第25話 ニコエラの帰郷①
「……魔族領に帰るって、どういうことだ?」
ニコエラは小さくため息をついた。
「今きたカラスは、私のではない。当主代理のジャヤックのカラスだ。ジャヤックは当主である私を探しているようだ」
「だから魔族領に帰るのか……?」
俺がそう尋ねると、ニコエラはうなずいた。
「放っても置けない。今の当主は私だ。一度、魔族領に戻り、当主の座を降りてくる」
俺はそれを聞いて首を横に傾げた。
「……戻ってくるってことか?」
ニコエラはきょとんとした顔をした。
「そのつもりだが……?」
それを聞いた俺は力が抜けて、椅子の背にもたれた。
「はぁ。なんだ。もう戻ってこないのかと思って焦ったぞ……」
ニコエラは微笑みを浮かべ、俺を見た。
「誤解させたようだな。すまない。そういう訳で、しばらく留守にするよ」
俺はうなずこうとしたが、はたとあることに気づいた。
「魔族領にはダダーレンがいるだろう。戻って大丈夫なのか?」
ニコエラはマグカップを両手でとり、一口飲んでから答えた。
「まぁ、気配は消していくつもりだ。気づかれれば、接触してくる可能性はあるな」
それを聞いた俺は不安が胸をよぎり、身を乗り出すようにした。
「なら、ひとりで行くのは危ないだろう。俺も一緒に行こう」
「勇者が魔族領に来ることの方が大事になりそうだが……」
ニコエラは少し考えるようにして、また口を開いた。
「まぁ、ついてきたいというのなら止めはしない。コリンにお前の飯を食わせるのはかわいそうだからな」
「……ニコにとっての問題はそこなのか」
こうして、ニコエラの帰郷に俺も付き合うことになったのだった。
翌日。
俺は朝食を食べながら、コリンに話を切り出した。
「コリン、ニコが里帰りをすることになった。俺も同行する。遠いから、お前は村長の家でお留守番していてくれるか?」
俺はコリンが『おれもいく!』と駄々をこねるか、寂しそうにするかを予想していたが、コリンは軽くうなずいただけだった。
「わかった。おれは村長の家で待っているよ。チェスを教わっているんだぁ」
俺はコリンの反応に拍子抜けした。
俺はコリンを連れて村長の家に向かった。玄関をノックすると、村長が顔を出した。
「アルさん、この時間に尋ねてくるなんてめずらしい。どうかされましたか?」
俺はコリンの肩に手を置き、村長に事情を話した。
「ニコの里帰りに俺も同行することになりました。留守の間、コリンを預かってはいただけませんか?」
「ほぉ。それは構いませんよ。ニコさんの故郷はどちらなのかな?」
「えっと、北の方で、帰ってくるまでに一か月くらいかかるかもしれません」
魔族領とは言えず、俺ははぐらかして答えた。それに村長はうなずいた。
「そうですか。それでは学校の方もニコさんはしばらくお休みですね」
「すみません」
俺は頭を下げた。すると、村長は笑みを浮かべた。
「謝ることはありませんよ。アンナ先生にはわたしから伝えておきましょう」
コリンは村長の服の裾を掴んだ。
「チェスやろう。おれ、次こそは負けないよ」
「おお。それは楽しみだ」
村長はコリンに嬉しそうな笑みを向けた。それから、コリンは、今度は俺を見上げた。
「ニコ先生のことは、アルおじさんに任せたからね」
俺は首を横に傾げながらうなずいた。
「ああ。任せろ」
村長と共に家の中に入っていくコリンを俺は見送った。
俺は家に戻り、旅支度をした。すでに支度を終えていたニコエラと共に魔族領に向けて出発をした。
途中、俺が考えていたルートとは違う道を行こうとするニコエラに尋ねた。
「魔族領ならこっちの方がいいんじゃないか?」
すると、ニコエラは呆れた顔をした。
「たしかに関所はそちらだが、国交がないのに通してくださいと言って、通してもらえると思うのか?」
俺ははたと気がつき、うなずいた。
「たしかに。じゃあ、ニコはどうやって魔族領からコーネル王国にきたんだ?」
「山を越えてきたんだよ」
ニコエラが歩き出したので、俺はそれについていく。
「それ密入国……」
「当たり前だ。さっきも言っただろう。国交がないんだから」
俺は苦笑しながら、過去を振り返っていた。
「騎士団長のクライブにそのことがばれてないといいが……」
「気づいていると思うぞ。コーネル王国側の関所の管理は王立騎士団の管轄なんだから」
「詳しいんだな」
ニコエラはまた呆れた顔で俺を見た。
「お前、私が魔王だったことを忘れたのか? 関所について把握していないわけがないだろう」
「そうでした……」
俺は苦笑しながら、頭をかいた。
魔族領とコーネル王国を分かつハリス山脈を越えることになった俺たちは、険しい山道を歩いていた。
「ちゃんとした道はないのか……」
「ちゃんとした道があったら密入国し放題だろうが」
ニコエラは俺に呆れた顔を向けながらそう言った。出発してから、俺はニコエラに呆れられてばかりだ。
山では野宿をするしかない。俺たちは干し肉とパンをかじって飢えを凌いだ。俺たちは焚火を囲み、静かな時間を過ごしていた。
「ニコは魔王をしながら一族の当主もしていたのか?」
ニコエラは膝に肘をつき、頬に手を添えている。
「そうだ。だが、当主の仕事までは手に負えないからな。当主代理を置いていた」
「魔王になったときに、当主を他の者にしようとはしなかったのか?」
ニコエラは少し考えるようにしてから答えた。
「魔王は各種族の当主の中から選ばれる。魔王とは当主を束ねる存在だ。つまり、どこかの種族の当主でなければならない」
「なるほどな。若いのに当主に選ばれ、魔王にまでなったのか」
「魔族は強いものが偉い。まぁ、私は強かったからな。早くに当主になった」
「俺と年齢はそう変わらないのにな」
それにニコエラは小さく笑った。
「何をおかしなことを言っている。アルはまだ三十だろう。私はその十倍は生きている」
それに俺は驚き、目を丸くした。
「十倍……? 三百歳くらい……?」
「そうだ。私の一族は特に長寿だからな。千年は生きるぞ」
俺は驚きの事実に言葉が出ない。
「……なのに、コリンに俺のことだけおじさん呼びさせていたのか?」
「そこか? しかたがないだろう。老け顔なんだから」
「また老け顔と言ったな。二度目だぞ」
「三百年生きている私より年上に見えるんだ。老け顔だろう」
「……三度目だ」
俺とニコエラは顔を見合わせて吹き出し、しばらく笑っていた。




