3話 殺すことについて
俺は再び徴兵された。前のやつからさほど時間は経っていない。俺の所属する隊はオーガ隊。前回同様後方部隊、前はむちゃをしてヘマもして仲間の大勢を失ってしまった。今度は絶対にさせない。
前回と違うのは隊の規模が5倍以上であるということだ。後方の遊軍という位置づけは変わらないが人の数がとても多い。まだほとんどの人の名前も知らない。
「まずい。」魚の小骨を吐き出しながら言う。自分で焼いたパンはまだ食べれたもんじゃないが、この魚もなかなかだ。何を食ったらこんな味になるのか。
「この魚まずいよな。」よほど嫌な顔をしていたのだろうか。周りに座っていた男が話しかけて来た。
「ああ。クソまずいよ。」
「でも、俺は気分が良いぜ。まさかというかんじだ。」なにかいいことでもあったのだろうか。男の方をちらっと見る。
あっ―声が漏れた。
「……よう。」それしか言葉が出ないようだ。そこには高校で知り合ったかつての親友が微笑んでいた。
「まさかこんなところに。いやぁ、懐かしいな。」へらっとした声だ。ハキハキできないものなのかといつも思う。二人でいるとこうなってしまうらしい。
「マスク、さっきも言ったがまさかお前が本当に軍人になっているなんてな。」
「ああ。そういったじゃねえか。今は通信兵のはしくれだ。」
「俺はスナイパーのはしくれだ。ここにいるってことはオーガ隊か?」
「ああ。色々あってな。」
「そうか。俺も色々あってここさ。」親友は少し遠いところを見るような格好をした。鳶色の目が曇ったような気がした。彼も自分と同じような経験をしたのだろうか。
「兵役がないときは何をしているんだ?」
「俺はパン屋をやろうとしている。まだオープンできていないが、今回が終わったらしようと思う。」
「確か親戚にパン屋がいると言っていたな。」
「よく覚えてるな。そうだ。小さいときからやってきたから、なんとかな。」
「なるほどな。俺は何も決まってないよ。」
「そうか。何でもいいが仕事はしないと金がなくなるからな。」
「ああ。わかっている。」
翌朝、隊が動き出した。隊長の方針でいくつか班を分けるとき、各々で組んで良いということだったので二人で組むことにした。班は二人でもいいらしい。お互い、それなりに頑張っていたらしくある程度歩いても止まることはないようだ。雪が積もっているが、俺は雪の積もった銀世界は好みだ。時々見かけるリスや鳥は疲れた心身を癒してくれる。
夕方、野営の準備になった。テントを張って、寝床を整えた。
「この銃はどこに置こうか。」
「長身のやつは奥の方に置くのがいい。それから、手で持てるサイズのものを絶対にポケットに入れておけ。」
「なぜ?寝返りをうつとあたって痛いだろう。」
「敵襲があったときに応戦できないだろ。前にいた隊は敵襲があって、おれは武器を持っていなかったから物陰に隠れるだけで何もできずに他のみんなを死なせちまった。だから持っておくんだ。」
「そんなことがあったんだな。わかったそうするよ。」あの日、今日のように小型の銃をポケットに入れておいたなら、仲間は助かっただろう。過ぎたことだが、悔やまずにはいられない。今は隣にいる鳶色の青年を失わないことだ。近接戦闘は特に苦手だが、少しくらいは心得ている。そんなことを考えていると眠れない。戦場を離れ、パン屋の支度をしていたときはそんなことなかったが、やはり同じような状況ということで身構えているのだろう。
次の日は何事もなくやってきた。その日は本隊にくっついて先に進む。冬の森の中を進むのはつらい。手足の感覚がなくなっていく。
「俺は敵の部隊の数と規模の偵察についていくが、来るか?」別の兵士が誘ってくる。
「ああ。行かせてもらう。」何事も経験だ。敵もそう簡単に見つかるところにいるというわけではないし、潜伏部隊は見つけられないと思う。しかし、見えるところが見えるのと何も見えないのでは大きく違ってくる。偵察の腕を上げるためにも経験が必要だ。
「南に大きいテントが3つ。そこから西に300メートルの地点にも大きいテントが2つ。さらにそこから南に500メートルにも2つあった。」
「そうですね。」上官の説明を聞く。自分でも確認したのだが、見てきたものを正確に地図に落とし込むコツがまだわからない。
「ということで、大事なことが抜けている。何だと思う。」
「重機の位置ですか?」
「その通り。しかしそれでは不十分だな。正確にはどんな状態の重機がいくつあるか。だ。」
「状態というのは?」
「ガソリンの残量、玉の残量、表面の柄。まあ柄は大抵迷彩だが、ほかはちゃんと確認する必要がある。」
「それはどうやって調べるのですか?」
「これは動いたときに音を調べるしかない。」
「音ですか。」
「ああ。そうだ。コウモリが泣くようにキュルキュルなっていたら車が軽いからガソリンも玉もあまり残っていない。逆にゴリゴリ唸るようになっていたら満タンだ。」
「わかりました。」偵察はなかなか難しいらしい。
「お前、わかったのか?」テントに帰って反省を語り合う。
「わからん。 」
「一人前の通信兵には程遠いな。」
「まあ、そのうちなれるだろう。」どうだろうか、自分にも自信はない。
「しかし、魚がまずい。ただ焼くだけではこれが限界だがな。」
「ああ、まったく。」
次の日、俺達は別の班と合同で行動することになった。その班は熟練のスナイパーと通信兵の二人の班だった。
