1-2 睨んだだけで敵が逃げたんだが?
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前回、自分を殺した犯人と同じ「最凶の顔」に転生してしまったことに絶望した主人公・蓮。
しかし、彼に水たまりの前で落ち込んでいる暇は与えられません。
なぜならここは、血と泥にまみれた最前線の戦場だからです!
中身は平和ボケした現代日本のサラリーマン(元イケメン)。
外見は泣く子も黙る、いや泣く子も気絶する顔面凶器。
剣も振ったことがない彼に襲いかかる敵兵の刃。
絶体絶命のピンチで、バルドの記念すべき「初陣」と、不本意すぎる伝説の始まりをお楽しみください!
「……嘘、だろ……」
泥水に映る自分の顔面を前に、俺は完全にフリーズしていた。
ギョロリと見開かれた非対称の三白眼。
頬から顎にかけて無数に走る、何かに切り裂かれたような古い傷跡。
歯並びの悪い口元は、ただ無表情でいるだけなのに、周囲の命を刈り取ろうとする死神のような残虐性を帯びていた。
前世で、帰宅途中の俺の腹にサバイバルナイフを突き立て、狂ったように笑っていた男。
その男の顔が、そっくりそのまま泥水の中に浮かんでいるのだ。
「なんで……なんでだよ!
神様、俺は『普通の顔にしてくれ』って
頼んだよな!?
なんで自分を殺した犯人の、
しかも『顔面凶器』そのものに転生させ
られてんだよ!」
両手で顔を覆い、
バリバリと頬を掻きむしる。
ザラついた皮膚の感触。
指先に触れる盛り上がった傷跡。
夢ではない。
これは紛れもない現実だ。
俺は、瀬戸蓮という完璧な容姿を持ったイケメンから、この、道行く人が悲鳴を上げて逃げ出すような最凶の容姿へと生まれ変わってしまったのだ。
「おい、バルド!
いつまで水たまりと睨めっこして
やがる!」
唐突に、背後から怒鳴り声が響いた。
ビクッとして肩を震わせ、振り返る。
そこには、薄汚れた鉄兜を被り、血の匂いを染み込ませた大柄な男——先ほど俺を見て「ヒッ」と悲鳴を上げた部隊長らしき男が立っていた。
「ひ、ひぃっ! す、すみません!」
前世からの癖で、俺は慌ててペコペコと頭を下げた。
だが、俺が怯えて縮こまる様を見た部隊長は、なぜか顔を引きつらせ、ジリッと一歩後ずさった。
「ば、馬鹿野郎、
俺をそんな目で睨むな……!
殺気を収めろ!
味方同士で殺し合いを始める気か、
貴様は……ッ!」
「えっ? いや、睨んでなんかいま——」
「来るぞ!! 敵の別働隊だ!
左翼から回り込んできたぞ!!」
俺の弁明は、見張り台に立つ兵士の絶叫によって掻き消された。
その瞬間、空気を震わせるような角笛の音が鳴り響き、灰色の空から黒い雨のようなものが降り注いできた。
矢だ。無数の矢が、俺たちのいる陣地へと降り注いでくる。
「うわあっ!?」
俺は慌てて地面に伏せた。
隣にいた兵士が喉に矢を受け、ゴボゴボと血の泡を吹きながら倒れ込む。
泥と血の匂い。
断末魔の悲鳴。
金属が激しくぶつかり合う音。
(……嘘だろ。本物の戦争、じゃねえか……)
平和な現代日本で、
パソコンと企画書ばかりを相手にしてきた俺に、こんな地獄を生き抜くスキルなどあるはずがない。
足の震えが止まらない。
立ち上がろうとしても、膝がガクガクと笑って力が入らないのだ。
「立てバルド! 武器を持て!
