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4話 因果応報(前編)

 住宅地の中にあるアパート。

 二階建てでそこそこ年季が入っている。

 その影響か、事故物件でもないのに割と安い家賃となっていて、俺はここの一階の一番右側の部屋に住んでいる。


 現在は夜というのもあってアパート前に一つ街灯がついているが、以前からチカチカと点灯していて、暗闇よりはマシだけどあまり変わらない感じになっている。


 俺の部屋の前────というより、アパート全てを囲む形で何処にでもいそうな量産型のチンピラがうじゃうじゃといる。

 津島は可能な限り下っ端を集めてくれたみたいだ。

 人がゴミのようだ、とはまさにこのこと。


 そのうじゃうじゃいるチンピラ達が、あとからやってきた連中に俺の部屋までの道を開けていく。


「津島さんここです」


 今案内してきた奴のあとからやって来たのは五人。

 真ん中の奴の後ろに四人。

 つまり真ん中の奴がコイツらのトップ、津島ということになる。


 小太り低身長。目つきが悪くて色付きのサングラスをしている丸刈りの男。

 金色のじゃらじゃらしてるネックレスをしていて上下黒いジャージ。

 なんかヒップホップでもやってそうだな。

 よく見たらあれ、全部の指に指輪してんのか?

 この身なりで動物や甘いものが好きで笑顔が素敵なちょいワル系男子なら手のひら返して下っ端になってもいいかな〜〜って考えてはみるけど──────。


「直接の面識はないけどよぉ。ここまでコケにされたんなら全力出して潰してやらないと失礼ってもんだよなぁ田中ァ!!」


 現実はそう甘くない。

 夜なのにアパートの前で大声を出すバカ。

 いかにもな輩感で、見てるこっちの気分が落ち込む。

 会社とかならパワハラとかで即訴えられるやつだ。

 そんなのだから男共しか集まらないんだよ。


 ん? …………ってか今、田中って言った?

