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4話 守ることについて


「なあ。お前、帰ったらなにをするんだ?そろそろ決めないとだろう。」

「お前はパン屋だったな。俺は宝石店をしようと思っている。つ(・)て(・)があるんだ。」

「儲かりそうだな。」

「パン屋よりはな。」

 俺はなんでパン屋を一番に思いついたのだろう。中学のときにやったことがある程度で。そんなものなら他にもあった。おそらくミラーという、元軍人の影響だろうが、自分にできるのか。まあ、そんなことを考えても仕方がないし、なんとかなるだろう。

「お前ら、行くぞ。」オキが言う。

「はい。」

 オキとベンという二人の化物と組んで行動をし初めてから一ヶ月ほどして、次第に二人に対する嫌悪感や恐れといったものが薄れていくのがわかる。人をあれだけ淡々と殺す姿に、人外と思わせる空気感を重ねていたが慣れてしまった。


 季節は春だ。今日はパン屋の初発売日だ。食えるだけ稼げればいいが、どうなるか。

「いらっしゃいませ。」お客さんだ。年齢は四十歳くらいか。

「新しいパン屋さんでしょ。まえから気になっていたのだけど、なかなかどんなところかわからなくてねえ。あなたのようなお兄さんがやっているなんて思わなかったわ。」

「私は商売というものをわかっていなくて……。宣伝まで手が回っていないんです。」

「でも美味しそうな匂いがしてるからこの辺の人には結構知られているんじゃない?」

「それはありがたいですね。」

「じゃあフランスパンとサンドイッチをいただこうかしら。」

「お買い上げありがとうございます。」

 記念すべき一人目の客だ。ほのぼのとした空気につい自分が軍人であることを忘れてしまいそうになれば良いのだが、このギャップがかえって悲壮感を生んでしまう。もう俺はそうやって生きていくしかないんだろう。

 昼頃になり、つぎの客が来た。

「いらっしゃいませ。」客は会釈したように見えたが先ほどの婦人と比べて暗い。しかし長く黒い髪をしていて整った顔立ちをしている。

「これと、これを。」

「ありがとうございます。」会計が終わるやいなやさっと帰っていく。オープンしたてのパン屋に来るようなタイプには見えなかったが、どんな人か見ただけではわからないということか。

 それから予想していたより少し多くの客が来た。上々の立ち上がりだろう。まだ接客にも慣れていないので一日中緊張しっぱなしだ。あいつはなにをしているのだろう。宝石店をやるとか言っていたがおれはそれができる気がしない。パンも簡単ではないが宝石なんて神経を使うものを扱うと気をどうかしてしまいそうになるだろう。

 パン屋二日目の朝は客入りがあまりない。そもそも昨日の婦人はオープンを今か今かと待ち構えていた変わり者で、朝食の終わったあとに開くパン屋なんて最初から客が来る方がおかしいのだ。

 昼頃、昨日の女性がまたやってきた。今日も昨日と同じたまごサンドとハニーチーズパン。気に入ってくれたのか。きょうもそそくさと帰っていってしまった。その後、昨日の婦人が友達何人かを連れてきてくれた。昨日の今日でこの店をそんなに気に入ってくれたのか。

「こんにちは。おにいさんひとりでやってるんですか?」

「はい。そうです。まだ2日ですがね。」

「すごいわ。」

「ほんとよ。私の息子なんて役者になるとか言って外国にいってなんの連絡もよこさないの。見習ってほしいわ。」

「お兄さん。彼女はいるの?」

「こら失礼よ。」次々と言葉が出てくる。オキとベンの無駄の一切ない会話とは真逆の無駄でしかない会話。だが、これもこれで価値のあるものなのかもしれない。結局それぞれいくつかパンをかっていってくれた。


 それからパン屋は予想を上回る繁盛を見せた。なぜかわからないが女性の客が多い。老婆から幼女まで。いっそ店内をピンクにでもしてみるか。

「こんにちは!」噂をすればと言うやつだ。ここのところこの女の子はよく来るようになった。歳は10歳くらいか。

「こんにちは。今日はなにが欲しい?」

「レーズンパン。」

「一個?」

「二個。レイちゃんね、これお友だちと食べるの。」店の外を見ると同じくらいの歳の女の子がいる。恥ずかしいのかこちらを見て入るが突っ立っている。

「いつもありがとうね。」パンを渡し、笑顔で見送る。子どもはあまり好きな方ではない。しかし関わっていくうちになんとなくかわっていくものだ。

 時計を見ると十二時半。そろそろか。

「いらっしゃいませ。」黒髪の女性が入ってきた。

「こんにちは。今日はシュガーパンとコロネとレタスサンドで。」最近は毎日顔を合わせているせいか世間話をすることもある。

「甘いものをレタスで調整しようとしても無駄ではないのかな?」

「痛いところをつかないでよ。」こんなからかいまでするようになった。

「いつもパンを買ってるけどなんの仕事をしてるの?失礼だけど聞きたくて。」

「歌手を目指してるの。まだ売れてないけどいつか売れてみせるわ。その時にはサインをあげる。」

「そうだったんだ。こんど歌って見せてよ。でも、プロでやってる人にただでというのは良くないのかな。」

「ええそうね。でも私がたまたま鼻歌を歌いながらパンを選ぶことがあるかも。」彼女はいたずらに笑う。その笑顔にはなにか惹かれるものがある。彼女はパンを買って満足そうにさっていった。

