第12話 ニコエラがいない日
コリンを迎えに学校に向かっていると、ちょうどニコエラとコリンが学校から出てきた。俺は軽く手を上げると、コリンがこちらに駆けてきた。
「アルおじさん、帰ろう!」
俺は笑顔で見上げてくるコリンの頭を撫でた。ニコエラは少し申し訳なさそうな顔でそれを見ていた。
「迎えに来させてすまないな。それじゃあ、私は奥様会にいってくる。夕食の時間までには戻るから……」
俺はニコエラに笑みを向けた。
「気にせず、ゆっくりしてこい」
俺はニコエラと別れ、コリンと共に家に向かった。
昼飯は昨夜のカレーを温めて、パンと一緒に食べた。その後、時間を持て余した俺は正面に座るコリンに尋ねた。
「剣の稽古でもするか?」
「うん!」
俺とコリンは玄関に置いてある木刀を持って庭に出た。俺は腕を組み、コリンに言った。
「まずは素振りだ。二十回」
「はい! 師匠!」
なぜかコリンは、剣の稽古のときだけ俺のことを師匠と呼ぶ。まぁ、悪くない。
「脇が甘い。もっと締めて」
「はい!」
素振りが終わると、コリンの息は上がっていた。しかし、俺は甘やかさずに、すぐに向かい合った。
「打ち込んで来い」
「はい!」
コリンが打ち込んできたので、俺はそれを受け流した。しばらくそれを続けて、さすがにコリンがばててきたので、休憩を挟むことにした。息を整えているコリンの頭を撫でると、少し汗ばんでいるようだ。
「だいぶ上達したな」
コリンは少し不機嫌そうな顔で俺を見た。
「全然だよ。アルおじさんに当たらないもん」
それはそうだろう。俺はSランクの冒険者であり、魔王討伐を成し遂げた勇者だ。そんじょそこらの子供に剣を当てられるはずもない。
「まぁ、コリンにはしばらくは負ける気はしないな」
コリンは持っていた木刀を不意打ちで当てようとしてきたので、軽く止めてやった。にやりと笑うと、コリンは悔しげに頬を膨らませていた。
俺は天気のいい空を見上げた。
「そうだな、せっかくだ。実戦を見せてやろう」
そう言って、俺は立ち上がった。コリンは茶色の瞳を輝かせてうなずいた。
俺とコリンは森の奥で獣か魔獣がいないか探しながら歩いた。冬も終わりに近づいてはいるが、なかなか見つからない。そろそろ諦めるかと思った矢先に、川の側にいる猪を見つけた。
「コリンはここで隠れて見ていろ」
俺は木陰から飛び出した。猪は俺に気づくと、わたわたとした後、覚悟を決めたようで突進してきた。俺は剣を抜き、すれ違いざまに猪を斬りつけた。猪は断末魔の叫びを上げて絶命した。
それを見ていたコリンが、興奮した様子でこちらに駆けてきて、俺の前でぴょんぴょんと跳ねた。
「アルおじさん、すごい! 一撃だ!」
「まぁな」
俺は自慢げに剣についた血を振り払って、鞘に納めた。それから、猪を担ぎ、歩き出した。
「今日は猪肉のスープにしよう」
コリンはうなずいたが、どこか元気がなく、心配になった俺はコリンの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
コリンは首を横に振っただけで答えない。猪が目の前で死んだことがショックだっただろうかと考えて、まだ実戦を見せるのは早かっただろうかと、俺は反省していた。すると、コリンは不安そうな顔で俺を見上げてきた。
「……父さんも、アルおじさんみたいに強ければ、死ななかったのかな?」
以前、父親はあまり剣が上手くないと、コリンが言っていたのを思い出し、俺はコリンの頭を撫でた。
「そうだなぁ。親父さんがどのくらいの腕前だったのか俺は知らないから、なんとも言えないな」
「剣を持っているところなんて滅多に見たことないよ。なのに、アンカースまで二人だけで行ったんだ。おれは危ないって言ったのに……」
そう言って、俯いたコリンの頭を撫でてやる。
「そうだったのか……」
しばらく沈黙が続き、もうすぐ家だというときに、俺はコリンに言った。
「……俺がお前に剣を叩きこんでやる。だから、お前は強くなれ」
コリンは少しだけ寂しそうに微笑みながらうなずいた。それから、コリンは俺の手を掴んできたので、ぎゅっと握り返した。
俺は裏庭で猪をさばき、畑で白菜と長ねぎを取ってから家に入った。キッチンで下ごしらえをしていると、コリンが俺の脇に来た。
「今日はアルおじさんが作るの?」
「ああ。夕飯を作っておいて、ニコを驚かせよう」
そう言うと、コリンがにやりとしたので、俺もにやりとした。
外も薄暗くなってきたころ、ニコエラが帰ってきた。
「すまない。遅くなった」
そう言いながら、ニコエラがリビングに入ってくると、キッチンにいる俺を見て驚いた顔をした。
「……まさか、アルが夕食を作っているのか?」
「おかえり、ニコエラ。今日はコリンと一緒に猪を狩ってきたから、スープを作ってみた」
ニコエラがわずかに顔を強張らせると、コートを置きに二階へ上がっていった。
俺は最後の仕上げに、塩コショウを鍋に振った。それから皿によそい、パンと一緒に食卓に並べた。俺たちはリビングの椅子に座り、手を合わせた。
「いただきます」
俺たちは声を揃えて言った。ニコエラとコリンがスープを口にするのを俺は心躍らせながら見ていた。
「どうだ? うまいか?」
そう笑顔で尋ねると、ニコエラはくすくすと笑っている。
「まずいぞ。味見はしたか?」
俺は首を横に傾げた。
「味見? していない」
「とりあえず、アルも食べてみろ」
俺はニコエラに言われるがままスープを口にして、顔をしかめた。
「うん。まずいな。臭みがひどい」
それを見ていたニコエラとコリンは、吹き出すようにして笑った。ニコエラに至っては、笑いすぎてこぼれた涙を拭っている。
「まぁ、食えないこともない。とりあえず、お前は味見をすることを覚えた方がいい」
俺は頭をかきながら、うなずいた。
コリンはスプーンを片手に俺を見た。
「アルおじさんは、何でもできる人だと思っていたけど、料理はへたくそだ!」
そう言われては、俺の面目は丸つぶれだ。
「くそう。今度リベンジ……」
「やめてくれ」
「やめて、アルおじさん」
ニコエラとコリンが声を揃えて言ったので、俺はテーブルに突っ伏した。それを見て、ニコエラとコリンがまた笑ったので、俺は苦笑しながら顔を上げた。
ニコエラが笑みを浮かべながら言った。
「今度、一緒に料理をしよう。私が教えてやる」
「……よろしくお願いします、師匠」
そのやり取りを見ていたコリンがおかしそうに笑っていた。