 昼間に見た覚えがある名前を聞いて津島の後ろにいる奴に目がいく。

 後ろにいるうちの一人。

 なんか見覚えのあるオールバックだと思ったら、昼間屋上で襲ってきたクソ雑魚オールバックの田中じゃん。

 来るとは思ってたけど津島の後ろにいるってことはそこそこ上のポジションだったんだ。意外だわ。


「もちろんっす! あの野郎……ただぶっ殺しただけじゃ気が済まねえ…………」


 怒りからか息が荒い。

 拳と手のひらをバシバシさせて気合いを入れている。

 オールバックで下っ端のくせに生意気なこと言いやがって。次襲ってきたら丸刈りにしてやろっかな…………。


「そうだよなぁ田中ぁ。やられっぱなしってのは全身が爆発しちまうくらい我慢ならないだろぉ…………」


 ずっとガムをクチャクチャさせながら喋る津島が田中に近づき強引に肩をガシッと組む。


「でもホントにやるんですか…………。流石に不味いんじゃ…………」


「ぁあ?」


 周囲を取り囲むチンピラたちの誰かがそう呟くと、いかにも不機嫌な表情と声色になり、その場にガムを吐き捨て──。


「おい誰だ今言ったヘタレはァ! 新木さん舐められてるのに今更ビビってる奴がいるのか? え゛ぇ゛!!??」


 怒りをぶつけるみたいに、じわじわと肩を組んでいる田中の首をそのまま締めていっている。


「────ァ────が──ッ────!」


 津島の腕を必死にタップし、顔を真っ赤にしてもがき苦しんでいる田中。

 段々抵抗している力が弱くなっていて優しい拍手のような力でしか腕を叩けていない。


 それでも津島はやめることなく、怒声を周辺に響かせる。

 奇襲のつもりなら中にいるであろう俺に丸聞こえだぞ。


「お前らァ!! もうここまで来たんだぁ、後戻りなんて出来ると思うなよォ!! 逃げた奴は全員ぶっ殺すッ!!! ──必ずだぁ…………!」


 言い終わると、腕の中でピクピクとしていて今にも死にそうな田中をそのまま雑に捨てた。


「おい高杉ぃ〜〜」


 ドアの前まで来て気安く話しかける。


「呼ばれたから全勢力集めて来てやったよぉ〜。お前強いらしいけどよぉ、さすがにこの数は捌ききれねぇよなぁ〜〜」


 中からも周りからも一切音がしない。

 夜特有の虫の音が鳴る。


「────チッ! 無視か。舐めやがって。──────おい予定通りドアぶっ壊せェ!!」


 俺の部屋のドアに近い位置にいた二人のチンピラが前に出て来て、ドアの前でスタンバイする。

 どうやらコイツらは人の住処を襲撃する段取りを組んでいたらしい。

 何とも野蛮で危険な連中なんだ。

 アパートの大家とか他の住民に謝れ。


「中に入ったら高杉捕まえろぉ。ただし殺すなよぉ。高杉九留須は、──俺がァ! ──この手でェ! ──なぶり殺しにするんだからなァ!!」


 一言一言に怒りと殺意が溢れ出る。

 初対面の奴にこんなに殺意増し増しにされてもどうすれば良いか対応に困るぞ。


「おらやれェ!!!!」


 怒声を合図にスタンバイしていたチンピラ二人がドアを蹴り壊すと、周囲を囲んでいたチンピラ達が部屋になだれ込んでいく。

 窓ガラスの割れる音が聞こえるから裏からも侵入されたのだろう。


 肝心の津島は玄関前でニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべながら仁王立ちして待っている。


 ──────と、その時。


「──────ッ、あ!? クッ、なんだァ!?」

 

 道や向かいの建物の間から複数の足音が聞こえると、ガシャガシャと音を立ててアパート中がパッ! と照らされた。

 津島たちの前に設置されたのは大型のライト。

 たった今設置されたライトに四方八方から照らされ、激しい光を浴びせられている津島たちは、目の前を腕で覆って立ち尽くしている。

 追い討ちをするように道を塞いでいる複数のパトカーがサイレンを鳴らし、ライトをつける。

 詳しい段取りは知らされていないが、サイレンとライトを消して津島が来るまで何処かで待機し、来た段階で逃走経路となる道を塞いでいた。

 部屋に複数なだれ込んだ今でも津島含め十数人くらい外にいるが、その倍以上の警察官がアパート全体を包囲した。


 覆面パトカーから、紺色のスーツを着た佐原(さはら)という刑事が姿を現す。

 その刑事の車から俺も降りて、警察の皆さんの邪魔にならない位置で見守る。

 佐原刑事は津島たちから少し離れた所に立ち、拡声器を使って────。


「はい、全員動くな。見て分かるように、我々は警察だ。抵抗すると余罪が増えるからおすすめしない。持っている物があればその場に捨てて、速やかに投降しなさい」


 気怠そうに津島たちに忠告する。

 突然の明かりに目が眩んでいる隙に、津島含めた外にいた連中は警察官に取り押さえられていた。


「周囲の捜査員は中にいる連中含め、アパート周辺を取り囲んでいた者も残らず確保してください。こういう輩は一人でも逃すと後々厄介ですから、逃がさないように」


 拡声器で指示する佐原刑事。

 ここからだと裏の様子までは見られないが、多くのチンピラがパトカーや護送車に乗せられていっている。

 捕まったチンピラの中には当然、北泉原第三の制服を着た奴もいる。

 もしかしたら新木なんて倒さなくても、あの学校は終わりかもしれないな。


「────ッ!」


 パトカーなどの車両が停められている場所に、俺が北泉原第三の制服を着ていたからか、警察官二人がかりで連行されている津島が俺を見てさらに暴れ出した。


「高杉ィィ!!! テメェ俺を嵌めやがったなァ!!!!」


 動物園の檻を内側から叩いて威嚇しているゴリラを思い出す。もっとも、ゴリラよりも知性に欠ける気がするが。


「嵌める?? はて、なんの事だか。つーか初対面なのによく分かったね。────本能ってやつ?」


「バカにしやがってッ……!! ぶっ殺してやるッ!!!!」


 殴りかかろうと迫るが手錠をかけられているからそれが出来ない。

 俺に迫ろうとするが暴れる津島をやっとのことで押さえつける警察官二人。

 早くパトカーに乗せたいのだろうけど、あまりに暴れるから連れて行けないみたいだ。


「お前がリーダーの津島和樹だな」


 一通りの指揮を終えた佐原刑事が拡声器片手にトコトコと歩いて来た。


「一応形式的に言わせてもらうが、彼の家にこの脅迫文を送りつけた件やドアの破壊に住居侵入────他にもポケットに入ってたナイフとか…………色々ありそうだが取り敢えず。────20時5分。脅迫罪・器物損壊罪・住居侵入罪の現行犯で逮捕する」


