第14話 終わりの足音
「やっとついたな……」
俺は六年ほど前に勇者になってから、生まれ育ったムーア村にはじめて帰ってきた。村に入ると、当時のままで懐かしさを覚えた。
最初に会ったのはマーガレットおばさんだった。相変わらずふくよかで、変わらないその人は、俺の顔を見て立ち止まった。
「アルバート……! 帰ってきたのかい?」
「お久しぶりです」
俺は気恥ずかしさを隠し、手を上げて挨拶をした。すると、マーガレットおばさんは俺に駆け寄り、手を取った。
「あんた、よくやったね! あたしたち、ずっとあんたの帰りを待っていたんだよ。早くロイに顔を見せておやり」
ロイとは俺の親父のことで、俺はうなずき、実家に向かって歩き出した。すると、俺の顔を見た村人たちが声を上げた。
「アルバートが帰ってきたぞ!」
「勇者アルバート!」
どんどんとその声は広がり、家からも人が出てきて、俺を労ってくれた。
――この感じもまた懐かしいな。
俺は苦笑しながら、飛んでくる歓声に応えた。子供たちがどこからか群がってきて、俺を取り囲んだ。
「話聞かせて!」
「ああ。まずは親父に会ってからだ。あとで話してやる」
俺は子供たちの頭を撫でて、いったん別れた。
村はずれにある俺の実家は、相変わらずそこにあった。俺はまず畑の方に顔を出した。この時間帯は、親父はだいたい畑にいるからだ。
畑仕事をしている親父の姿を見つけ、俺はしばらく声をかけられなかった。こみあげてくる感情を抑え込むのに精一杯だった。
「アルバート……?」
親父が俺に気づき、俺はうなずきながら親父に近寄っていく。すると、がしっと抱きしめられ、力強く背中を叩かれた。
「よくやったな……!」
親父はそれだけ言って、俺を離した。
少し離れたところで作業していた弟のヘンリーも俺に気づき、駆け寄ってきた。
「兄さん……!」
「よう。ヘンリー、元気そうで何よりだ」
「そんなことより、今までどこにいたのさ! 魔王討伐の知らせが届いてから一年も経つのに、兄さんから知らせがないから心配していたんだよ!」
ヘンリーは捲し立てるようにそう言った。俺は気まずくて、頭をかいた。
「いや……、生活を軌道に乗せるのに精一杯だった」
親父はそんな俺の肩を叩いた。
「話は家で聞こう。ヘンリー、いったん休憩だ」
そう言って、親父は家に向かって歩き出した。
家に入ると、リビングに幼馴染のローズと小さな子供がいて、俺は驚いた。
「ヘンリー、まさかローズと結婚したのか?」
「ああ、四年前に。こっちは娘のクレアだ。今二歳」
ローズはブロンドの長い髪を揺らしながらキッチンから出てきて俺の前に立った。
「アルバート、お帰りなさい」
「……久しぶりだな、ローズ」
俺はリビングの椅子に座り、正面には親父とヘンリーが座った。親父は一息ついてから俺に問いかけた。
「それで、今はどこに住んでいるんだ?」
「今はアニエス村に住んでいる」
「ひとりでか?」
俺は少しためらってから答えた。
「いや、三人でだ。ニコという女性と、コリンという男の子と暮らしている」
それを聞いたヘンリーが身を乗り出した。
「兄さんも結婚したのか?」
俺は苦笑し、首を横に振った。
「ちょっと訳ありでな。コリンは魔獣に両親を殺されて、俺が引き取った」
それを聞いた親父がどういう反応をするのか気になって、そっと顔色を窺ったが、特段変わりはなかった。ただ、「そうか」と言っただけだった。
「帰ってくる気はないんだな」
俺はゆっくりとうなずいた。
「今は勇者ではなく、ただの人としてゆっくりと暮らしたい」
その言葉に、親父とヘンリーは静かにうなずいた。