敵が防衛線を突破したぞ!」
部隊長が怒声と共に、泥だらけの長剣を俺の足元に蹴り飛ばしてきた。
重い。
前世で握っていたペンやスマートフォンとは比べ物にならない、無骨で冷たい鉄の塊。
それを両手で拾い上げた直後だった。
「死ねぇぇぇッ、
帝国軍の犬どもがァァ!!」
怒号と共に、土煙を突き破って3人の敵兵が突っ込んできた。
先頭を走る、血走った目をした若い兵士。その手には、ギラリと鈍く光る剣が握られている。
——ザクッ。
その瞬間、俺の脳裏に「前世の記憶」がフラッシュバックした。
暗い路地裏。
振り上げられたサバイバルナイフ。
腹部にねじ込まれた、
焼けた鉄のような激痛。
そして、狂喜に満ちた犯人の顔。
「あ……ああ……」
目の前に迫る敵の剣が、前世のトラウマを完全に呼び覚ました。
刺される。また、刺される。
あんな痛い思いは、もう二度と御免だ。
嫌だ、嫌だ、死にたくない……!!
「ひ、ひいいいぃぃぃッ!!
来ないでくれぇぇぇぇッ!!」
極限の恐怖とトラウマから、
俺は涙目で絶叫した。
そして、両手で握りしめた重い剣を、
ただただ「近寄るな」という一心で、
目をギュッと瞑りながら滅茶苦茶に振り回した。
剣術の型など何もない。
ただのパニックを起こした男の、無様な剣筋だった。
*
——敵国、反乱軍兵士リックの視点。
「突撃ィ! 敵の左翼は崩れかけているぞ、一気に押し通れ!」
反乱軍の小隊長リックは、二人の部下を引き連れて敵陣の死角に飛び込んだ。
狙い通り、防衛線には穴が空いている。
敵兵たちは矢の雨にパニックを起こし、ろくに陣形も組めていない。
いける。
このまま突破して、敵の背後を突く!
俺は手近にいた、泥だらけの革鎧を着た大柄な兵士に狙いを定めた。
剣を振り上げ、必殺の間合いへと踏み込む。
だが。
標的の兵士が「ゆっくり」とこちらに顔を向けた瞬間、俺は自分の心臓が氷の塊に変わったかのような錯覚に陥った。
「な、なんだ、コイツは……ッ!?」
そこにいたのは、人間ではなかった。
左右非対称にギョロリと見開かれた三白眼は、狂気と殺意に満ち溢れている。
無数の傷跡が刻まれた顔面は、これまで数え切れないほどの命を惨殺してきた証。
そして何より恐ろしいのは……
奴の目から、血のような『涙』が流れていたことだ。
極度の殺戮衝動。
血への渇望。
戦場という狂気の坩堝にあってもなお、
奴の放つオーラは異次元だった。
『ギイィィィィェェェェェェッ!!』
奴が、地獄の底から響くようなおぞましい咆哮を上げた。
(バルドの「ひいいいぃぃぃッ!」という悲鳴)
同時に、奴が手に持っていた巨大な長剣を振り回し始める。
「なっ……! なんだ、あの剣筋は!?」
デタラメだ。全く型がない。
だが、それゆえに軌道が全く読めない。
頭を狙ってきたかと思えば、手首を返し、不自然な角度で膝を薙ぎ払おうとしてくる。
まるで、狂った魔神の舞踏。
もしあの一撃に触れれば、肉ごと骨を粉砕されることは明白だった。
『コ……コロス……!!
(来ないでくれ……!!)』
奴は目を閉じ、口元を大きく歪ませて笑っていた。
間違いない。
こいつは、獲物が恐怖に顔を引きつらせる様を想像して、絶頂に達しているんだ。
生粋の狂戦士。
こんなバケモノが、なぜ一般兵の鎧を着て陣地に紛れ込んでいる!?
「ひ、ひぃぃ……!
バケモノだッ!
逃げろ、逃げろォォッ!!」
俺は戦意を完全に喪失した。
剣を投げ捨て、腰を抜かして転んだ部下たちを置き去りにして、来た道を無我夢中で逆走する。
背後から、奴の狂気に満ちた叫び声がずっと追いかけてくるような気がして、俺は無様な悲鳴を上げながら泥だらけになって逃げ惑った。
*
——再び、バルド(瀬戸蓮)の視点。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
息が切れる。
腕の筋肉が悲鳴を上げ、俺はたまらず長剣を取り落とした。
ガキンッ、と鈍い音がして、剣が泥の地面に転がる。
恐る恐る、ギュッと瞑っていた目を開けた。
「……あれ?」
目の前には、誰もいなかった。
いや、正確には、先ほど俺に突っ込んできた3人の敵兵のうち、2人が腰を抜かして地面にへたり込み、泡を吹いて気絶していた。
もう1人に至っては、武器を放り出して遥か彼方へと全力疾走で逃げていく後ろ姿が見えた。
(……助かった?
