第18話 魔王ダダーレン
完全に異空間に引き込まれた俺は戸惑い、隣にいるニコエラの肩に手を置いた。
「説明してくれ、ニコエラ!」
ニコエラはこちらに見向きもせず、俺の手を振り払い、一歩前に出た。
「久しいな、ダダーレン。会いたかったよ」
すると、突然そこに長い黒髪の男性が現れた。切れ長の瞳が微笑んでいる。
「ニコエラ」
男性がニコエラの名を呼んだ声はどこか甘い響きに感じた。ニコエラの表情は、俺の位置からはよく見えなかった。俺はただ立ち尽くし、ニコエラの背中を見ていた。
「……この私を呼び捨てにするとは、お前も偉くなったものだな。ダダーレン」
「今の魔王はこのわたしだ。――それより、なぜ、ニコエラが勇者と共にいる?」
ニコエラはおかしそうに笑った。
「その口がよく言うものだな。私を追放したのは、お前だろう?」
ダダーレンは眉をひそめた。
「たしかに魔王の座から降ろした。だが、魔族領から追放はしていない」
「同じようなものだろう! どの面を下げて、同族のもとに戻れという? お前に追放されたその日に、私の魔族領での居場所は失った!」
ニコエラの悲痛な叫びが異空間に響き渡る。
ダダーレンは両手を広げながら言った。
「わたしはそんなつもりではなかったんだ。戻ってこい。ニコエラ、わたしのもとに……」
ニコエラはダダーレンから視線を逸らし、背後にいる俺を見た。
「私はもう戻らない。大切な居場所を見つけたんだ。――アルとコリンと一緒に住む、あの小屋が私の居場所だ」
そう言って、ニコエラはまたダダーレンを見据えた。
「またお前が、私の大切なものを奪おうとするのなら、今度は逃げずに戦おう」
ニコエラは杖を取り出し、構えた。それにダダーレンは悲しげな顔を見せた。
「ニコエラ……、わたしはお前を愛している。お前は違ったのか……?」
その一言に俺は眉をひそめた。剣のグリップに手を握り、ニコエラを窺い見るが、やはり顔が見えず、気を揉んだ。
「……私はお前を信用することなどできない。今までだって私につけ入るための口実だったんだろう!」
「違う! わたしは魔王という地位にいて、苦しんでいるニコエラを見ていられなかったのだ」
「お前の戯言は、もう聞きたくない!」
ニコエラは力強くそう言うと、肩を震わせていた。泣いているのだろうか。俺はニコエラの隣に並んだ。すると、ニコエラは涙を拭き、俺に視線を合わせた。
「下がっていろ。これは私の因縁だ」
俺は勇者の剣を抜き、構えた。
「無関係とは言わせない。一緒にコリンのところに帰るんだろう?」
ニコエラはゆっくりとうなずき、また前を見た。背後ではレイチェル、フランク、エレンも構えている。ダダーレンはそれを見て、すっと表情をなくした。
「……ニコエラ、最後に問おう。もうこちら側に戻ってくる気はないんだな?」
「ああ。今の私はコーネル王国のニコだ」
ニコエラが迷いなくそう答えると、ダダーレンの姿は闇に消え、声だけが聞こえた。
「さらばだ、ニコエラ……。お前はその選択をいずれ後悔することになる」
それと同時に異空間にひびが入り、割れる音と共にもとの森の抜け道に戻っていた。俺はおそるおそるニコエラの肩に手を置いた。今度は振り払われることはなかった。
「一瞬、裏切られたかと思ったぞ」
ニコエラは不機嫌そうな顔で俺を見上げた。
「なんだと? 私を信用していないのか?」
「そうだな。俺が悪かった」
俺は緊張の糸が解け、その場に腰を下ろした。すると、遠くで音が鳴り、ニコエラがその方向を見た。
「これは、魔王軍の撤退の合図だ」
俺はニコエラを見上げた。
「どうする? いったん戻るか?」
「そうしよう。ダダーレンはこのまま軍を引くはずだ」
俺は立ち上がり、来た道を戻りはじめた。
「なぜそう言い切れる?」
「お前がダダーレンだとして、勇者パーティと前魔王がタッグを組んでいたら倒せると思うか?」
「……なるほど。分が悪い」
「だから、気配を消さずに魔王城に近づけば、私の気配を察知して、ダダーレンが接触してくるだろうと思っていた。やつは警戒して分身体だったけどな」
レイチェルはニコエラの隣に並んだ。
「はらはらしたわ。先に言っておいてくれたらよかったのに……」
「悪かったな。まさかお前たちまで異空間に呼び寄せるとは思っていなかったんだ」
俺は気になっていたことを尋ねた。
「……ダダーレンとニコは恋人だったのか?」
ニコエラは紫色の瞳を俺に向けた。
「どうだろうな。今となってはあの男の口車に乗せられていただけのようにしか思えない。あれが愛だったのかどうかも、今ではわからないな」
ニコエラは伸びをした。その顔は晴れ晴れとしていた。
「それに、本当の愛とは対等であるべきだと、今は知っている」
そう言って微笑んだニコエラを、俺は思わず抱きしめた。それにニコエラは驚き、俺を見上げた。
フランクは俺たちを指差し、隣にいるレイチェルに尋ねた。
「二人はその……、なんだ、そういう関係なのか?」
「あたしに聞かないで、本人たちに聞きなさいよ」
その会話が聞こえて、俺は慌ててニコエラを離したが、今度はニコエラが抱きついてきた。
「今、私が、私であれるのは、アルのおかげだ」
俺は少し照れながらもニコエラを抱きしめた。
前衛基地に戻り、俺たちはグレイブのもとを訪れた。
「魔王軍が撤退したようだ」
その一言を聞き、俺たちは安堵した。不思議そうにしているグレイブに事の成り行きを説明した。
「魔王に、ニコがこちら側についたことを表明した。魔王軍はそれで引いたのだろう」
「そうか。一安心、と言ったところか。――また魔王軍は攻めてくるか?」
その問いはニコエラに向けられたもので、ニコエラは微笑んだ。
「ダダーレンは、引き際をわきまえている。私がこちら側にいる限り、攻めては来ないだろうな」
「ニコさんがこちら側にいる限り……か。肝に銘じておこう」
こうして、今回の騒動は幕を閉じたのだった――。
アニエス村に戻ってきた俺とニコエラは、真っ先にコリンを迎えにいった。
村長の家をノックすると、奥さんが顔を出した。俺たちの顔を見て、ほっとしたような表情を見せ、振り返った。
「コリン、アルさんとニコさん、帰ってきたわよ」
コリンはリビングから駆け出してきて、俺の胸に飛び込んできた。
「アルおじさん、ニコ先生! おかえりなさい。怪我してない?」
俺はコリンを下ろし、視線を合わせた。コリンは茶色の瞳に涙をにじませていた。ずいぶんと心配をかけてしまったようだ。
「ああ。俺もニコも無事だよ」
ニコエラもコリンを抱きしめ、優しく背中を撫でている。村長も顔を出してくれて、俺を見上げた。
「お疲れさまでした。――それで、魔王軍は?」
「撤退しました。当分は大丈夫でしょう」
村長は笑みを浮かべ、数回うなずいた。
俺たちは村長と奥さんに礼を言い、家に戻った。森の小さな小屋だ。玄関の扉を開け、三人で声を揃えて言った。
「「「ただいま!」」」
俺たちはお互いの顔を見て、一緒に家の中に入っていく。
ここが俺たちの帰る場所だ――。




