第15話 旅立ち
俺は自室で勇者の剣を手入れしていた。これは毎晩のルーティーンで、やらないと落ち着かない。
――新たな魔王が、コーネル王国に魔王軍を進軍させている。コーネル王国はその事実に気づいているのだろうか……。
俺は勇者の剣をかざし、磨き残しがないかチェックする。
この剣は、ある日突然、俺の前に現れた。農作業していたときに飛んできて、まるで手に取れと言わんばかりに俺の前で止まった。そうして、俺は勇者になった。
そこからは、波乱万丈で、魔塔からきたレイチェルに、
「あなたが勇者の剣に選ばれた人ね。迎えに来たわよ」
と、告げられ、わけもわからないままレイチェルと共に王城に向かった。そして、そこにはすでに集められた精鋭のヒーラーのエレン、タンクのフランクがいた。
俺とレイチェル、エレン、フランクは勇者一行として、王立騎士団と共に、国境沿いで魔王軍との戦いに明け暮れた。
それが五年ほど続き、魔王軍を魔族領に押し戻し、進軍した俺たちは、魔王城でニコエラと激しい戦いを繰り広げ、勝利した。
――あれからまだ一年ほどしか経っていないというのに。
勇者の剣に映る俺の顔は険しい。
――覚悟を決めなければ。あの戦場に戻る覚悟を……。
俺は勇者の剣を鞘に戻し、ランプの明かりを消して、布団にもぐった。
翌朝。まだ日も登らない薄暗い時間。
俺は一人、旅支度をして部屋を出た。
「おい。ひとりで行く気か?」
俺ははっとして声がした方を見ると、薄暗い廊下で壁に体を預けて立っているニコエラを見つけた。
「……起きていたのか?」
「ああ。昨日のアルの様子が気になってな。ひとりで背負おうとするやつの顔だった」
俺は努めて笑顔でニコエラに言った。
「俺は勇者だからな。行かないわけにはいかないさ」
ニコエラはこちらに向かって歩いてきて、俺の前で止まり、顔を見上げてきた。
「私も連れていけ」
その一言に俺は驚き、ニコエラの肩に手を置いた。
「魔王軍と戦うんだぞ? 同族じゃないか」
「わかっている。だが、今、私はコーネル王国のアニエス村にいる。ここは私の大切な居場所だ。それを壊そうとするのなら、同族だろうと私は容赦しない」
ニコエラは俺の手に自身の手を重ね、紫の瞳が力強く光り輝いた。
俺はコリンの部屋に視線を向けた。コリンは寝ているようで気配はしない。
「……コリンはどうする?」
「夜が明けたら、村長に相談しよう。――本当にお前はみずくさいやつだな。どうせちゃんと寝てないんだろう? いったん寝直そう」
ニコエラはあくびをしながら、部屋に戻っていった。
俺は頭をかいて、しばらく思案した後、部屋に戻った。
日が昇り、結局、寝つけなかった俺はあくびをしながら一階へ降りると、ニコエラが朝食を作っていた。俺に気がついたニコエラが、
「おはよう」
と、眠そうな顔で言った。きっとまた俺が早まって家を出ないかと気になって、寝ていないのだろうと思ったら、申し訳ない気分になった。
「おはよう。さっきは……」
そう言いかけたとき、コリンが下りてきたので、俺は話をやめた。
コリンは頭をかきながら眠そうな顔で、
「おはよう」
と、言ったので、俺とニコエラも挨拶を返した。
朝食を食べていると、ニコエラがコリンに言った。
「私とアルは急な仕事が入ってしまって、しばらく家を空けることになった。すまないが、コリンはお留守番していてくれるか? 預け先はこれから探すが、希望はあるか?」
コリンは少し不安そうな顔で俺とニコエラを見たが、
「特にないよ」
それだけ言って、朝食を食べ進めていた。
そこへ家の玄関をノックする音が聞こえ、
「ごめんください」
と、ジョンさんの声がした。
俺が玄関にいくと、ジョンさんは玄関の扉を開けて立っていた。背後には馬が一頭いる。
「急ぎの用件で、早朝にすみません」
ジョンさんは少し疲れているように見える。俺に一通の手紙を差し出してきた。
「冒険者ギルドから急ぎの招集です。魔王軍がコーネル王国に進軍を開始しました」
俺はリビングにいるニコエラに声をかけた。
「ニコ、ジョンさんだ。水を差し上げて」
「わかった」
返事を聞いてから、俺は手紙を開けて中を確認した。内容は、魔王軍の進軍を確認したため、冒険者はただちに前線へ向かってほしいとの通達だった。
ジョンさんに水を差し出すニコエラにも手紙を見せた。
「ジョンさん、村長のところに行きましょう」
急いでコリンに支度をさせて、俺たちは村へと向かった。
ジョンさんは村長の家の扉を開けて、
「父さん、アルさんたちを連れてきた。急ぎの用件だ」
リビングにいた村長と奥さんは何事かと顔を上げた。
ジョンさんが村長たちに事情を説明すると、村長は、
「承知しました。うちでコリンを預かりましょう」
そう請け負ってくれた。
コリンは不安そうな顔で俺の服の裾を掴んだ。
「アルおじさん、ニコ先生、絶対戻ってきてくれよな」
俺はできるだけの笑顔を作ってコリンの頭を撫でた。ニコエラはコリンを抱きしめる。
「ああ。私たちは必ず戻ってくるよ。村長の言うことをしっかり聞いて、やんちゃなことはするなよ」
コリンも精一杯の笑顔を作ってうなずいた。
俺たちは一度家に戻って、支度をしていると、また家の玄関がノックされた。
「なんだ? 今日はやけに来客が多いな……」
俺が玄関を開けると、そこには金髪を風になびかせ、勝気な笑みを浮かべたレイチェルがいた。
「迎えに来たわよ」
俺は呆れた顔で、レイチェルを見た。
「なんだか既視感があるな……」
レイチェルは旅支度を終えている俺を見て、不思議そうに見上げてきた。
「あら、もしかして魔王軍の進軍の話、知っていた?」
「ああ。冒険者ギルドからも通達が来ている」
俺は手紙をレイチェルに渡した。レイチェルはそれにさっと目を通した。
「なるほどねー。じゃあ、準備万端ね。さっそく行きましょう」
すると、奥から支度を終えたニコエラも姿を現した。それに驚いたレイチェルは、
「ニコも行くの?」
と、尋ねた。ニコエラはうなずいた。
「ああ。今回は勇者パーティの一員として参戦させてもらうぞ」
レイチェルはそれに笑みを浮かべた。
「元魔王が仲間になるっておかしな話だけど。――心強いわ」
レイチェルがニコエラに手を差し出し、ニコエラはその手を取った。




