1-1 イケメンという名の呪縛、あるいは理不尽すぎる終焉
本日より新作を連載させていただきます!
今回のテーマは「異世界転生×元イケメン×顔面凶器×勘違い成り上がり」です。
自分の命を奪った犯人と同じ「最凶の顔」になってしまった主人公が、
なぜか亡き兄の遺言によって王国の英雄へと祭り上げられていく……
そんな理不尽な運命をコメディタッチで描いていきます。
ぜひ、バルドの「顔面」が引き起こす奇跡(?)を見守ってやってください!
「……ねぇ、見て。モデルかな?」
「嘘、一般人? 芸能人じゃなくてあのクオリティ……?」
街を歩けば、さざ波のように広がる囁き声。
すれ違う誰もが足を止め、呼吸を忘れたようにこちらを凝視する。
完璧な黄金比、透き通るような肌、そして知性を湛えた瞳。
瀬戸 蓮。
それが、俺の現世での名前だった。
物心ついた頃から、
俺の人生は常にこの「異常なまでの美貌」というフィルター越しに
他者と接することを強いられてきた。
普通なら「羨ましい」と言われるだろう。
だが、断言する。
度を越した美貌は、人生をバグらせる呪いでしかない、と。
毎日、靴箱から溢れ出すラブレターやプレゼント。
そこまではまだいい。
厄介なのは、話したこともない女子同士が、俺を巡って派閥争いを始めたり、
俺の知らないところで「俺の彼女」を自称する女が現れてストーカー化したりすることだ。
だが、真の地獄は社会に出てからだった。
「いやぁ、瀬戸君が担当で本当に良かった! この契約、喜んでサインさせてもらうわね」
緻密なデータ分析と市場調査を積み重ね、一瞬の妥協もなく作り上げたプレゼン資料。
しかし、取引先の女性社長は、資料の内容などロクに確認もせず、
俺の顔をうっとりと見つめながら、快楽に浸るような手つきで契約書へ判を押した。
会社に戻れば、給湯室の前で同期たちのひそひそ声が耳を刺す。
「結局、また瀬戸の『顔パス』かよ。やってらんねぇよな」
「神様も不公平だよな。
あいつの顔面一つで、俺たちが夜通し作った資料が全部ゴミだ。
……ま、中身すっからかんの『パンフレット男』には、せいぜい客の機嫌取りでもさせとけって」
ギリッと、奥歯を噛み締める。
違う。
俺はこの結果のために、誰よりも泥臭く足で情報を稼ぎ、
何十冊も専門書を読み込んだんだ。
だけど、誰もそんなプロセスは見ない。
俺がどれだけ血の滲むような努力をしても、
世間はそれをすべて「顔が良いから」という一言で上書きし、消去してしまう。
(……ただ、普通に生きたいだけなのに)
誰の目にも留まらず、ただ成果だけを正当に評価される。
そんな当たり前のことが、俺にとっては手が届かない贅沢だった。
そんな「呪われたイケメンライフ」に、
最悪にして理不尽な終焉が訪れたのは、25歳の冬のことだった。
***
その日は、骨の髄まで凍えるような冷たい雨が降っていた。
残業を終え、街灯の乏しい裏路地を抜けて帰路を急いでいた俺は、
背後に奇妙な気配を感じて足を止めた。
ペチャッ、ペチャッ、という、水たまりを踏む不規則な足音。
「……ッ、ハァ、ハァ……」
荒い息遣い。振り返ると、街灯の薄明かりの中に一人の男が立っていた。
手には、ギラリと鈍く光るサバイバルナイフ。
「え……?」
言葉を発する前に、俺の視線は男の『顔』に釘付けになった。
恐怖すら覚えるほどの、凄まじい形相だった。
ギョロリと見開かれた非対称の三白眼にはドス黒い憎悪が渦巻き、
頬には無数の古い傷跡。大きく歪んだ顎から覗く汚れた歯の隙間からは、
獣のような唸り声が漏れている。
一言で表すなら、それはまさに
『顔面凶器』。
夜道で出会えば、屈強な男でさえ心臓を凍らせて逃げ出すような、
理不尽な暴力性を煮詰めた容姿だった。
「お前のせいだ……お前みたいなヤツがいるから……ッ!」
「待ってくれ、人違いじゃないか!? 俺はあんたなんて知らない!」
「俺はずっと底辺だ! なのに、お前は顔が良いだけで全部持ってやがる!
