11.連絡先を
途中、一回も途中階に捕まらずスムーズにエレベーターは7階まで辿りつく。扉が開いてエレベーターを降りてみると、ホールには結構な人が立ち並んでいて、美術館なんて人が少ないだろうと思っていたから少し驚いてしまう。
よくよくと見てみると、そこは美術館の売店のようで、絵画のポスターやら、絵をモチーフにしたアクセサリーやらが並べられていて、その商品を眺めているのだと気が付いた。
周囲を見渡すと、ホールのちょっと奥まったところにカウンターがあるのが見えて、そこに落ち着いた制服を着た女性が座っていたから、そこが入場券売り場だと分かる。楓と自分と、二人でそれぞれに入場券を買うと、すぐに会場の中へと入ってみると、展示場はさっきのホールよりも多くの人が歩いているのが見えてきて、さらに驚いてしまう。
「こんなに、人いるんだ。」
「美術館はね。それなりにいるよ。でも静かでしょ?」
確かに、人は結構いるのにもかかわらずみんな静かに絵画を眺めていて、むしろちょっと喋っている程度の自分たちが一番煩そうな感じですらあった。館内BGMもなくって、少なくともカラオケやショッピングをするよりは落ち着いて楽しめそうな雰囲気があった。
展示場へと入ってすぐの所には、何やら文章の書かれた板が立て掛けられていて、一番上には今回のテーマだろう『アメリカの風景画』と言う文字が大きく題字されている。
よくよく読んでみると、どうやらそこには今回の美術展の趣旨やら歴史やらが大雑把に書いてあるらしかった。
「美術展なのに、一番が最初文字なの?」
「まあ、こういうものだから。」
私の言葉に苦笑いをしながら楓は答えてくる。
入り口から、ちょっと入ってみると、そこからようやく絵画が掛けられているのが見えてきた。
一番最初に飾られていた絵は、昔のアメリカの農村の風景を描いた油絵だった。筆の跡が浮き立って見えるほどに表面はゴツゴツとながら筆致は細かく、綿花の枝の一本一本まで書き分けられ、一目に見てこれが上手な絵だということは分かる。
「ふうん。」
絵を眺めながら思わず声を出してしまうと、楓はすっと顔を覗き込ませてきた。
「気に入った?」
「んー、これなら、綺麗ってのは分かるかな。美術館ってもっと分けの分からないのが飾ってあるかと思った。線と丸だけみたいな絵とか。」
「まあ、そう言うのを飾ってる美術館もあるよ。」
「楓は、そう言うの見たことあるんだ?どうだった?」
尋ねてみると、言葉に困った感じで楓は眉を顰めさせると、顎に指を当てて考え始める。
「うーん……色使いは綺麗だった。かな。でも、やっぱり良く分かんなかった。」
あまりにも困った表情をしてそう言うので、実際、どう言葉にして良いのか分からないものなのだろうと、それだけでなんとなく感じられてしまう。思わず笑ってしまいながら、絵を覗き込んでいた顔を上げ、次の絵へと向かう。そうやって順々に二人で並んで壁に並べられている絵画を眺めていく。
誰もいない荒野に暴れて嘶いている馬を描いたものや、木漏れ日の射す明るい森の端で畑を耕している農夫とのんびりと農具を引く牛を描いたもの、険しく反り立った山並みと僅かに流れる雲の作品、風景と言っても色々と違うものがあるのだと感じさせる。
それは確かに綺麗で目を引くものが多かったけれど、同時にこんなものを自分一人では見に来ることはなかっただろうとも感じさせた。
ニューヨークのようなビル街を描いた風景画を眺め終えて、顔を上げた時についでのようにして楓の方へと顔向ける。
絵を見つめる楓の顔は、真剣そのもので、整っている彼女の顔が余計に綺麗に見えてきてしまう。思わず吐息を漏らしてしまいそうになりながら、口を押える。考えてみれば、こんな近くで顔を見つめるのは初めてで、改めてよくよく見つめていると、彼女の長いまつげが一瞬瞬いた。そうしてその瞳がこちらへと向いてきて、一瞬視線がかち合った。
