三つ失った部隊など戦場では雑魚に等しい。命をやり取りするこの場で、命を取らずとも一つの部隊から生きる意味を奪ったのだ。本来、人が死んだ「だけ」など言っていいものではない。だが、それが小さく感じられるほど大きいものが失われたのだ。
兵士として戦う以上避けようのない苦しみなのはわかっている。でもここまで無理に痛みを増幅させるような状況だとはとても
「おい、魚。食っとけ。」
「ありがとうございます。」今は食事中だ。どんよりした空気を出すのは良くない。
パチパチ——
ジュワ——
火を消してまた歩き始める。
今の季節、この地域では夜空がきれいだ。今日の月は満月のはずだ。ほぼ真上にはっきりとみえる。
カチ——
その隣にある月に負けぬ明るさをもつ星は獅子の心臓と言われている。
カチ——
左に目をやるとあれはスピカ。
カチ——
逆の方向にはベテルギウス
カチ——
さっきからなんの音だ?目を閉じて音の方向を探る。どうやらキャンプのテントと林の堺から鳴つているらしい。これは、いけない。以前の記憶が蘇る。かつての戦友を失ったあの夜と重なる。オキ、ベンという恐怖を具現したような者の周りにいたから薄れていたが敵はこちらの命を奪おうとしている。ここまで来る可能性は十分にある。
幸い銃は携帯している。複数人いるとは思えない。思い切っていくしかない。
カチ——
さあ、行くんだ。
カチ——
一歩がでない。
カチ——
怖い。
「おい。おまえこんな時間になにしてんだ。」
「うわぁ!」
「大きな声を出すな。オキに迷惑だろ。」
「ベンさん。あっちから音がするんです。敵かもしれません。」音の方向を指さしながら言う。
「は?お前しらないのか?おそらくその音はオキだ。」
「え?」
「あいつは敵の情報を得るために盗聴器を使うことが多いんだ。大抵、今くらいの時間にどうやっているかは知らんが仕掛けてきていろいろ調整している。その機械いじりの音だろうな。」
「そうなんですか。」
「わかったらさっさと寝ろ。」
「はい。」
とても安心した。安堵からかすぐ眠れた。
朝は冷え込む。敵か動き出す時間帯を狙って俺達も動き出す。今日もいつもと変わらず淡々と、ただ淡々と仕事をこなしていく。
「なあ、マスク。俺達が作戦に組み込まれるのはいつだ?」
「どういうこと?」
「いまはずっと二人について行っているだけだ。なんの仕事もしていない。」
「お前は玉が打ちたい。と?」
「いや。あんなに怖いことをやれるはずがない。」
「そうだよな。俺も毎日毎日怖いと思い続けている。」
「でも、お荷物になるわけにはいかない。」
「お前にそんなおもいがあったなんてな。いや、それは侮辱になるな。お前は自分で目標を持ってここにいるんだから。」
「お前はなんでここにいるんだ?いまはもう前のようにのらりくらりとしているわけじゃない。なにか思いがあるんじゃないのか?」
「それは今は言えない。でもそれがあることだけはいておくよ。」
「わかった。」
俺達も戦力として組み込むことになったのはオキに疑問を伝えてすぐのことだった。自分たちから言い出すまでは待っていたらしい。自分たちのやり方では合わなくて途中で勝手に作戦をめちゃくちゃにされては困るからだそうだ。そう言われるとどんなことがあろうと作戦をやめることは許されないという緊張がさらにます。
「ベンさん。俺ら、うまくやれますか?」今回は二手に分かれて狙撃をすることになっている。もちろんオキとベンがペアだ。
「うまくやれないことがあるのか?お前らは撃って走って逃げて来るだけ。いつもは違うポイントに移動してまた撃って、とやっている。簡単なはずだ。」
「それでも不安です。」
「心配するな。たまを全部外してもそんなに変わらない。なぜならお前らのターゲットはちょっと偉いくらいの相手へのダメージで考えるとあるのないのでそこまで変わらんくらいのやつだ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
それから俺達は定位置についた。いつもならオキが色々と指示を出してベンが撃つだけだ。しかし今日は二人にだけだ。でも外しても大丈夫なくらいのターゲットらしい。
「エリック、顔がこわばっているぞ。俺達の目標は死んでも死ななくても変わらないくらいの人らしい。緊張しすぎることはない。」
「ああ。俺も聞いたよ。そんな程度の目標に怖気づくわけにはいかない。」
それから、俺達はいつも二人がやっているように準備をした。
パキ——
「ベンさんのまねか?」
「ああ。というより俺の中のスナイパー像だ。」
「なるほど。じゃあ、あそこのデカい石を通り過ぎたら打つぞ。」
「了解。」
あと、二歩。一歩。さあ撃て、エリクサンドラ=グロウビッツ。
バン——
当たった。確かに当たった。人が死んだ。どんな人が死んだ?死んでも死ななくても変わらないくらいの人
は?
「なあ、」かすれる声で親友に問う。
「俺達が撃ったのは、殺したのは死んでも死ななくても変わらないくらいの人だよな。」
「ああ。そうだ。」
「じゃあ、本来、オキさんとベンさんの作戦では殺されるはずでない人だったのか?」
「え?」
「俺の緊張を最小化するためにあの人が死んだのか?」
「……。」黙りこくった、いや、絶句した親友の顔は色を失っていた。
「どうやら余計なことに気づいたらしい。」
「なんでそんな……。」さっきの俺の声よりかすれてほぼ音にならない声だ。
「冷静に見えるか?そんなわけ無いだろ。ただ、お前よりすこし罪悪感を感じにくいだけだ。申し訳ないがな。」
テントに戻った。まだ、親友の顔に色は戻っていない。中に入って横になってもらい、俺はオキとベンと魚を食べた。やはり、まずかった。
腹が膨れたとは言わないが、少々のエネルギーにはなる。俺も疲れた。テントにもどろう。
テントの入口を開ける。そこには親友があぐらをかいて背中を丸めて座っていた。
「なあ、お前は、何で、そんなに平気なんだ?」怒気さえ感じられる声で言う親友の顔はさっきとはちがい、赤く腫れている。
「苦しい。俺だって苦しい。全く平気じゃない。」ああ、今、俺の顔をみたらこいつと同じような色をして、目には涙が溢れているんだろうか?
「でも、堪えてた。でも、もう無理だ。気分が悪い。」
「ああ。良かったよお前もそうで。お前が、人で良かった。あの人らとは違って、良かった。」
「そうだな。俺はまだ人だ。」
「頼りにしてる。あの人たちに技術では届かなくても、気持ちの面で俺を助けてくれるのはお前だけだ。」
「全く同じだ。俺も。」