「ふざけんなよクソ警察がァ!! 脅迫文!? なんのことだゴラァ!!!」


 そう言うと佐原刑事はまるで分かっていたみたいに、俺が提出した脅迫文を内ポケットから出して広げて津島に見せる。


 『高杉九留須 お前を殺す 必ず殺す 絶対に殺す 今日の夜お前のアパートに手下全員連れて殺してやるからな!! 津島和樹より』

 

「たかすぎぃぃ!!!!!!!」


 ドスの効いた声で俺の名前を叫ぶ。

 近所迷惑になるからすぐにやめてほしい。

 ────ってかはよ行け。


 これ以上話せる状況じゃないと判断したのか、手が空いている警察官を呼んで強引にパトカーに乗せようとする。


「覚えてろよ高杉ィ!! このままで済むと思うなよッ!! 必ずぶっ」


 言葉の途中でドアを閉められ、そのパトカーは警察署に向けて走り出した。



────



 津島逮捕数時間前。

 昼休み、屋上。


「一発殴らせてください!!」


 青空をバックにとびきりの笑顔で阿部センパイに提案する。


「なッ…………は!?」


 ついに正座を崩した阿部センパイは、後ろに手をついた体勢で驚いた。

 何言ってんだコイツ、と言わんばかりの顔をする。


「あ、若干ボコるだけなんで蹴りでもいいですよ?」


「そういうことじゃねえよ! なんで思いつきで俺がボコられなきゃいけないんだ!? 理由を説明しろ!」


 突然言ってしまったせいでだいぶパニックになってしまっている阿部センパイ。

 俺も閃いたとはいえテンションが上がり過ぎているから少し落ち着いて、深呼吸でもしよう。


「──────。──今日中に津島と下っ端────できれば全員を逮捕してもらいます」


「逮捕!?」


 あまりにも斜め上の発想に驚く中一。


「そのために色々やらなきゃいけないことがあるんですけど…………取り敢えずセンパイには、そこに転がしてあるオールバックと一緒に津島の所に行って、俺の住んでるアパートを襲わせるように仕向けてもらいたいんです」


 後ろに転がしてあるうちの一人、オールバックの田中を顎で指して言う。


「──────つまりお前は、俺に津島さん裏切れっていうのか」


 はい、と即答する。


「今回のだって乗り気じゃなかったんでしょ? それにセンパイがやらなかったら別のやり方で実行します。どのみち泥舟ですよ。自分にリスクの低い方を選びましょうよ」


 裏切ることにちょっとばかりの抵抗をする阿部センパイに脅しでも何でもない事実を伝える。

 阿部センパイがやらない場合は別のチンピラを使って今言ったことをやるように仕向ける。

 その時は間違いなくこの阿部センパイも俺のアパート襲撃に参加させられるだろう。

 そうなればどうあれ警察のお世話になるのは間違いない。


「でもそれでなんで先輩がボコられなきゃならないんだよ」


「無傷でオールバック担いで報告してみろ。裏切り者だって即刻バレて吊るされるぞ」


 そうなれば計画自体が潰れるし津島を警戒させることにもなる。

 津島をおびき出すという部分は一度のミスも許されない。


「いやぁ〜〜。考えてみればおかしな話なんだよね。な〜んで善良な一般高校生である俺がチンピラに日々襲われ続けなきゃいけないわけ? おかしいじゃん」


「お前今自分のこと善良な一般高校生とか言った?」


「こんなのとっとと通報するべきだったんだ!」


「通報って……。まず学校を頼るとか────」


「ないね」


 頭で考えるよりも先に言葉に出た。


「教員連中が対応できるレベルを遥かに超えているし、何より連中は被害者の意見なんて聞く耳を持たない。都合のいい方を真実と捉えて罰するゴミ共だ」


 今自分がどんな顔をしていて、どんな目をしているのか分からない。

 だが憎悪や嫌悪の感情で淡々と喋っているのは理解できている。

 いつも何かと言ってくる中一も今回は黙っていた。


「────ともかく、奴等は害虫だ。こっちから出向いて全員ボコるのも面倒だし、何より連中のアジトなんて俺は知らない。だからおびき寄せて一網打尽にしてやりたいんですけど────センパイは決心できました?」