「スナイパーのベンだ。よろしく。」スラッとした男だ。金髪で青い目をしている。小柄だが、敵を見据える冷たい目をしている。今は微笑んでいるが、その冷たさは透けて見える。
「通信兵のオキだ。よろしく。」こちらはガッチリしている色黒の男だ。この二人は名コンビとして名高い。俺達もこういうふうになれという隊長の計らいが見て取れる。のは気のせいだろうか。
「今日は敵の隊の移動がある。そこで、その隊長を撃つ。隊長クラスが三人いるから、全員やる。おまえら、しっかりついてこいよ。」なかなかプレッシャーをかけてくる。
それにしてもついてこいよとはどういうことなのか。一挙手一投足を見逃すなということなのか。
二時間も待てば敵の隊が動き出したようだ。
「前から二番目の男、小柄なやつが目標だ。やれるか?」
「ああ。いつでも行ける。」低く、冷たい声でベンが答える。
「では、こちらから見て右にある木から飛び出ている枝があるだろう。そこをくぐるはずだ。頭を下げた瞬間に撃て。」
「了解。」的確な指揮にスビード感のある返事。さすがといったところか。
「お前たち、わかっているだろうが、静かにな。」冷たい声で言う。言われなくても声なんか出せない。それほどの緊張感だ。
パキッ、カッ――クラッキングの音がする。ベンが鳴らしているのだ。クセなのだろう。
パァン――銃口から煙が出ている。どうやら撃ったらしい。どうだろうか。……目線が銃口から動かない。いや違う。目線は銃に沿って動き、今は引き金を見ている。俺は着弾の地点を見ることができないのだ。おそらく、そこでは人が死んで倒れていから。
「これが、殺すということなのか。」隣の友の鳶色の目は少し虚ろになっていた。俺だってそんな目をしているだろう。
「おいお前ら、走るぞ。」オキが言っている。なぜ走るのか、どこに向かうのかわからない。どういう意味だろうか。ベンとオキは走り出してしまった。俺達はそれに続くかたちで走り出す。二人とも全速力だ。そんなに急いで何をするのだろう。
敵の列に沿って逆行する形で走り、一キロ程走ったあたりでやっと止まった。列の最後尾よりももっと後ろ、兵士たちのつけた足跡のある遮蔽物が何もないところだ。振り返られたら見つかってしまいそうだ。
「なんでこんなに走るんですか?」
「説明はあとだ。次のターゲットだ。」ベンはもう狙撃の準備をしている。オキも双眼鏡を持ってタイミングを伺っているようだ。
「十秒後行けるか?」
「ああ。」
「八、七、六、五、四、三、二。」
パァン―何が何やらわからないまま、二人目を片付けてしまった。
「もう一度走るぞ。」予想はしていたので今度は遅れることなくついていくことができた。四人で茂みに入り、列を追いかける形で走った。少し木が生えているような奥の方までいって、列が垂直に見える位置で待つことになった。
「少し待つかもしれない。」オキが言う。ターゲットが構えたところまで来るのを待つということだろう。
その後、ベンは無事に三人目を片付けた。
「なんであんなに相手の列を外から回るように走ったんですか?」
「ごまかすためだな。俺達はスナイパーが一人だろ。しかし、相手には複数に見られてほしい。そうすることで必要以上に警戒される。」
「警戒されるのはいいとこではないと思うんですが。」
「人間の集中力ってのは限界があるんだ。いつまでも気を張ってたら参ってしまうだろ。しかも撃たれたのは司令塔だ。とても正気じゃいられない。」オキが丁寧に説明してくれる。
「それに今後の布石でもあるんだ。俺の玉には俺の名前が彫られている。撃たれたのは直後はわからなくても死体を調べれば俺一人にやられたとわかる。本当の危機のときに他のスナイパーにもそれをやって、俺が増えたように見せることもできる。狙撃班は敵を混乱させてなんぼだ。」ベンが語る。そんなふうに考えているんだ。
それにしても淡々としすぎている。俺は人を殺すということに合理性とか利便性とかを勘定にいれることがどうしてもできないと思う。撃たれた兵士を遠目からみてみる。頭を撃ち抜かれていて、だらしない顔をしている。
ビチャ――気持ち悪い。戻してしまった。人が死んでいる。自分の眼の前にいる男に打たれて死んだのだ。手首につけたブレスレットを擦りながら心と体が落ち着くのを待った。
今日ベンは三人の命を奪った。そして敵兵の中には恐怖で狂ってしまったやつもいるだろう。それをこんなふうに割り切ってできるなんてこの二人は異常なのだ。
「なあ、マスク。俺はやっていける自信がないよ。」
「俺もそうさ。」二人とも同じ心境らしい。
「01は確かに憎い。でも、俺達が撃とうとしている相手は父さんや家族を殺したやつじゃない。」手首の飾りをさすりながら言う。
「辞めるのか?俺はそんな選択肢を選べるほど人生をまともに生きてこなかった。家族にもどう思われているかわからないし高校だって卒業してない。」
「そうさ。俺達はもう嫌でも人を撃って命を奪って人を恐怖させて金を稼ぐんだ。」涙をこらえるようにしながら言う。
「あの人たちはなんであんなに淡々としているのか。」
「あれは人じゃない。悪魔であり、猛獣だ。」
「でも、俺達はああなるしかない。」そんなのは嫌だ。あれを見てしまったらもう、嫌がるしかない。涙が滲んで視界が真っ白になる。これから、俺達は心を捨て、人殺しとして生きるのだ。