俺が欲しかった女も、仕事も、全部だ!!」
会話が成立しない。男の焦点の合わない目は、
俺という個人ではなく、社会への恨みそのものを瀬戸蓮という『顔』に投影していた。
逃げなければ。そう思い、恐怖で強張る足を踏み出そうとした瞬間——。
「死ねえええええええッ!!」
男が、獣のような跳躍で飛びかかってきた。
その瞬間、俺の視界の中で、世界の時間がゆっくりと引き伸ばされていくような錯覚に陥った。
降り注ぐ雨粒が空中で静止する。
男の振り上げた刃物が、街灯の光を乱反射して冷たく輝く。
そして、その奥にある、俺の血を求めて狂喜に歪む醜悪な顔面。
ザクッ、という、生々しい肉の断裂音。
「が、はッ……」
腹部に、焼けた鉄の棒をねじ込まれたような激痛が走った。
体内からドクドクと生温かい液体が溢れ出し、冷たいアスファルトを黒く染めていく。
「アヒャヒャヒャ!
ざまぁみろ、ざまぁみろ!
その綺麗な顔ごと、ゴミみたいに腐って死ねぇ!!」
崩れ落ちる俺を見下ろし、男は腹を抱えて笑い始めた。
痛みに痙攣する体。
雨音は遠ざかり、代わりに男の悍ましい笑い声だけが脳内に響き渡る。
視界が暗転していく中、最期に網膜に焼き付いたのは、
俺の血を浴びて醜く歪んだ、あの男の恐ろしすぎる顔だった。
(ああ……なんて、理不尽なんだ……)
薄れゆく意識の中で、俺は強く、強く願った。
もし、生まれ変わることができるなら。
もう、誰も振り返らないような普通の顔でいい。
嫉妬も、狂気も引き寄せない、取るに足らない容姿で。
ただ平穏に、誰の目にも留まらずに生きていきたい——。
***
「……おい、生きてるか、バルド!」
頭の上から、怒鳴り声が降ってきた。
冷たい雨の感触。泥の匂い。鼻を突く、鉄サビのような血の悪臭。
(……あれ? 俺、刺されたはずじゃ……。それに、バルドって誰だ?)
重い瞼をこじ開けると、そこには見たこともない灰色の空が広がっていた。
ネオンの光も、コンクリートのビル群もない。
体を起こそうとして、強烈な違和感に気づく。
着ているのは、仕立ての良いスーツではない。
泥と血にまみれた、恐ろしく重くて粗末な革鎧だ。
「おい、新兵バルド!
ぼーっとしてる暇はないぞ、敵の追撃が来る! さっさと立て!」
聞き慣れない言語だが、なぜか意味ははっきりと脳に直接入ってくる。
声をかけてきたのは、薄汚れた兜を被った大柄な男だった。
彼は俺——バルドと呼ばれた男の顔を覗き込んだ瞬間、
なぜか「ヒッ」と短く悲鳴を上げ、尻餅をつきそうになるほど後ずさった。
「な、なんだその面は……!
貴様、本当にバルドか……!? いや、まさか魔族の残党が化けて……!」
「え……?」
男の、尋常ではない怯えきった視線。
瀬戸蓮として生きていた頃に向けられていた「羨望」や「嫉妬」とは全く違う、
純粋な「恐怖」の眼差し。
嫌な予感が全身の毛穴を駆け巡り、
俺は這いずるようにして、足元にあった大きな水たまりに近づいた。
そっと視線を落とす。
水面に映っていたのは、かつての自分ではない。
ギョロリと見開かれた非対称の三白眼。
頬に刻まれた無数の傷跡。
大きく歪んだ顎。そして、周囲の空気を凍らせるような、暴力的なオーラ。
「……嘘だろ」
俺は、絶望のあまり掠れた声を漏らした。
水鏡に映っていたのは——
つい先程、前世の俺、瀬戸蓮を惨殺した、
あの『顔面凶器』の男と寸分違わぬ、恐ろしすぎる顔だったのだ。
続く...
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
イケメンゆえに人生を狂わされた蓮が、
転生して手に入れたのは、自分を殺した犯人と同じ「最凶の顔」……。
「普通の顔でいいって言ったのに、極端すぎるだろ!」という
彼の心の叫びが聞こえてきそうですが、ここから彼の(不本意な)伝説が始まります。
次回、エピソード2:『睨んだだけで敵が逃げたんだが?』
泥水の鏡を見て絶望するバルドに、無慈悲な戦場の現実が襲いかかる!
迫り来る敵兵。
バルドは前世のトラウマから「ひいいい、来ないでくれぇ!」と
涙目で叫びながら必死に腕を振るうが、
周囲の目には「狂戦士が笑いながら敵をなぶり殺しに来た」としか映らなくて……!?
バルドの「顔面」による勘違い無双、次回からいよいよ本格始動です。
もし「続きが気になる!」「バルドの明日はどっちだ!」と思っていただけましたら、
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これから末永く、バルドの爆走にお付き合いいただければ幸いです!




