1-3 優しさが凶器に変わる時
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前回は初陣にして睨んだだけで敵兵を敗走させるという、勘違いコメディが全開でした。
部隊長には「殺戮の悦びを隠しきれない顔」とドン引きされたバルドですが、
中身は普通のサラリーマン。
この誤解を解き、少しでも人の役に立ちたいと、彼は行動を開始します。
元イケメンの処世術は、この最凶のアバターでも通用するのか?
善意で動けば、きっと奇跡が起きる……はず?
顔面凶器がもたらす、不本意すぎる「優しさ」の形。
エピソード3、いざ開幕です。
「……バルド、お前のその『殺戮の悦びを隠しきれない顔』で
話しかけられると、俺の心臓が持たん……ッ!」
前回の戦闘が終わった直後、部隊長から青ざめた顔でそう告げられた時、
俺の心は完全に折れていた。
ただ怖くて半泣きで目を瞑って剣を振り回し、
最後に「イケメン処世術」で愛想笑いをしただけなのに。
なぜ、その全てが『最悪の威圧』に変換されるのか。
神様、普通の顔でいいって言ったのに……!
撤収作業が始まった戦場は、血と泥の臭いが立ち込め、
あちこちから断末魔の余韻が響いている。
俺はと言えば、部隊長からの「恐怖の忠告」以降、
味方からも半径十メートル以内に誰も近づいてこない。
みんな、俺が歩くたびにビクッと体を震わせ、視線を逸らす。
(……いやいや、俺は普通の人間だぞ?
ただのビビりなサラリーマンだぞ?)
そんな俺の主観など、誰も気にするはずもない。
この世界における「バルド」の定義は、
見た目一100%で決定されているのだ。
とにかく、何か役に立つことをしなければ、
また「戦場をなぶり殺す怪物」として評価が上がってしまう。
俺は意を決して、まだ泥の中に横たわっている負傷兵たちの救護に回ることにした。
前世では、女性社員が転んだりすれば、
「大丈夫? ケガはない?」
と優しく声をかけ、絆創膏を差し出すのが俺の「イケメン・リスクヘッジ」だった。
この処世術(優しさ)なら、この最悪の顔面アバターでも通じるはずだ。
「……あ、あの、大丈夫ですか?」
俺は、一人の王国兵士の元へと駆け寄った。
彼は泥水に浸かり、太ももから血を流して苦悶の表情を浮かべている。
俺はできるだけ声をワントーン上げ、
前世で女性社員に好評だった「優しさ全開の声音」を再現しようとした。
そして、彼を安心させるために、最高の笑顔を作った。
「ヒッ、ヒィィィィッ……!!
バ、バケモノが、とどめを刺しにきた……ッ!!」
……あれ?
兵士は俺の顔を見た瞬間、
怪我の痛みなど忘れたかのように目を見開き、ガクガクと震え始めた。
その目には、味方である俺に向けられるはずのない、
圧倒的な『絶望』が宿っている。
「ち、違います! 俺は味方です! 手当てを——」
「頼む……! 頼むから、一度で楽に殺してくれ……ッ!