 会ったことないから偏見になるが、津島なんてそもそもトップの器ではないと思う。

 そんな奴にでも一度下についたからには裏切るというのがどうも肌に合わないのだろう。


「まあ、裏切り者だってバレたら何されるか分かりませんしね。嫌なら嫌でいいです。ただしここでの会話は絶対に漏らさないで────」


「やろう」


 ずっと沈黙して考えていた阿部センパイが、俺の言葉を遮って一言だけ口に出した。

 静かな決意を感じる。

 どうやら覚悟が決まったみたいだ。


「後戻りはさせませんよ」


 そう告げると阿部センパイは静かに頷く。


「よし! ひとまず津島の方はこれでオッケーオッケー。──で、次は────」


「なあ」


 阿部センパイが声をかける。


「もし俺が裏切ったらどうすんだよ」


 さっきのキリッとした表情ではない、ちゃんと真剣な眼をして言ってきた。


「裏切る?」


「俺が津島さんにこのことを全部チクったらどうする」


 立ち上がって目線を合わせてくる。

 これは真面目に答えないといけない話なのだろう。


「そうですね…………。そうなったら、俺は必ずアンタを殺しにいきます。例え全身の骨を砕かれようともね。必ず道連れにしますよ」


 そもそも、もし阿部センパイがチクったとしてもアパート襲撃時に俺が部屋にいることはないし、失敗したなら当分戻るつもりはない。

 だから登下校中などに不特定多数に襲われるとかしない限り、今言ったようなことにはならないと思うけど、それでもその時は必ず道連れにする。

 本気が伝わったのか、これ以上阿部センパイは「そうか」と一言言って引き下がった。


「…………じゃ、話を戻して。中一、お前放課後手伝えよ」


「は!? ────いや、それよりオレ今日めっちゃ重要な用事が…………」


「言っとくけど、これ失敗したら俺の次に狙われるのはお前だからな。その時俺が生きてたとしても絶対にお前を助けない」


「………………せめてあの日だけでも屋上に行かなければよかった」


 膝から崩れ落ち、肩の力が抜けてフェンスにガチャンともたれ掛かる中一。


 よし、一通り伝えることは伝えたはずだ。


「じゃあ取り敢えずセンパイは放課後、もう一度ここに来て待っててください」


「俺は殴られに戻ってくるのか…………」


「そもそもね。俺を殺す為に来たんだから一発二発殴られたって文句言える立場じゃないですからね」


「……そうだな。お前の言う通りだ」


 観念した阿部センパイは今度は正座ではなく、足を崩して楽な姿勢で座った。


「なあ。あの二人放課後までどうすんだよ」


 中一が転がしてある奴らを見て言う。


「うーん…………取り敢えず次の授業始まる前にガムテープ持ってきて、目と口塞いで放置しておくか。どーせ屋上なんて誰も来ないでしょ」


 放課後になれば身動きが取れないとはいえ意識ははっきりしているだろう。

 その時に阿部センパイが一緒に行動していたら不自然だ。下手をしたらそれでバレかねない。


「────という事で放課後まで解散! 各自自由にしてください。俺はまだ食べてないおにぎりを──────」


 チャイムが響く。

 昼食を食べる間もなく昼休みが終わってしまった。



────



 放課後。

 2階PC室前。

 この部屋には1クラスの人数分くらいのパソコンが常設してあるが、無断使用を避けるため、廊下に面してる窓やドアは常に施錠されている。

 鍵は職員室にあり、理由があれば生徒も借りることも出来るが、今回やることは他人には知られたくないのと俺や中一が借りたとなると後々面倒だから、無断で入ることにする。

 五時間目の授業でここを使った時に、窓の鍵を一つさりげなく開けておいた。