しばらく雑談をし、親父とヘンリーは畑仕事に戻った。ローズと二人っきりが気まずくて、俺は家を出て、村をふらついていると、さっき会った子供たちと再会した。また絡まれたので、俺はしかたなく魔王討伐について語ってやることにした。
俺は近くにあった岩に腰掛け、子供たちはその前に座った。男の子は興味津々といった様子で尋ねてきた。
「魔王、強かった?」
「ああ、すっごく強かった。俺の他にあと三人いたが、ぎりぎりの戦いだった」
子供たちからひっきりなしにくる質問に答え、俺は身振り手振りを交えながら話していると、大人たちも集まってきて、人の輪が広がっていく。
――そうだ。俺は勇者だったんだ。
俺は忘れかけていた感覚を、否が応でも思い出していた。
翌日。
俺は玄関に立ち、親父とヘンリーに別れを告げた。
「またくるよ。俺がアニエス村に住んでいることは他言無用で頼む」
「わかった」
親父が俺に手を差し出したので、俺はその手を取った。この感覚を俺はいつまでも忘れないだろう。
「……今度はニコさんとコリン君も連れてこい」
俺は困ったような笑顔を見せた。
「コリンには俺が勇者だと伝えていないんだ。だから、それは難しいな。――それじゃあ、また」
俺は玄関の扉を開けて、外に出た。
季節は春から夏へと変わりはじめ、燦燦と降り注ぐ陽光が眩かった。
アニエス村に帰ってきた俺は、玄関を開けた。
「ただいま」
「おかえり」
リビングからニコエラとコリンの声が聞こえてきて、ほっと胸を撫でおろす。
ニコエラは椅子から立ち上がり、キッチンへ向かっていく。
「お茶、飲むだろ?」
「ありがとう」
俺はリビングの椅子に座り、息をついた。
ニコエラはキッチンから声をかけてきた。
「どうだった? 親父殿は元気だったか?」
「ああ。ヘンリーが結婚していた。しかも、幼馴染のローズと。気まずかった」
ニコエラはお盆に三人分のお茶を乗せて、リビングのテーブルに乗せた。俺とコリンはそれぞれ自分のマグカップを取り、ニコエラはコリンの隣に座った。
「なんだ、そのローズというのは元恋人か?」
「いや、そういうわけではないが……」
ニコエラは少しむすっとした顔で俺の顔を見た。
「歯切れが悪いな」
俺は頭をかいて、考えながら話していた。
「だって、幼馴染と弟が結婚していたら気まずいだろう」
「そういうものか……?」
ニコエラはお茶を一口飲んだ。
――勇者になる前、ずっとムーア村にいるんだろうなと思っていた頃に、結婚するならローズだろうなと思っていたことは内緒にしよう。
なんとなくニコエラに知られたくないと思う自分がいた。俺もお茶を飲んで、このことは墓場まで持って行く意思を固めた。
夜になり、コリンが眠そうに目を擦っていたので、ニコエラがコリンの頭を撫でた。
「もうおやすみ、コリン」
コリンはうなずき、「おやすみなさい」と言って、二階にある自室に上がっていった。
俺も立ち上がりながら、
「そろそろ俺たちも寝るか」
そう言うと、ニコエラが俺のパジャマの裾を掴んだ。俺は驚き、ニコエラを見た。
「話がある」
俺は椅子に座り直し、ニコエラを見た。
「なんだ、あらたまって」
「……魔王軍がコーネル王国に向けて進軍をはじめた」
俺はその言葉に驚き、コリンに聞こえないように声をひそめた。
「どういうことだ? なぜ知っている?」
「眷属のカラスに魔王軍の動きを探らせていた。今朝方、その知らせが届いた」
ニコエラの紫色の瞳が真剣に俺を見つめていた。俺はその視線から逃れるように天井を見上げた。
「そうか……」
今はそれしか言葉が出なかった。平穏な日常が終わりを告げる――。
そして、また闘いの日々が戻ってくるのだと、そう確信した。




