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第31話:初舞台の気配
それは、あまりにも自然な流れの中で告げられた。練習の終わり際、指導者が次の発表の参加メンバーを読み上げる。その声はいつもと同じで、特別な重みを持たせるものではなかった。けれど、その中に自分の名前が混じった瞬間、美咲の時間だけがわずかに遅れたように感じられた。
一瞬、自分のことだと理解できなかった。周囲は特にざわつくこともなく、誰かが軽く反応する程度で、空気はすぐに元に戻る。だが美咲の中では、その一言が何度も繰り返されていた。選ばれたという事実は、嬉しさよりも先に現実の重さを伴って胸に落ちてくる。
本当に自分でいいのだろうか。まだ足りないものばかりなのに、舞台に立つ側に入ってしまったことへの戸惑いが広がる。それでも、断るという選択肢は頭に浮かばなかった。むしろ、ここで逃げてしまえば、今まで積み重ねてきた時間すべてを否定することになる気がした。
帰り道、見慣れた街の景色がどこか遠く感じられる。足はいつも通り前に進んでいるのに、心だけが少し後ろに取り残されているようだった。けれどその奥には、わずかに熱を帯びた感情が確かにあった。怖さと同じくらい、踏み出してしまったことへの実感が静かに芽生えていた。