 これまでこの部屋が無断使用された例がないからか、施錠はするけど管理自体はそこまで厳しくない。


 鍵を開けた窓の前で中一を待つ。

 屋上でちゃんと脅したんだ。

 さすがに逃げないだろう。

 ────と思っていると、トボトボと憂鬱そうに歩いてきた。


「さすがに逃げなかったか」


「オレはお前が何をしてようが何も知らない」


 日曜日の夜の憂鬱みたいなテンションで喋る中一。


「別にいいけど、見張り中に誰かにバラしたり口を滑らせたりしたら────どうなるか分かってるよな?」


 正直、津島なんて面倒な連中相手にした時点で名前関係なしで敵対していただろうけど、中一が口を滑らせたのも事実だからちゃんと釘を刺しておく。


「なあ。この見張り必要か?」


「必要だろ。作業中にドアの鍵開けられて入られたら詰むぞ」


 部屋の電気はつけないでそのまま作業する。

 だからもし誰かが部屋に入ってきたとしたら例え隠れられたとしてもPCの明かりでバレる。

 しかも今は放課後というのもあって色んな部活が廊下を通るから、音で気づくことも難しい。


「誰か来たら取り敢えず足止め。中にいる俺に伝えず、でも分かるようにしろよな」


「…………はぁ……。波風の立たない高校生活を望んでいたんだけどな…………」


「諦めろ」


 廊下に人がいない今このタイミングで、窓を開けながら淡々と言うと。


「────あ゛ぁ゛もう! 早くやれよ!!」


 キレ散らかした。

 言われた通りに窓から素早く部屋に入って、窓を静かに閉めた。

 あとは素早く作業すればいいだけだ。


 廊下に面してる窓はいわゆるガラスが無い開閉目的の窓。

 仮に窓のすぐそばにあるPCを使っても光が外に漏れることはない。

 そのPCを使ってもいいのだけど、念のため部屋の中心くらいにある授業の時に使っているPCを使うことにした。

 これで指紋関係の言い訳は出来る。

 こういう所を抜かると後々面倒なことになりかねないからな。


 ぶっちゃけ屋上の時くらい結構テンションが上がっている。

 やっていることは小規模なこととはいえ絶妙なスリル感で鼓動がいつもより早い。


 PCを起動させ、数秒待つとパスワードの入力画面になった。


「えぇ……っと、パスワードは…………」


 この学校のパソコンは学年別に与えられた文字列と出席番号を組み合わせたものを入力するとログイン出来る。

 誰がログインしたかもそれで分かる。

 あらかじめ阿部センパイから三年の文字列と津島の出席番号を聞いておいたから難なく入ることが出来た。


 後は文書作成ソフトを開いて──────。


「…………ハァ……マジテンション下がるわ…………」


 だがここで難点が一つ。

 そう。────俺はタイピングが苦手だ。

 どれだけ頑張っても左右両方とも人差し指と中指しか使えない。

 タイピング速度は絶望的だ。

 これから作る脅迫文も長い文章は打てないだろう。


「ええ〜っと…………何書こうかな…………」


 内容に必要なこととしては、"脅迫文の送り主が津島である""今日俺の部屋を襲うという予告""大勢で襲う""殺意がある"とかそんなものか。

 俺の中の津島のイメージってトップの器じゃないってのもそうなんだけど、人望あんまない勘違いバカってイメージもあるんだよな〜。

 だってそうだろ? 阿部センパイが言うには津島の下っ端の片方は津島なんてどうでもいい新木様大しゅき〜のバカ共。もう片方は居場所が無くて〜とか言ってたけど、それってやむなしに津島の下っ端になった有象無象だろ?

 しかも今のところ俺を襲ってきてるのは新木様ファンのゴミ共の方が確率高いし。

 つまりそれって津島自身に魅力もなければカリスマ性もない、リーダー気取りのイタい奴ってことだろ?

