三話 ヴィオレッタ・フォンテーヌ
──私、ヴィオレッタ・フォンテーヌは、フォンテーヌ子爵家の長女として生まれた。
元々フォンテーヌ家は小さな商家に過ぎなかった。しかし、類まれなる商才を持った祖父によってフォンテーヌ商会はこの国一番の大商会へと生まれ変わったのである。
そしてさらに、フォンテーヌ商会に大きな転機が訪れた。
当時の王太子とその婚約者の結婚式二週間前のこと、フォンテーヌ商会に重要な依頼が舞い込んできたのである。
それは、『元々依頼していた仕立て屋商会が納品不能になってしまったため、二週間で王太子妃のウェディングドレスを仕立ててほしい』という、前代未聞の発注であった。
この依頼に、祖父もといフォンテーヌ商会は当初の予定より完璧なウェディングドレスを納品し、国王陛下を大層喜ばせたのである。
このことで祖父は爵位を賜り、フォンテーヌ家はフォンテーヌ子爵家となったのだ。
所謂新興貴族というものである。
フェリクスと婚約したのも、彼の家であるオルレアン伯爵家との繋がりを持つことが目的だった。
オルレアン伯爵家は昔から代々続く名門貴族だ。だが、最近では資金不足で民が困窮しかけていた。
そこで援助を申し出る代わりに、婚約を取り付けたのが私……つまりフォンテーヌ子爵家である。
オルレアン伯爵家は、大商会を運営するフォンテーヌ子爵家の援助を受けられる。
そしてフォンテーヌ子爵家はオルレアン伯爵家の持つ歴史や人脈を手にし、箔が付く。
双方にとって、利のある婚約であった。
……がまさか、こんなくだらない理由で婚約破棄をされるとは。
まぁ、そんなこともあろうかと契約書を作っておいてよかった。これで、持参金はもちろん、契約違反による違約金まで手に入れることが出来る。思わぬ儲けものである。
あとは、新しい婚約者を見つけ、フォンテーヌ子爵家の立場をより磐石にするだけだ。
なんと言っても、我が家は成り上がったばかりの歴史の浅い新興貴族なのだから。
──そう、新興貴族なのだ、私の家は。
それなのに、なぜこんなことになっているのかしら?
私は目の前のアーノルド王太子殿下に淡々と尋ねた。
「失礼を承知で申し上げますが……王太子殿下には、既に婚約者がいらっしゃるはずでは?」
私の問いに、王太子殿下は困ったように眉を下げて笑った。
「この話をするには、少々場所が悪い。ゲストルームへ案内するから、着いてきてくれるだろうか」
***
「……それで、なぜ私と『取引』を?」
「実は……まだ公表していないのだが、婚約者に駆け落ちされてしまってね。どうやら、彼女は幼馴染みの侯爵令息のことが忘れられなかったらしい」
「……そんなこと、私に話してよろしいのですか?」
「まぁ、ダメだろうね。だから、これは『取引』だよ」
王太子殿下が自身の唇に人差し指を当てる。
私はそれでも食い下がる。
「新興貴族である、しかも子爵家の私と、王太子殿下であるあなたとは釣り合いが取れませんわ。これでは取引なんて呼べないでしょう」
そう私が告げると、彼は面白そうな表情を浮かべて静かに笑った。
「君なら、そう言うと思ったんだ」




