3.カフェで
まだまだ日が高い時間。量販店の立ち並ぶショップ街の、人の疎らに行き交う通りに面した有名なコーヒーチェーン店の、そのテラス席の一角。直射日光の当たらない日陰の席へと、楓は店内で買って来た珈琲の紙タンブラーを置いた。店の屋内は満員と言った盛況だったけれど、夏の暑い時間なこともあってテラス席はそれなりに空いているようだった。
学校の終わった後の時間なせいなのか、屋内の方には自分たち以外にも高校生がそれなりに見かけることが出来た。逆に制服姿の人が多い分だけ、隣にいた楓は私服姿が目立つこととその容姿が相まって、時折女子高生たちがこちらへと視線を向けてくるのが分かる。
「この席で良い?」
尋ねてくる楓に、頷いてみせながら同じ席の向かいの椅子を引いてそのまま座席へと腰を下ろし、持っていた鞄を床へと置いた。向かいでは楓が羽織っていた上着を脱いで、彼女の持っていたバッグと一緒に空いている席の背もたれへとかけていた。
「ごめんね、遥香ちゃん急に声かけて。用事とかなかった?」
向かいの席へと座りながら、どこか申し訳なさそうに訪ねてくる楓に、首を振って答える。
「ううん。丁度終わったところ。」
「そっか。」
どこかホッとしたように表情を緩ませて楓は、手に持っていたカップへと口をつける。合わせるように自分も珈琲のカップへと口をつける。一口飲み込んでみると、途端に、口の中に渋さと苦みが広がってきて思わず顔を顰めそうになってしまう。それを誤魔化す様にして小さく息を漏らしてしまうと、それに気が付いたのか楓は、ちょっとだけ意外そうに眼を丸くして、こちらを見てきた。
「遥香ちゃん、こういうの苦手だった?」
彼女の言葉に一つ頷いて、珈琲のタンブラーを机の上へと置いてしまう。
「こう言うの買ったの初めてだったから。ちょっと。苦いかな。」
「遥香ちゃんなら普段から、珈琲とか飲んでるかと思ってた。」
「そんなことないって。」
肩を竦めて首を振った。
本当に他愛のない会話だけれど、それだけで、なんとなく昔と同じような雰囲気になれた気がして嬉しくなる。何しろ、彼女は見た目が中学校の頃とは全然違っていて、写真で見るような華やかな姿をしていたから、こうして会話をしてみるまで、本当に同級生の紅葉谷楓なのか、どこか信じられない気持ちと、そして少しの緊張があった。
「それにしても声かけられたときは、全然楓って分からなかったよ……。本当に何か変わったね。」
「中学校の頃は、私、地味だったからね。」
恥ずかしそうに楓は自分の髪を撫でる。
「地味って言うか、普通だったかな。周りと同じって意味でね。その髪だって、ほら黒かったし一本髪で。」
言いながら髪へと視線を向けると、楓はくすぐったそうに笑って自らのボブカットの茶色いショートヘアを撫でた。緩い髪がふわりと揺れて、今にも良い匂いが漂ってきそうな雰囲気すら感じられる。
「今は、変かな?」
「変じゃないよ。良いと思う。」
もう一口だけカップを口元へと運びながら、さっぱりと言ってしまうと、楓はどちらかと言えばむしろ恥ずかしそうな、はにかんだような不思議な表情をみせてくる。
「遥香ちゃんは。そう言う所も昔と変わらないよね。」
今度は自分の方が、くねくねの髪を掻いて尋ね返す。
「変わってない……かな?」
「うん。外見も中学の頃と同じように見えて。だからさっきも目の前通ったときに一目で分かったし。」
「なんか中学から成長してないって言われてるみたい。」
言いながら自分の体を見直してみる。身長は少し伸びたし、胸も少しぐらいは大きくなっているはずだった。
「良い所がずっと残ってるってことだよ。遥香ちゃんは、ずっと個性的だったし。私なんかと違って。」
「そうだった?」
