10.電車で
「電車あんまり使わないなら、遥香ちゃんは、いつも学校へはどうやって行ってるの?」
「自転車。」
「自転車か良いなあ。遥香ちゃんが乗ってるの、なんか格好良さそう。」
「普通の籠付き自転車だよ。格好良くなんてないし、夏は暑いし、学校の手前は坂だしで、結構辛いよ。」
「でも、歩きよりは良いでしょ?」
「まあ、歩くよりはね。楓は?」
「私?私はね、学校まで電車とバスなんだ。」
「もしかしてスクールバス?」
「そうそう。学校のバスが駅まで迎えに来てくれるの。便利だよ。」
「良いな。そういうところ、私立は良いよね。」
「だけどさ。やっぱり学費高いから、お母さんには、折角なんだからちゃんと勉強しなさいって言われるし。」
「勉強しなさいは、うちでも言われる。」
そう返事をすると、楓がくすりと笑うので、つられて自分も笑ってしまう。
「そっか。でも、なんか授業料が高いからって言われると、引け目を感じちゃうんだよね。」
「それは、まあそうなのかな。じゃあ、モデルの方は?」
「モデル?」
「モデルの方は親に何か言われないの?」
言われて楓は首を傾げながら言葉を探す仕草を見せる。
「うーん、そっちはあんまり気にしてないみたい。アルバイトみたいなもんだって思ってるのかなあ。」
「そう言うの怒りそうな親も居そうだけど、楓の所はそんなことないんだ?」
「うん……あ、でも、そういえば、実際、親に黙ってて嘘ついてやってた子もいたらしくてね。それがバレて凄い怒られて事務所まで親が来たことあるらしいよ。」
「うわ……。」
光景を想像するに、いたたまれなくてなんと言って良いか分からず、呆れた声だけ漏れた。
「だから、今は絶対に親の承諾書ないとやらせないって感じで、最初に書類渡されて、お母さんに書いてもらった。」
「何するのでも、そう言う大変なことあるんだねえ。」
しみじみと言うと、楓はくすりと笑う。
「遥香ちゃん、なんか年寄りっぽいこと言うねえ。」
「ま、実際、もう私は年だよ。もう17歳。」
「あれ?もう誕生日来たんだっけ?」
「5月にね。」
「そうだったっけ。えっと、確か5月……11日!」
楓が口にした日付は、確かに自分の誕生日で一瞬目を大きく見開いて驚いてしまう。
「……良く憶えたね。」
呟くように言うと、楓は両手を重ねながら恥ずかしそうに微笑んだ。
そんなことを話しているうちに、電車の中へアナウンスの声が響いてくる。
『七宗、次は七宗』
ノイズ交じりの女性の声が車内へと響いて、楓はその声に集中するように顔を上げた。
「次降りるよ。」
ぽんっと楓が肩を叩いてくるので顔を向けて頷いた。
電車は徐々に速度を緩めていき、その勢いで慣性が働き、体が進行方向へと引っ張られていく。郊外といった雰囲気の一戸建ての住宅街が窓の外の景色として流れて行き、それがすぐに駅のホームの中で走る光景へと入っていく。
「じゃあ、いこっか」
電車のまだ完全に止まらないうち、急にシートから立ち上がった楓につられて、慌てて腰を上げる。
「まだ、止まってないけど。」
「良いでしょ?」
「良いけど。」
すでに車体は殆ど動きを止めていて、扉へと向かう間に電車は駅のホームへと辿りついた。電子的なチャイム音が鳴り電車のドアが開くと、すぐに楓は電車の外へと足を下ろす。彼女の後に続いて電車を降りると、ホームには存外に人が多くって、少し気圧されるような気がしてしまう。すぐに人が押し寄せてきて、楓と離れてしまいそうになるのを、慌てて人ごみを掻き分けて彼女の近くへと駆け寄った。
楓は、私が傍らへと近寄ってきたのを見て、何故だか笑顔を見せる。
何か喋ろうかとも思ったけど、ホームには人が余りにも多く騒がしく、おそらく声をかけても聞き取れないだろうと感じて、歩き出した楓の後ろを黙ってついていくことにした。ホームからエスカレーターを上がって、南改札へと向かう。改札を出るときに、ICカードを指しかざすと、電子音が響いて電車運賃が184円と表示される。初めて来てみたけれど、五駅ぐらいなら、まあ、こんなものかと思った。
「こっち。」
人混みの中で一度だけ振り返り、手招きをしてきた楓の後について駅舎の出口へと向かう。
そのまま人の流れに乗って二人並んで駅舎を出てみると、目の前のすぐそこに見上げるほどの高さをした百貨店のビルが聳えていた。物珍しくて見上げていると、ぽんっと背中を軽く叩かれて、楓へと視線を向けると、彼女は百貨店の入口へと指をさした。
「このデパート?」
尋ねると「うん」と楓は頷いて、デパートの入り口へと向かっていく。
デパートに入ってすぐのところにあった、エレベーターへと乗って7階へと昇る。エレベーターの各階のボタンの横に、何が売られているか書かれた説明の欄があるのに気が付いて、読んでみると7階の所は美術展示場とだけ書いてあるのに気が付いた。
「もしかして7階全部美術館なの?」
「そうらしいよ。」
楓は扉の上にある階を示す電光掲示板を眺めながらそう言った。




