第19話 帰ってきた日常
いつも通りの日常に戻った。
だが、俺だけは元通りというわけにはいかなかった。ダダーレンと接触した後、ニコエラを抱きしめてしまったことをずっと気にしていた。
――あのときのこと、ニコはどう思っているだろうか……。
俺はニコエラが作ってくれたふわふわのオムレツを食べながら、ニコエラを窺い見た。すると、ニコエラは首を横に傾げた。
「どうした? 口に合わなかったか?」
俺はそれに首を横に振り、笑みを浮かべた。
「いや、おいしいよ。ニコは料理が上手だな」
「うん? 今日のアルはいつも以上におかしいな」
それにコリンが笑った。
「アルおじさんとニコ先生、なにかあった?」
ニコエラは隣に座るコリンに視線を向けた。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、アルおじさん、最近ニコ先生のことすごく気にしているから」
そう言って、コリンはオムレツを一口食べた。察しのいいその一言に俺は気まずくなり、頭をかいた。
それから、コリンは思い出したように言った。
「そうだ。おれ、明日クリスの家に泊まりに行ってもいい? クリスの誕生日会するんだ」
ニコエラは笑顔でうなずいた。
「ああ。行ってくるといい」
「おれがいなくて寂しいと思うけど、我慢してくれよな!」
ニコエラは微笑ましげに笑った。
「そうだな。コリンがいないと寂しいよ。な、アル?」
「ああ。ニコの言う通りだ」
それを聞いたコリンは満足そうに微笑み、夕食を平らげた。
翌日の夜。
俺とニコエラは二人だけで夕食を食べていた。静かな夕食だった。
「この家で二人きりなのは、久しぶりだな」
そうニコエラは言った。俺はうなずき、答えた。
「そうだな。コリンがいないと静かだな」
ニコエラは小さく笑って、俺を見た。
「……アルは、ずっと何を気にしているんだ?」
俺は言葉に詰まり、視線を逸らした。
「アルがよそよそしくなったのは、ダダーレンと会った後からだよな? なにか気に障ることがあったのなら、教えてくれないか?」
俺はニコエラの言葉にはっとして視線を向けた。そこには悲しげなニコエラがいて、俺は慌てて首を横に振った。
「ニコが気に障ることをしたわけではない。むしろ、俺がしてしまったのではないかと、気にしていたんだ」
ニコエラは不思議そうに首を横に傾げた。
「アルが私になにかしたか?」
「……抱きしめてしまっただろう。ニコエラのこと。嫌じゃなかっただろうか……?」
ニコエラはきょとんとした後、おかしそうに笑った。それに俺は顔を真っ赤にした。
「そんなに笑うことないだろう!」
「だって、アルが可愛いこと言うからだろう。――ああ。ほっとした」
それからニコエラはぽろぽろと涙を流した。
「……ほっとしたら、泣けてきたな。嫌われてしまったのかと、心配していた」
そう言ってニコエラは顔を手で覆い隠してしまった。俺は焦って立ち上がり、おどおどとしながらニコエラの肩に手を置いた。
「泣かないでくれ。どうしたらいいかわからない……」
すると、ニコエラは涙をたたえたまま両手を差し伸べてきた。俺はゆっくりとニコエラを抱きしめた。
「嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ。……むしろ心地がいい」
ニコエラが俺の耳元でそう囁いた。俺は瞳を閉じて、腕の中にいるニコエラを感じていた。
――いつの間にかニコがそばにいるのが当たり前になっている。
俺たちはゆっくりと離れ、お互い照れくさそうに微笑んだ。
「さぁ、夕食の続きを食べよう。冷めてしまうぞ」
ニコエラはそう言うと涙を拭いて、鶏肉のトマトスープをまた食べはじめた。俺は胸につかえていたものが取れて、急にお腹が空いてきた。おかわりまでして、夕食を食べ終えたのだった。
翌日。
ニコエラとコリンが学校から帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
俺はリビングのテーブルでお茶をしながら、二人を出迎えた。二人は二階の自室に荷物を置いて、リビングに下りてきた。
ニコエラはさっそく昼食の準備に取りかかり、コリンは俺の正面に座った。俺はそんなコリンに尋ねた。
「クリスの誕生日会は楽しかったか?」
「うん! みんなでお祝いして、夜はクリスの部屋に泊めてもらったんだ。クリスのお母さんのケーキがすっごくおいしかった」
それを聞いていたニコエラがキッチンから言った。
「クリスママはお菓子作りが上手だからな。今度、私もケーキの作り方を聞いてこよう。コリンの誕生日に焼いてやる」
コリンは茶色の瞳を輝かせ、ニコエラに視線を向けた。
「本当? 楽しみだなぁ」
コリンは嬉しそうににこにことしていた。それに俺は嫉妬し、ニコエラに尋ねた。
「俺の誕生日にも焼いてくれよ?」
「はいはい。まずはアルの誕生日が先だから、いい練習台になるな」
それを聞いた俺は苦笑し、コリンはおかしそうに笑っていた。それからコリンはこそっと俺に言った。
「いつも通りに戻ったね。おれが留守にしてよかったでしょ?」
それに俺は面食らい、おかしくて笑った。俺も声をひそめて尋ねた。
「なんだ? 気を利かせて留守にしたのか?」
「そういうわけじゃないけど、クリスから誘われたときにいいチャンスかもとは思った」
ませたことを言うコリンの頭を俺はわしわしと撫でた。コリンは「わぁ」と声を上げた。
「なぁにこそこそやっているんだ?」
「なんでもないよ」
俺とコリンは声を揃えてそう言った。
俺の平穏な日常がやっと帰ってきた気がした。