個性的などと言われるのが多少心外な気持ちで尋ね返してみると、楓は珈琲カップを口につけながらこくこくと可愛らしく頷く。
「そうかな……まあ私はともかく、楓は今は凄い個性的でしょ。こんな……。」
改めて楓の格好を上から下へと視線を向けた。柔らかい雰囲気で揃えられていた彼女の服装は、綺麗に整った彼女の優しい顔と良く似合っていて、チェーン店のカフェの席に座っていてすらも、雑誌に載っている写真の一枚の様にサマになって見える。
「うん……。自分を変えたくて。今はこんな感じ。」
どちらかと言えば気後れしているかのように、こちらから目を逸らして、手に持っていたカフェのカップを手の中で何度も弄りながら楓は言った。
「何かあったの?」
「何かって程じゃないけど……きっかけはあったかな。」
僅かに言い淀んで、楓は一瞬だけこちらへと視線を向けてくる。僅かばかり視線が重なったかと思うと、彼女は慌てて視線を外しながら口を開いた。
「でも……中学の時もずっと自分を変えたいって思ってたよ。」
楓の横顔は、どこか切なそうに目を細ませていく。
「そうなんだ、結構一緒にいたのに、そんなこと全然知らなかった。」
そう言ってみると、楓は首を振る。
「私も言ってなかったしね……。まあ、それでなんだけど。今は読者モデルみたいなことやってるの。さっきまで撮影してたんだけどね。」
「うん。道でちょっと見かけたかな。」
「遥香ちゃん、転びそうになってたよね。」
髪をかき上げながらくすりと笑う楓の表情に、転びそうになた時に変な声を挙げたのを思い出して恥ずかしくて、ちょっと顔が熱くなってきてしまう。
「やっぱり見られてたんだ。目が合ったし。」
「でも、そのお陰で、また会えたし。良かった。」
ふわりと緩く笑って楓は目を細める。
「ん……。」
小さく頷いて、恥ずかしさを誤魔化すつもりでカップへと口をつける。やっぱり口内に広がってくる苦さに眉根を顰めてしまいながらも、なんとなくふわふわと落ち着かなくなっていた気持ちが収まっていくような気がして、ゆっくりと口を開く。
「それにしてもさ。私、モデルの撮影って初めて見たけど、あんな感じでやってるんだ。」
ああっと楓は頷く。
「たまにね。あそこらへんであんな感じで写真撮ったりするよ。あの時に一緒にいた男の人がカメラマンさんで、女性の人がディレクターみたいな感じ。」
言われて楓の他にいた二人の顔をぼんやりと思い出す。
「ディレクターって……テレビとかで聞いたことあるけど、実際何する人?」
「えっと、指示出したりする人?」
ちょっと首を傾げて斜め上へと視線を向けながら楓はそう言う。
「人?って私に聞かれても。」
「そうだよね。えっと、何だろう、ポーズとか構図とか、どの写真使うかとか、何か色々決めてるよ。」
そう言うものなんだと、ふうんと小さく呟く。
楓は、それよりも、と言うように、テーブルへと手をついてこちらへと少しだけ体を乗り出してきた。
「遥香ちゃんは、こっちに何しに来たの?」
「私……?私は本を買いに来たんだけど……。」
綺麗な楓の顔が寄ってくるのを、僅かに緊張してしまってむしろ体を引いてしまいながら彼女の質問に答える。ふわりと鼻先に甘ったるい香りがしてくる気がして、僅かにどぎまぎとしてしまう。
「というか、私、本屋から出てきたでしょ?」
「あれ?あそこ本屋だったっけ?」
「本屋だよ。それでこれを買ってきた。」
ポケットに手を突っ込んで、その中に入っていた文庫本を出すと、そのままテーブルへと置く。紙のブックカバーがついているのを、外して見せると、興味深そうに楓はその表紙を覗き込んできた。
「これって小説なの?」
「うん。丁度、好きな作家の新刊で出てたから買ってみた。」
ふうんと楓は感心したように声を漏らすと、本を眺めながら目を細める。