俺の滅茶苦茶な素振りを見て、
呆れて逃げていったのか?)
とにかく、命拾いしたことだけは確かだ。
俺はその場にドサリと座り込み、
安堵の大きなため息をついた。
心臓がまだ早鐘のように打っている。
「……おい、バルド」
背後から、低い声がかけられた。
部隊長だ。俺は慌てて立ち上がり、彼の方を振り向いた。
「す、すみません部隊長!
俺、怖くてつい目を瞑って剣を
振り回しちゃって……あはは……」
怒られる。
そう思い、俺は前世で身につけた
『イケメン処世術』を発動した。
失敗をごまかす時の、人懐っこく、少し困ったような愛想笑い。
前世なら、この笑顔一つで女性社員は許してくれたし、男性の上司も「しょうがない奴だな」と苦笑いで済ませてくれた、魔法のスマイルだ。
俺は、精一杯の「無害な愛想笑い」を部隊長に向けた。
だが。
俺の顔を見た瞬間、大柄で歴戦の戦士であるはずの部隊長の顔から、スッと血の気が引いていくのがわかった。
彼の唇がワナワナと震え、持っていた剣を落としそうになるのを必死で耐えている。
「き、貴様……今、笑ったのか……?」
「えっ? あ、はい。
無事でよかったなーって」
「あの狂気じみたデタラメな剣技で、
敵の精鋭から完全に戦意を奪い取っておきながら……一滴の血も流さずに気絶させ、あまつさえ『退屈だった』とでも言いたげな、その余裕の笑み……ッ!」
「……はい?」
「俺は、とんでもない怪物を部隊に入れてしまったのかもしれん……。
いいかバルド、
お前のその『底知れない残虐性』、
上官の前では絶対に隠しておけよ。
さもなくば、危険分子として王国騎士団から粛清されるぞ……!」
部隊長は、まるで触れてはいけない禁忌の封印を見てしまったかのように、青ざめた顔で俺に忠告してきた。
周囲の味方の兵士たちも、なぜか俺から半径5メートル以上離れ、「ひそひそ」と、いや「ガクガク」と震えながらこちらを見ている。
(……いやいやいやいや、待ってくれ)
俺は心の中で激しくツッコミを入れた。
残虐性? 余裕の笑み?
俺はただ、怖くて半泣きで暴れて、
最後に愛想笑いをしただけだぞ!?
その時、泥水に映る自分の顔が再び視界に入った。
——愛想笑いを作っているはずのその顔面は、まるで『獲物をなぶり殺す計画を思いついて悦に入っている、ドス黒い快楽殺人鬼のスマイル』にしか見えなかった。
「…………嘘だろ」
俺の『イケメン処世術』は、この顔面凶器というアバターを通すと、すべて『最悪の威圧』に変換されてしまうらしい。
神様、一つだけ言わせてほしい。
俺、この世界で平穏に生きていける気が、全くしないんですけど!!
続く…
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ただ怖くて目を瞑って剣を振り回した」だけなのに敵からは狂戦士として恐れられ、上官からは危険分子としてドン引きされてしまうバルド。
前世のイケメン処世術が完全に裏目に出るという、顔面凶器ならではの悲劇(喜劇?)が幕を開けました。
次回、エピソード3:『優しさが凶器に変わる時』
戦闘がなんとか終わり、負傷した味方兵士を助けようと慌てて駆け寄るバルド。
しかし彼の顔を見た兵士は
「ヒッ……魔族に、とどめを刺される!」と勘違いして白目を剥いて気絶。
さらに、戦火で泣いている子供を必死に励まそうと最高の笑顔(※当社比)を作れば、子供は泡を吹いて倒れてしまい……!?
「俺、ただ優しくしたかっただけなのに!!(血涙)」
善意がすべて最悪の形で伝わってしまう、バルドの報われない悲哀コメディ。彼の心は果たしていつまで持つのでしょうか……。
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