35/47
第34話:静かな直前
本番の日は、気づけばすぐそこまで来ていた。特別な準備期間があったわけでもなく、日々の延長線の中で時間だけが進んでいく。その静かな流れが、かえって現実味を強くしていた。
控えの空間は思っていたよりも落ち着いていた。誰かが大声で騒ぐこともなく、それぞれが自分の中で集中を保っている。その空気の中にいると、不思議と逃げ場はないのだと実感する。
美咲は手を軽く握りしめた。震えているのかどうか、自分でもよく分からない。ただ、体の奥に重たいものが沈んでいる感覚だけがあった。
ここまで来た。逃げることはできないし、逃げたいとも思わなかった。うまくできるかどうかは分からない。それでも、今の自分で立つしかない。その現実を、ようやく受け入れ始めていた。
玲奈の姿が視界に入る。いつもと変わらない様子で立っているその姿に、少しだけ安心する自分がいた。同時に、その背中の遠さも改めて感じる。
呼吸を整える。心臓の音がゆっくりと落ち着いていく。完全な自信はない。それでも、今まで積み重ねてきた時間がゼロになるわけではないと信じたかった。
その小さな確信を胸に、美咲は静かに立ち上がる。舞台へ向かう足取りは、思っていたよりも確かだった。