 夏が終わる頃にはすっかり街の人と一体となって楽しく商売をするようになった。あの女性の名はシリと言うらしい。シリは毎日のようにパンを買いに来てたまに歌を歌ってくれる。ガラスのように透き通った音をしているが、時にはその破片のように鋭い声を出すときもある。その歌を聞いていると冬の戦場を思い出してしまう。いい意味でも悪い意味でも色味というか、なにかが共通している。

 その頃、家に一通のはがきが届いた。徴兵の知らせだ。 パン屋を一時的にしめなければならない。始めるまでは考えていなかったが、パンを買いに来てくれている人がどのような反応をするだろうか。

 翌日、長期休業の張り紙を出した。店はあと3日やってからしめることにした。

「あなた、戦争にいかないといけないの?断ればいいじゃないの。」いつかの婦人がいう。

「わたしはお兄ちゃんのパンが食べられないと思うと悲しいわ。」とその友達。

「パン屋さんやめるの?」と少女が。

「あなたの意思だから尊重はするけど、少し悲しいわね。」シリもそういった。

 更に皆、口を揃えて「気をつけて。」と自分の身を案じてくれた。前回までは一人だったのでそんなことを言ってくれるひとはいなかった。なぜ皆自分の心配をするのか、わからない。中には引き留めようとおせっかいをかけてくる人もいる。自分を守るためだと。自分の身はどうなってもいいとは思っている。それだけの覚悟があるから何度も戦いに出るのだ。それを他人に守られる筋合いはない。

 3日後に家を出た。荷物はそんなに多いわけではない。今回の行き先は00西部のミラクリアという地域だ。その先には03という国がある。01と仲がいいらしい。

 電車の外の景色がだんだん変わってゆく。今回もオキとベンと行動するらしい。あいつも同じだ。あ(・)れ(・)と一緒なのは自分の成長を考えればいいことかもしれない。しかし、あの冷淡な態度とともにするとなると寒気がする。怖い。ただ、怖い。行きたくない。ずっとパン屋をやっていたい。今から引き返せばみんなは笑顔で迎えてくれるだろう。でもそんなことはできない。


 目的地についた。

「よう。これで揃ったな。」

「行くぞ。」二人の無駄のない言い回しが前よりも冷たく感じる。

「おい、大丈夫か?ぼーっとしてないで早くいかねえとおいてかれるぞ。あの人たちマジでおいていくからな。」

「悪い。」


「今回のターゲットは敵の本陣第一隊全員だ。」オキが言う。

「全員?どういうことですか?」

「今回、敵の最強部隊は第一隊だ。勝手にこっちが読んでるだけだがな。そいつら全員殺すというわけではない。奴らの武器は機動力にある。それさえ封じてしまえばあとは消化試合だ。だからそいつらを行動不能にする。」

「手段は今まで通りだが、確実にダメージを与えるためにいつもより多めに玉を撃つ。」

「しっかりついてこい。」やはりこの二人は恐ろしい。人を殺すこと、人を恐怖させることに全神経を注いでいるようで、その他のことは何も考えていないように思われる。

 ベンのクラッキングが鳴る。一瞬橙に光る銃口、その次に煙が上がる。もう一発。普段は連射しないが、今回のミッションをうけてのことだろう。そうして走る。敵を中心にして弧を描くように。また銃が人を捉える。パキッ。カチッ。バン。チカッ。ユラユラ。バン。バン。バン。バン——。


「ベンさん。」

「なんだ。」

「なぜ傭兵をしているんですか?」

「お前に関係ないことだ。詮索はやめることだ。」

「関係はありません。でも、俺はベンさんとオキさんが怖い。人を殺したくて、怖がらせることが好きで、冷酷で、残忍で、頭のおかしい人でないと二人のようにならないとおもうんです。何が人をそこまでさせるのか、知りたいんです。」

「お前はそうではないのか?」

「え?」

「お前はそうではないのか?人を殺し、恐怖させ、狂っているのではないのか?そう自信を持って言えるのか?」

「それは……」

「俺の場合、俺はそうではない。人を殺し、恐怖させている。しかし、狂ってはいない。冷酷でも残忍でもない。人を殺すのはいやだ。質問に答えてやろう。俺には家族がいるんだ。俺がたった一人愛した女性とたった一人命を変えても守りたいと思った少女だ。でも、その思いは叶わなかった。殺されてしまった。お前も経験したかもしれないが空襲にあって死んだ。戦場にいた俺は助かって家にいた二人が死ぬなんてあってはならない。だから、俺はその時からずっと戦場にいる。俺の中ではまだあの一連の戦いは続いている。同じ戦争で、俺も二人と同じように死にたいんだ。だからここにいる。」言葉が出ない。殺人マシンだと思っていた人に初めて人間味というものがうつった。ベンの顔は光を失っている。自分もいつかこうなってしまうのだろうか。それはいやだ。大切な人を失うのは辛い。誰も失いたくない。自分が守らないといけない。レイという少女やおばさん、シリも自分が守らないと自分もこうなってしまう。俺が俺のために俺じゃない誰かを守る。身勝手かもしれないが。

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