拷問だけは、拷問だけは……ッ!!」
兵士は、泥だらけの手で俺の足を掴み、
涙と鼻水を流して命乞いを始めた。
彼の主観では、俺の「優しさ全開の聲音」は
『獲物をいたぶる冷酷な死神のささやき』に。
俺の「最高の笑顔」は『これからどんな拷問をしようか想像して、
口元を歪ませる悪魔の捕食スマイル』に変換されているらしい。
「いや、俺はただ——」
「う、う、うわぁぁぁぁぁぁッ!! 助けてくれぇぇ、母さんッ!!」
兵士は、俺の手を振り払い、折れた足を引きずりながら、
必死の形相で泥の中を這いずって逃げていった。
その動きは、先ほどまで瀕死だったとは思えないほどの、
極限状態での生存本能に満ちたものだった。
(…………嘘だろ)
俺は、泥だらけになった絆創膏を取り出そうとした手を、力なく下ろした。
善意。純粋な善意。
傷ついた仲間を助けようとしただけだ。
それが、彼に「拷問される」という最悪の絶望を与え、
結果として彼に残されたわずかな生命力を奪いかねないほどの
パニックを引き起こしてしまった。
神様、一つだけ言わせてほしい。
『俺、優しくすればするほど、相手を絶望させるって
……どんな理不尽なロジックだよ!!』
***
撤収作業が続き、俺たちは戦場からほど近い村へとたどり着いた。
村は戦火を免れていたが、それでも避難してきた人々で溢れ、
あちこちから不安の声が漏れている。
俺は、部隊から離れ、少しでも村の役に立とうと
薪割りの手伝いでも探すことにした。
この最悪の顔面でも、薪割りなら顔を隠してできるし、ただ体力を使うだけだ。
これなら勘違いされることもないだろう。
(……それに、少しでも普通の人々と触れ合って、
俺のこの荒んだ心を癒したい)
前世の俺は、子供に非常に懐かれた。
子供のピュアな心は、大人のような偏見を持たない。
イケメンな俺の笑顔を見れば、みんなニコニコと寄ってきたものだ。
この世界でも、子供なら俺の「内面の優しさ」を
見抜いてくれるかもしれない。
そんな時、俺の視界に一人の幼い女の子が入った。
彼女は、避難民の群れから離れ、壊れた手押し車の影で
膝を抱えてシクシクと泣いている。
迷子だろうか。
それとも、親とはぐれてしまったのだろうか。
「……かわいそうに」
前世の俺なら、すかさず駆け寄り、
しゃがんで視線を合わせ、「どうしたの? 大丈夫だよ」と
優しく声をかけ、頭を撫でてやっただろう。
俺は、そのイケメン・子供懐かれスキルを発動することにした。
この顔面アバターでも、子供なら、子供なら絶対に……!
「……どうしたの?」
俺は、できるだけ不気味にならないように、
声を潜め、優しく声をかけた。
そして、彼女の不安を取り除くために、
これ以上ないほどの最高の笑顔を作り、優しく接しようとした。
「……ッ!!」
女の子が、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、彼女のピュアな瞳に、俺のこの最凶の顔面が映り込んだ。
ギョロリと見開かれた非対称の三白眼。
頬から顎にかけて無数に走る傷跡。
そして、子供を安心させるために作った「最高の笑顔」は、
彼女の目には『口が耳まで裂け、牙がむき出しになった、
子供を丸呑みにしようとする悪魔の捕食スマイル』に映った。
彼女は、恐怖のあまり悲鳴すら上げられなかった。
ただ、目を見開き、全身をガクガクと震わせ、顔から血の気が引いていく。
そして。
「ヒッ……ヒック……」
彼女は、泡を吹いて、そのまま白目を剥いて倒れてしまった。
(…………嘘だろ)
俺は、優しく撫でようとしていた手を、女の子に触れる寸前で止めた。
善意。純粋な善意。泣いている子供を励まそうとしただけだ。
それが、彼女に一生消えないトラウマを植え付け、
恐怖で泡を吹いて気絶させるという、最悪の凶器に変わってしまった。
神様、もう一度言わせてほしい。
俺、ただ優しくしたかっただけなのに!!(血涙)
前世では、女性社員に「蓮さん、優しい!」と言われ、
子供には「蓮お兄ちゃん、大好き!」と言われた、
俺のこの溢れんばかりの優しさ。
それが、この世界では、睨んだだけで敵を逃がし、
励ましただけで味方を絶望させ、
微笑んだだけで子供を気絶させる
……最凶の凶器になってしまっている。
「おい、バルド!
貴様、そこで子供に何をしていた……ッ!?」
村人の一人が、倒れている女の子と、
その傍らに立ち尽くす俺を見て、悲鳴を上げた。
「ち、違う! 俺はただ——」
「ひ、ヒィィィィッ!! バケモノだ!