そこで私が見つめていることに気が付いたのか、彼女は顔を上げてふわりと笑う。
「私じゃなくて、絵を見ないと。」
「あ……うん。」
ちょっと恥ずかしくなりながら、誤魔化すつもりで口を開く。
「それにしても、楓が美術に興味があったの知らなかった。」
そう言ってみると、楓は、どこか恥ずかしそうに視線を外す。
「中学の頃は興味なかったよ……。モデルになってからね、こう言うのもデザインとかの勉強になるかなーって考えて。」
「デザインの勉強してるの?」
その言葉が予想外で、思わず問い返してみると、余計に恥ずかしそうに楓は自らの指を擦り合わせるようにしながら顔を俯かせた。
「うん、折角雑誌のモデルやってるんだし、将来服のことに関わりたいなって思うにようになって……。」
「えっと、服飾デザイナーとかになりたいの?」
「成れたらいいなって思う。」
そう言いながら楓は「むずかしいだろうけど」と頬を真っ赤に染めながら、ほんの僅かにだけ笑顔を見せた。
飾られている絵を眺めながら二人で話をして、展示場を一周してしまうころには、なんとなく高尚なことをした気にもなってきていた。
誘われて来てみたけれど、実際落ち着いた雰囲気で静かに綺麗なものを眺めると言うのは存外に気分の良いことなんだと感じられた。ちょっと疲れたかなと、時計を確認してみると、デパートに来てからもうすでに1時間以上も経っていることに気が付く。
楓も自分の時計を見て、時刻を確認すると、こちらへと困ったような眉を下げた顔を見せてくる。
「結局、美術展を回っただけで終わっちゃったね。」
「でも楽しかったよ。こういうの初めてだったし。」
「そっかぁ、それなら良かった。」
展示場を出ると、エレベーターに乗って、デパートの1階へと降りる。そのままデパートを出て、駅のホームへと向かう。展示場でずっと立っていたこともあって、話す言葉もなくなり静かに二人で立っている。しばらくするとふわんと独特な音を鳴らして電車がホームへと駆け込んできた。時間も時間のせいか、それなりに混んでいたけれど、丁度良く二人分の座席が空いていて、そこに滑り込む。
シートに座って向かいの窓を眺めていると、車体はガタンと揺れて動き出す。窓の景色はホームをすぐに置き去りにしていくと、夕闇に染まる街並みを映し出してきた。
かたんかたんと上下に僅かに揺れるのを感じながら、久しぶりにこんなことをしたと吐息を漏らす。
ふと右手に温かい感触がして視線を下げる。
シートに置いていた手の上に、楓の掌が重なっていた。楓の方へと顔を向けてみると、彼女は何も言わないまま窓の外を眺めるような遠い目をして、そ知らぬふりをしている。下向きにしていた手を返して、彼女の掌と掌とを重ねる。途端に、楓は手をきゅっと握りしめてきた。それでも楓は何も言わないでいるので、こちらも何も言わないまま窓の外へと視線を移す。
住宅街だった街の景色は次第次第と裏寂れた道に代わり、そしてまた住宅街へと戻っていく。
「寂しいな……。」
ぽつりと楓が声を漏らしたのに気が付いて顔を向ける。
「何が?」
「このまま帰るの。」
楓に握る手の力が、僅かに強くなっていくのを感じる。
「中学の時は、遥香ちゃんとずっと友達のままでいられると思ってた。」
「違う学校に行っちゃうとね。理由がないと会うって感じにならないし。」
「私はずっと会いたかったけど。」
不満げな口調で楓は言った。
「それなら。連絡取ってくれれば良かったのに。呼んでくれれば会いに行ったよ。」
「……私、遥香ちゃんの連絡先知らない。」
「え、そうだっけ?」
「私は中学校の頃は、スマホ持ってなかったから。まだ早いって親に言われて……。」
「そっか。なんかそんなこと言ってたね。今は持ってるの?」
「うん。高校入ってから買って貰えた。」
「じゃあ、ID交換する?」
「する……。」
窓の外を眺めながら、楓は拗ねるような口調で言った。




