第31話 偽物勇者
俺は村の見回りをした後、ニコエラとコリンを迎えに村へときた。商人のジョンさんが村に来る日でもあるので、商品を見ながらジョンさんと話していようかと思いながら歩いていると、広場に人だかりができていた。何事かと思いながら近づくと、ニコエラとコリンの姿を見つけ、そばに寄った。
「何かあったのか?」
ニコエラが笑いをこらえながら言った。
「勇者アルバートがきているぞ」
俺はそれに「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げ、人だかりの中心を見た。子供たちが青年の魔王討伐の話を一生懸命聞いているようだ。青年は俺よりも少し若そうで、俺に似ても似つかない細身の男性だった。
「すげー!」
クリスが興奮したようにそう言うと、俺に気づいたようで、手を振った。
「アルおじさん! うちの村で一番強い人だよ。勇者とどっちが強いのかな?」
すると、他の村人たちもクリスの言葉に乗った。
「おお、おもしろそうだ」
「アルさん、せっかくだから勇者と手合わせしてよ」
俺はぎょっとしてたじろいだが、俺の前の人だかりが割れて、青年と目が合った。青年は立ち上がり、余裕の笑みを浮かべながら俺に声をかけた。
「いいですよ。アルさん、手合わせしましょう」
俺は渋々青年の前まで行き、向かい合った。お互い剣を抜いて構えた。青年が打ち込んできたので、俺はそれを受け流した。何度か剣を交えて、俺はどうしたものかと考えた。
――なかなか筋がいい。しかし、これは勝った方がいいのか? 負けた方がいいのか?
そんなことを考えていると、青年が焦ったのか、剣を大振りした。つい反射的にその隙をついてしまい、青年は地面に尻をつき、俺はその青年に剣を突きつけていた。
――うん、勝ってしまった……。
見ていた村人たちが歓声を上げ、子供たちは興奮したのかぴょんぴょんと跳ねている。
「アルおじさんが勇者に勝った! 勇者に勝ったアルおじさんだから、勇者はアルおじさんだ!」
よくわからないことをクリスが叫んでいるのを横目に、俺は青年に手を差し出した。すると、青年は顔を真っ赤にして村の入り口に向かって走り出した。俺は思わずその後を追ってしまった。
「おーい、待て」
青年は村の入り口近くで失速し、俺を振り返った。
「なんで追ってくるんですか?」
「なんでだろうな。お前と少し話してみたくなったんだ」
青年は俯きがちにこちらを見ている。俺は首を横に傾げた。
「お前、勇者アルバートじゃないだろう?」
青年はまた顔を赤くし、小さくうなずいた。
「なんで勇者アルバートを名乗っていたんだ?」
「……オレ、勇者アルバートに憧れているんです。でも、勇者アルバートは魔王討伐後に姿を消してしまった。こうして名乗りながら旅をしていれば、会えるかと思ったんです」
俺は苦笑を浮かべ、頭をかいた。
――名乗ってやるか。黙っているか。
俺は青年を見た。このまま勇者アルバートを名乗って旅をされても困る。かといって、ここで正体を明かすのも違う気がした。
「お前、なかなか見込みがある。勇者アルバートを名乗らず、本当の自分として旅をしてみろ。きっとそれなりに名のある剣士になれる」
青年は茶色の瞳を俺に向けた。
「今回みたいにオレが負けて勇者アルバートの顔に泥を塗るようなことになったら、それこそ勇者アルバートが姿を現しづらくなっちゃいますよね……」
俺はまた頭をかいた。
「そうじゃない。お前のことを考えているんだ。勇者アルバートの影に隠れてどうする。それに、勇者アルバートが姿を隠したのは、もしかしたら静かに暮らしたいからかもしれない」
青年は、はっとしたようにうなずいた。
「アルさん、ありがとうございます。オレ、目が覚めたような気がします」
俺はやっと伝わった安心感から微笑んだ。
「名前は何て言うんだ?」
「ジェームズです」
「ジェームズ、またアニエス村に遊びに来いよ。また手合わせしよう」
俺はそう言いながら手を差し出した。ジェームズは笑みを浮かべ、俺の手を掴んだ。
「はい。今度はアルさんに会いに来ます」
そう言って、ジェームズは手を振り、村から出ていった。俺が一息ついていると、背後からニコエラの声がした。
「若者を導くのも大変だな」
俺が振り返ると、そこにはニコエラとコリンが立っていた。
「見ていたのか?」
「途中からな」
ニコエラが歩き出したので、俺も歩き出した。コリンは手を頭の後ろで組みながら歩いている。
「みんな偽物勇者に騙されていたね」
俺はコリンに視線を向けた。
「コリンは偽物だと気づいていたから輪に加わらなかったのか?」
「うん、まぁね」
「なんで偽物だと思ったんだ?」
すると、コリンは俺を見上げた。
「……アルおじさんより弱そうだったから」
俺はその回答に小さく笑った。
この日以降、村での俺のあだ名は『勇者』になった。発端はクリスの発言かららしい。ニコエラに至っては、おかしそうに笑っていた。
「間違っていないではないか」
そうだ、間違っていないから困る。かたくなに否定すれば、それこそ怪しい。俺はそのあだ名を甘んじて受け入れることにした。
村の入り口の近くに住むサイモンさんに会うと、
「勇者さん、こんにちは」
と、挨拶されたので、俺は苦笑しながら挨拶を返した。
村で遊んでいる子供たちと出会い、クリスがこちらに手を振った。
「勇者だー!」
俺はまた苦笑を浮かべた。村長の家につき、ノックをすると村長が出てきた。リビングに通され、お茶をしながら村長は笑みを浮かべた。
「『勇者』というあだ名が定着してしまいましたな」
俺は苦笑しながらうなずく。
「困ったものです」
村長は紅茶を一口飲んでから言った。
「勇者アルバートの偽物が出るとは、勇者も大変ですな。ねぇ、アルさん」
「……もしかして気づいていましたか?」
村長はうなずいた。
「こんな辺境の小さな村でも、国を救った英雄の話は伝わってきます。二十代後半、体格のよい剣士、名はアルバート。最初に挨拶に来られたときは気づきませんでしたが、ある日、サラが『もしかして……』と言い出しまして、それでわたしも気づいたのです」
俺はそれを聞いて奥さんを見ると、奥さんは微笑んだ。
「村の大人の中にはわたしのように『もしかして』と思っている人はいると思いますよ。それに名前が安直なんですよ。すぐに連想できる名前なんですもの」
「たしかに。もっとひねるべきでしたね」
村長はそれに笑い、俺に優しいまなざしを向けた。
「勇者アルバートだろうと、あなたはアニエス村のアルさんです」
俺は村長に感謝の意を込めて頭を下げた。
その日の夜。
コリンが寝た後、俺はニコエラと話していた。
「そうか。村長はアルが勇者アルバートだと気づいていたか」
「ああ。それで、コリンに打ち明けようと思う。他の誰かから伝わるよりも、俺自身からちゃんと伝えたい」
ニコエラは俺の瞳をじっと見つめ、うなずいた。
「いいんじゃないか。まぁ、翌日には学校で話すだろうけどな」
ニコエラはそう言って紅茶を飲んだ。俺は苦笑しながら額に手をやる。
「そうだよな。あいつは内緒ができなさそうだ」
ニコエラはそれにうなずきながら笑った。