子供が、子供が食べられる……ッ!!」
村人たちが、鍬や鎌を持って俺を取り囲む。
その目には、圧倒的な恐怖と、子供を守ろうとする必死の殺意が宿っている。
神様、もう、どうにでもしてくれ。
俺、この世界で「普通に」生きていくなんて、
やっぱり絶対に無理だ!!(血涙)
(……しかし、俺を殺す気満々のこの村人たちも、
誰も近づいてはこないんだな)
殺意と恐怖の視線にさらされながら、
バルドはただ静かに、その最凶の顔面に血涙を流し続ける。
「おい、何事だ!」
そこへ、騒ぎを聞きつけた部隊長が駆け込んできた。
「部隊長……」
「ひ、ヒィィッ! 部隊長さん、このバケモノが、子供を……ッ!!」
部隊長は、泣き叫ぶ村人と、泡を吹いて倒れている女の子、
そして血涙を流すバルドを見て、すべてを悟った。
彼は、村人を鎮めつつ、女の子を救護班に引き渡し、
バルドの肩に手を置いた。
「……バルド、お前の『優しさ』は、人間には通用しないらしい」
部隊長は、苦笑いとも悲しみとも取れる表情でそう言うと、
バルドを部隊へと呼び戻した。
村人たちの、恐怖と嫌悪の混ざった視線を浴びながら、
バルドは逃げるようにその場を去った。
***
村の喧騒から離れた、森の縁にある古いベンチ。
バルドは、そこに一人座り込んでいた。
「……俺は、ただのビビりなサラリーマンだ……。
普通の顔で、普通に生きたかっただけなのに……」
孤独と絶望。
善意がすべて凶器になるという、理不尽なロジック。
彼は、その「顔面凶器」を両手で覆い、静かに血涙を流し続けた。
その時だった。
「チチチ……」
「クーン」
何かが近づいてくる気配。
バルドが、顔から手を離し、目を開けると。
「……あ、あれ?」
そこには、森から出てきた小鳥たちがバルドの肩や膝に乗っていた。
さらに、村から迷い込んできたのであろう、
薄汚れた小犬が、バルドの足元で尻尾を振り、
彼の手に自分の頭を擦り寄せていた。
動物たちは、バルドの「最凶の顔面」を怖がる様子は全くなかった。
彼らは、バルドから溢れる「内面の優しさ」と、
孤独に傷ついた魂の「穏やかな匂い」を感じ取っているようだった。
「……お前たちは、怖くないのか?」
バルドは、驚きと安堵で、震える声を上げた。
彼が、恐る恐る手を差し出すと、
小犬は彼の手に「ペロペロ」と舌を這わせ、
小鳥たちは彼の指先に止まって、楽しげにさえずった。
「…………あぁ、よかった」
孤独。絶望。
善意がすべて凶器に変わる、この理不尽な世界。
しかし、人間の偏見のない、
この純粋な動物たちだけは、彼の「内面の優しさ」を分かってくれた。
バルドの凶悪な顔面は、血涙を流しながらも、
この世界で初めて、内面から溢れ出るような、
真に優しい、そして誰も怯えさせない、奇跡的な笑顔を浮かべた。
小犬の温かさと小鳥たちのさえずりに包まれながら、
バルドは、この世界で生きていくための、
唯一の救いと癒しを、その小さな動物たちから受け取ったのだった。
続く...
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
エピソード3、バルドがあまりにも不憫でしたね……。
味方を助けようとして拷問官扱い、子供を励まそうとして気絶。
前世の「優しさ」スキルがすべて裏目に出るという、顔面凶器の理不尽な現実に、
読者の皆様も心を痛められた(あるいは、少し笑ってしまった)のではないでしょうか。
しかし、最後に動物たちだけには内面の優しさを理解してもらえ、
懐かれるシーンを追加しました。
これぞまさに、彼にとっての唯一の救いであり、奇跡的な笑顔を見せてくれた瞬間でした。
人間には通じなくても、純粋な魂には通じる優しさ。
彼がこの世界で生きていくための、小さな、でも確かな光となってほしいものです。
さて、次回はバルドの過去に迫るお話です。
次回、エピソード4:『名門の落ちこぼれと「太陽」の兄』
【あらすじ】
バルドのこの体が、かつては名門家の落ちこぼれとして虐げられていた過去が明かされます。
そして、死の間際に自分を指名した「太陽」のような兄、アルベルト。
二人の知られざる絆と、バルドがこの体に宿った理由の一端が語られる回となります。
善意が凶器に変わる絶望から、彼自身の過去、そして兄との関係へ。
物語は新たな局面へと向かいます。
少しでも「面白い!」「バルド、動物に懐かれてよかったね(笑)」と思っていただけましたら、
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次回もどうぞお楽しみに!




