第11話 雪。
パヴァンがこつこつ作ってくれた弓を持って、狩りに出かける。
パヴァンと私と、サティシュの3人で、小雪の降る中、森の奥に入っていく。
本来なら雪の降らない日の方がいい気がするが、足跡が残るから。それと、他の猟師と鉢合わせするのを避けるため、らしい。
雪が降りだす前に、どこからかパヴァンが調達してくれたブーツと、外套を着こんで出かける。サテッィシュは顔色もすっかり良くなった。
少しずつ体を慣らしていくのに、いきなり狩りかい?とは思ったが…まあ、パヴァンがそう言うなら、これがいいんだろうな。
「雪の上を歩くのはバランスが必要だから、ただ歩くよりいい。」
そうだね…疲れるけど。
何度かそうして雪の降る中を狩りに出かけた。
その日もパヴァンの踏み後をついて歩く。いつもサハジと薬草摘みに来る高台まで来て、沢筋を下る。水場があるので、少し緑が出ている。いろいろな獣の足跡がたくさん残っている。ウサギや、それを狙ったキツネとかだろうか。
逃げ遅れたウサギめがけて弓を射る。飛距離は十分だったが、少し右にずれた。
「下手くそ。」
サティシュのつぶやきを、聞こえなかったふりをして、矢がもったいないので拾ってから進む。
山鳥か、ウサギがいい、と出がけにサハジにリクエストされてきた。
やる気は満々だが…正直、馬での狩りしかしたことはない。勢子、と呼ばれる獲物を追い込む者がいて、用意された獲物を、さあどうぞ、って感じで射る。この中では残念なことに一番下手だ。パヴァンが言うには、サハジの方が上手いらしい。
水場の向かい側の森に入って、また少し登る。
ちらりと振り返ってサティシュを見たが、問題ないようだ。
先を行くパヴァンに伏せるように手振りで指示され、姿勢を下げてパヴァンのところまで上がる。ウサギかな?イノシシは仕留めにくいって聞いたし…。
見下ろすと…いきなりの大物だった。
「今日は久しぶりに酒が飲めると…おばあが喜んでいた。」
ぼそっと、パヴァンがつぶやく。
パヴァンの指さした先には、野営の準備をするフール軍の多分、視察兵。4人か?
「5人だな。」
サティシュがつぶやく。
小高い、私たちのいる山を背にして、ほんの少し開けた場所で、意外なほど楽しそうにテントを張っている。焚火をするつもりなんだろう、折れていた木を引きずってきて折って重ねている。
『こんなとこにいねえってなあ。帝国の奴らもビダルの兵士も探してたんだろう?』
大きな声。フール語だ。
『まあ、この森も見ましたが、異常なしです、ってことでいいんじゃねえか?早く国元に帰んないと、雪で身動きが付かなくなるぞ?』
『まったく…うちの国王もこんなじれったいことしないで、一気にこの国を取っちゃえば済むのにな。』
『帝国が動くのがめんどくさいんだろう?自滅してくれるのが一番だからな。』
『ビダル国と帝国軍に散々戦わせておいて…ひょいと横取りする、って感じか?』
『俺たちまでむざむざ死にに行くことはねえしな。ガハハハッ。』
焚火が勢いよく燃えだして、兵士たちが酒盛りを始めている。まだ昼前だが。
『帝国の将軍なんて言ってもな、部下を5人しか連れていなかったんだろう?』
『ああ。この雪だし、死体も見つかんねえよな。獣に食われてるんじゃねえか?』
『乗っていた馬は見つかったみたいだな。何日かしたら、里に下りてきたらしいぞ?』
『へえ。まあ、どちらにしろ、一人でこの山にいても、死んでんじゃねえか?』
『違いねえ』
がははっと大きな笑い声がする。話を聞くに、どうもはなから探す気もなかったようだ。
パヴァンが動き出す。
私たち二人は伏せたまま、パヴァンはフールの兵士の視界に入る方角に突然現れ、あたかも人がいて驚いた、という態で森の中に走り出す。
『おい!人がいるぞ!』
『追え!』
酒盛りをしていた5人のうちの、まだ年若い兵が3人、パヴァンを追って走り出す。
残った2人はまだ酒を飲んでいる。手負いの人間一人捕まえるのに、3人もいれば十分だと思ったのだろう。
サティシュと目配せして、立ち上がって、弓を構える。
矢が風を切って、太った男の首筋に刺さる。
サティシュの放った矢は、もう一人の左胸を貫通した。
私の放った矢は、致命傷にはならなかったようだ。首から矢を引き抜こうとする男の後ろまで傾斜を滑り降りて、おばあに貰ったナイフでとどめを刺す。
矢はもったいないので、足元の雪で血をぬぐって、回収する。
そのほんの少し後、パヴァンが仕留めそびれた男が2人テントに向かって走ってくる。
男たちをあたかも今の今まで飲んでました、という体で丸太に座りなおさせて、後ろに支えながら隠れて、近づいてくるのを待つ。
『師長!怪しげな男が!』
サティシュはその師長と呼ばれた男の剣を抜いて、そのままざっくりと切り捨てた。早業だ。
私はひるんだもう一人の男を足蹴りしておいてから、倒れてくる男の喉元をナイフで切りつけた。
雪の上が…血だらけだな…。
血で汚れた手を、雪でごしごしする。
サティシュは…悔しいことにどこも汚れていない。
火を雪で消して、パヴァンを待っていると、仕留めた兵を引きずって帰ってきた。
「ディヤ、汚したな。もっときれいにできないのか?」
「……」
汚れの少ない3人分の兵士のコートと制服一式を脱がせ、パヴァンのしょってきた大きなリュックに詰める。編み上げ靴も脱がして詰めた。剣も吟味して3本。
テントを見渡して、酒の瓶と携行食を詰める。いつの間に獲ったのか、パヴァンのリュックにはウサギが一羽括りつけられている。
「さて、ひと仕事しよう。」
パヴァンとサティシュは二人ずつ、私は一人引きずって、山を一つ超す。
越した先に、絶壁の渓谷が現れる。
そこに、フールの兵士を放る。
「あとは獣と雪が何とでもしてくれる。テントはめんどくさいので、あのまま置いておこう。じき雪でつぶれる。春には草木が生い茂って、わからなくなる。」
帰り道にちらりと見ると、テントが張ってあったあたりに、血の匂いがしたのか、もう獣が寄ってきていた。先ほどから激しくなってきた雪で、まき散らしたような赤はもう見えなかった。




