第12話 風呂。
その日の晩御飯は、中々豪勢だった。ウサギの肉入り豆のスープと、クルミ入りの薄いパン。頂いてきた携行食の干し肉とチーズ。
おばあは上機嫌で酒を飲んでいる。
「サティシュ用に風呂が用意してある。ディヤ、良く洗ってやれ。」
サハジの言葉に、若干驚く。風呂?
むかーし聞いたことがあるし、入ったことももちろんあるが…風呂?
基本、体を拭くか、川があったら川に入るかするが…あの、お湯が入った風呂?
いや、サティシュのことも、自分も毎日ちゃんと拭いてる。髪まで拭いてる。
…でも、風呂?
「傷跡は優しく洗え。これからどんどん、新しい皮膚に代わる。薬と包帯はひどいところだけでいい。」
「…はあ…」
ここにきて3年目になるが、この家で風呂なんて見たことがない。
いったいどこに??
当惑した私を見てサハジが笑う。
「ディヤ、客間の隣、風呂なんだ。いつもは道具や干した薬草とかでいっぱいで物置かと思った?」
「え?」
小さい廊下に出てみると、その物置に入っていた道具や薬草を出したんだろう、廊下が荷物でいっぱいだった。恐る恐る物置だった部屋を覗いてみると…すごく小さいが間違いなく…風呂にお湯が入っていた!
「おばあが、そろそろサティシュを風呂に入れると言って。代謝が良くなるからと。」
「あ…あの…これって、残り湯で良いから私も入っていいかな?」
「ああ、いいよ。ディヤも、もういいだろう、っておばあが。」
「ん?」
何がだろう?風呂に入ることが、かな?いや~風呂だよ?風呂。もう一生入れないのかと思ったよ。川は川で気持ちがいいけど。
パヴァンが、ごそごそとリュックを探って、手のひらに収まるくらいの箱を寄こした。
え???石鹸???
ああ、サティシュ用ね…。フールの石鹸なんてなかなか手に入らない。泡立ちも香りも良くてねぇ…サティシュ用だけど…。
「ねえ、ディヤ、もう少しスープ食べたい。」
サティシュ…あなた今日だって、弓を引いてたわネ?兵も二人も引きずってたわよね?何で自分でスプーン持たないの?ねえ?
そう思いながらも、サティシュの口にせっせと豆スープを運び、クルミ入りの薄いパンを口にぎゅうぎゅうに詰め込んであげて、自分のスープも飲む。
…育児中のお母さん方は大変だな…。
「干し肉も、もう少し小さくちぎって。」
…はいはい。
あ、それどころではない。湯が冷める前に、サティシュをきれいに洗ってしまおう。髪を乾かしたら、さっさと寝かせて、私も入ろう!
着替え一式と…乾いた布と…さっき預かった石鹸。
サハジに小さいランタンを借りて、風呂場にぶら下げる。
どうせ濡れるから、自分の着替えも揃えて置く。
さて!ほらほら、いつまで食べてるの?お風呂の時間よ?
いつまでも干し肉を食べているサティシュを追い立てるように連れて行く。
「お風呂よ!お風呂!きゃあ、嬉しいねぇ…」
部屋で、着ていたシャツもズボンも脱がせ、少し悩んだが下履きも脱がせる。暗いし、まあ、いいか。急ぐし。
真っ裸になったサティシュを風呂場につれて行って、湯加減を確認して、そっと湯をかける。
「傷口、痛くない?大丈夫そう?」
「ん。」
湯船に沈ませて、風呂のふちに頭をのっけてもらって、髪に湯を掛けながらガシガシと石鹸で洗う。
「かゆいとこない?」
「ん」
お湯がもったいないので、よく泡を搾り取ってから、そっと湯で流す。
綺麗な布で髪をくるりと巻いて、湯船から出てもらう。
立ったまま背中を向けてもらって、足までごしごしと洗う。右わき腹は、これ以上は優しく洗えない、というほどやさしく洗う。右腕も同様。
前は…さすがに石鹸のついた布を渡して自分で洗ってもらった。
さて…顔も同様に優しく洗う。かさぶたも取れて、ほんのり赤いかな、ぐらいにまで治った。
ざっぱりと流して、もう一度湯船に入ってもらって、完成!
乾いた布でそっと叩くように水分を拭きとってから、大急ぎで客間につれて行って着替えさせる。ふう。
暖炉の前を少し空けてもらって、座らせたサティシュの髪を乾かす。石鹸のいいにおいがする。長くて、サラサラな黒髪だ。
「さあ、乾いたよ。寝て寝て!」
追い立てるようにベッドに押し込んで、皆のいる居間まで戻って、次に誰が入るか聞いたら、お前が入っていいと言われて小躍りする。
「じゃあ!お先に頂きますね!」
廊下で綺麗に脱いで、風呂に入る。いや、待て…。そのまま入ったら風呂の湯が褐色にならない?よくよく見ると、もう手足の顔料は落ち切っていた。まあ、あんだけ洗ったからね…。
湯を汲んで体を洗って、顔を洗って、髪も久しぶりに洗った。
サティシュ用の石鹸をお借りして、ガシガシ洗った。綺麗に流してから、残り少なくなった湯につかる。少しぬるくはなったが…天国だわね。
サティシュを拭いた布で、全身を拭き終わって…自分の着替えを部屋に置きっぱなしなことに気が付く。今更脱いだ服を着たくはない…。行くか…。暗いし、何も見えないはず。
そっと客間に入って、さっさと着替える。
脱いだ二人分の着替えは明日洗おう。
居間に戻って、ランタンを戻し、今度は自分の髪を乾かす。
「……」
おばあが小瓶を差し出す。何かしら?と思って、匂いを嗅いでみると、おばあが身振り手振りで、顔と手足に塗れ、と言っているようだ。いつも通訳してくれるサハジはもう眠っている。ほんのりと甘い匂いがする。
こくこくっと頷いて、少し出して顔と手足に塗る。化粧水みたいなものだろうか?
顔料を久しぶりに落とした顔と手足に、しみこむような心地よさだ。
「……」
「ん?サティシュにも塗るの?」
おばあがにっこり笑って頷く。
「わかった。ありがとう、おばあ。おやすみなさい。」
「……」
客間に戻ると、サティシュがまだ起きていた。大急ぎで毛布に潜り込むと、ホカホカに温まっている。サティシュの顔に化粧水を塗り込む。されるがままになっている。
手を出してもらって、両手にも塗り込む。
冷える前に、もぞもぞと毛布に潜り込む。
慣れって怖いよネ。こうして寝るのが当たり前になったみたいだ。
今日はいろいろあった。風呂にも入ったし…二人で、おんなじ匂いがするね、と笑いながらすぐ眠ってしまった。




