第32話 アニエス村のアル
翌日の夜。
夜のリラックスタイムに、俺は意を決してコリンに打ち明けた。
「コリンに話したいことがある」
「なに?」
俺はコリンの茶色の瞳を見つめながら、ゆっくりと言った。
「俺は勇者なんだ」
「……知っているよ」
「そうか。……って、え?」
俺は驚き、目を丸くした。コリンは呆れたような目を向けてくる。
「この家、狭いんだから、内緒話はもっと慎重にやらないとだめだよ」
コリンはそう言って紅茶を飲んだ。俺は混乱しながら尋ねた。
「いつから知っていたんだ?」
「ニコ先生の里帰りのとき」
それに慌てたのはニコエラだった。
「ちょっと待て。あのときの話を聞いていたのか……?」
コリンはうなずいた。
「おれのこと無理やり寝かせようとするから、寝たふりして聞いていた。アルおじさんは勇者で、ニコ先生は魔族の当主でしょう?」
俺とニコエラは二人して挙動不審になり、コリンはおかしそうに笑った。
「安心してよ。おれ、誰にも言ってないから」
俺はその一言に昨日の会話を思い出した。
「まさか、昨日の話も聞いていたのか……?」
「昨日? それは聞いていない」
コリンが首を横に傾げたので、俺はほっとした。それからコリンはまた爆弾を落とした。
「あと、アルおじさんとニコ先生が夫婦なのも嘘だよね?」
ニコエラは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、咳き込んでいる。俺は不思議に思って、コリンに尋ねた。
「なんでそう思った?」
「なんとなくだよ。おれの父さんと母さんと、なんか違うなと思ったんだよ。二人は結婚しないの?」
俺はその問いに腕を組んで考えた。
――俺はニコエラが好きだし、これからも一緒にいようと思っている。
「……結婚しない理由がないな。結婚するか? ニコ」
ニコエラはそれに苦笑した。
「なんだ、その色気のないプロポーズは」
俺は急に不安になり、ニコエラの顔色を窺った。
「……嫌だったか?」
ニコエラはふっと柔らかく微笑んだ。
「嫌じゃないよ。その言葉を待っていた」
俺はほっと胸を撫でおろした。
「じゃあ、そういうことで……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それだけ?」
コリンが腰を浮かし、俺とニコエラを交互に見た。俺は首を横に傾げた。
「どうした?」
「結婚するって、他に何かないの? 結婚式とか」
それに俺とニコエラは顔を見合わせた。俺はコリンに視線を向けた。
「ニコは魔族で戸籍がないから籍は入れられないし、村には俺たちが夫婦だと言っている。今さら結婚式もな……」
「結婚式とはなんだ?」
ニコエラが首を横に傾げた。
「人を集めて『結婚します』と伝える会だな。みんなでお祝いするんだ。魔族にはそういうのないのか?」
「ない。そもそも結婚という制度がない。寿命が長いからな。添い遂げるのも大変だし、強い子を成すために、相手を固定しない。だから、夫婦という制度もなく、子は乳母が育てる」
俺はうなずき、腕を組んだ。
「なら、なんで俺のプロポーズを受けたんだ?」
「人間はそういうの大切にするだろう? 長い人生、一度くらい縛られてみるのもいいと思ったんだ。それがアルならなおさらな」
ニコエラがそう言って微笑んだので、俺も微笑み返した。
そうして、俺はこの話は終わったと思っていた――。
それから数か月後。
この日は土曜日で、のんびりと朝を過ごし、見回りにでも出かけようと思ったときだった。コリンが俺とニコエラの手を掴んだ。
「おれと一緒に村に来て」
俺とニコエラはコリンに連れられ、村へとやってきた。入口に一番近いサイモンさんの家をコリンはノックした。
「つれてきたよ」
ドアの先にはサイモンさんがいて、その後ろにはアンナ先生と村長がいた。アンナ先生がニコエラの手を引いて、別室へと入っていく。俺は村長から服を渡された。
「さぁ、これに着替えて」
俺は言われるがまま、渡された服を着た。それはタキシードだった。俺の姿を見た村長は少し申し訳なさそうな顔をした。
「少し小さかったですね」
「これはいったい……」
コリンがにやにやした顔で言った。
「サプライズだよ、アルおじさん」
それに村長が笑った。
「発案者はコリンですよ。お二人が結婚式を挙げていないから、みんなでお祝いしようって、アンナ先生経由で相談があったんですよ」
俺がコリンを見ると、少し照れたような顔をした。
すると、別室の扉が開き、白いワンピースを着たニコエラが姿を現した。頭にはヴェールを被り、手にはブーケを持っている。俺は思わず見とれてしまった。
ニコエラはコリンに微笑んだ。
「コリン、アンナ先生から聞いたよ。ありがとう」
村長は立ち上がり、俺たちに言った。
「さぁ、広場に行きましょう。主役のお二人を今か今かと待っていますよ」
俺は隣を歩くニコエラにこっそりと耳打ちした。
「綺麗だよ、ニコエラ」
それにニコエラは嬉しそうな笑顔を返してくれた。
飾られた広場には村中の人たちが集まっていた。その中にレイチェル、エレン、フランク、クライブの姿まであって、俺は驚いた。
「お前ら、なんでここに?」
「コリンがノートで知らせてくれたのよ。二人の結婚式を挙げるから来てくださいって。それであたしが拡散したわけ」
エレンが控えめな笑みを浮かべながらうなずいた。
「アルさんの結婚式にこないわけにはいきません」
フランクが俺の肩を叩いた。
「みずくさいやつだな、アル。結婚したなら手紙くらい寄越せよ」
クライブは礼儀正しくお辞儀をした。
「おめでとう。アル、ニコさん」
俺とニコエラは周りの人たちから拍手を受けながら歩き、牧師代わりの村長の前に立った。村長は俺とニコエラに優しいまなざしを向けた。
「病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、互いを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
俺とニコエラはお互い顔を見合わせ、うなずいた。
「はい」
声を揃えて答えた。そして、俺はニコエラのヴェールを上げた。ニコエラは瞳をつぶり、俺はそっと口づけをした。拍手が起こり、俺たちは少し照れながら顔を離した。
コスモスの花びらが舞う中を、俺の腕を掴むニコエラと共に歩んでいく。
これからもずっと、俺たちはこの村で生きていく――。
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