 じゃあただのバカじゃん。


「小学生並みの文章でも良さそうだな」


 カチッ、カチッ、と打っていく。


「ええ……っとぉ…………。た・か・す・ぎ・く・る・す…………ガキってすぐ殺すとか言うよな……。────じゃあ〜〜……お前を殺すー必ず殺すー絶対に殺すーー。こ・ろ・し・て…………いや、さすがにしつこいな…………最後のは消して──────」


「中────」


 慎重かつ丁寧に、集中してやっていたのもあって、突然の廊下からの声にビクッ!! と身震いしてしまった。


 廊下にいる中一に話しかける声が聞こえた。

 焦りつつ打ち込みミスをやらないように、でも急いで文章を入力する。

 屋上で口を滑らせたことといい、中一のそういう信頼は全く無い。

 早く終わらせて物陰に隠れることに専念した方が良さそうだ。


「お前こんな所で何してるんだ?」


 この声は現代文の前園(まえぞの)だな。

 確か中一のクラスの担任。

 隙あれば化粧品やメイクの話を始め授業を停滞させることで有名な女教師。

 メイクとか全く興味のない俺からしたら睡眠時間を提供してくれる優秀な教員。

 ノート提出も無いから学年が変わる時現代文がこの人になったら当たり枠だと思ってる。


 …………仮にもし、……もし部屋に俺、または他の誰かがいるとバレたとしても、前園は一度職員室に鍵を取りに戻らなくてはならない。

 その間になら一通り済ませて脱出することもできるだろ。


「前園先生……! いやッ! あーーええっと…………ちょっと待ち合わせで…………」


 よし! 高校生が書いた文としてはカス以下のものだけど書き終わった!

 あとは印刷するだけ。


「前園先生は……何をしてんのう?」


「なんだ? その変な言い方は。 ────私はこの部屋にちょっと用があってね。電子機器を使い慣れてないあのハ──── 御田斬先生が職員室の印刷機を使ってて、時間が掛かりそうだからこの部屋のを使おうと思って」


 は……?

 って事は何か? 

 もう鍵は持っている…………と?

 やばいぞ! こっちはやっと印刷準備に取り掛かったってのに…………! 何やってくれてんだ御田斬あの野郎!!


 中一頼む! あと一分は時間稼いでくれ!

 じゃないと隠れられない!


「────中。退いてくれないと部屋に入れないのだけど」


「へ! ────あっ、そうですよね! す、すいません。へへへッ!」


 あの野郎マジふざけんじゃねえぞ中一!!


 鍵を開けるガチャガチャした音が聞こえる。

 マズイ! 印刷した紙は持ってこれたがまだPCが起動している!!

 シャットダウンする時間もない!

 くそッ────! こうなったら!!




 ガラガラ、とドアが開くと、事情を知らない前園先生が電気を付けて入ってきた。

 教卓の所にノートパソコンを置き、操作している。


「────ん?」


 教卓から一つのPCに目がいく。

 そのPCにはブレザーがまるで画面を覆っているように掛けられている。


「誰かの忘れ物かしら? ………….ったく────」


 そのブレザーを取って画面を見てみるが特に変わったこともない。

 必要な分印刷をした後そのブレザーを持って部屋を出て行った。




「あぁ!」


 前園が出てきたのを見計らって、まるで今向こうからやって来たみたいに駆け寄っていく。


「すみません。多分それ俺のブレザーです」


「高杉のだったか。なんであんな所にかけておいたんだ?」


「いや、授業終わったタイミングでなんか暑くなっちゃって…………」


「もう置いてくなよ」


 注意されるのをへらへら笑いながら誤魔化し、ブレザーを受け取ると、前園はそのまま職員室へと戻って行った。


「…………何、今の」


 断片的にしか状況を知らない中一が左頬を押さえて困った顔をして言ってくる。




 なんとか前園が部屋に入る直前。

 シャットダウンは出来たが、まだ画面は明るかった。

 バレるのを恐れた俺は咄嗟にブレザーで画面を覆い隠す。

 だがここで想定外の事が起きた。

 前園が電気を付けたのだ。

 …………いや、別にそれ自体当たり前のことなんだけど…………。

 それによってPCにブレザーが覆い被さっているという不自然な状態が出来上がった。

 そうなれば間違いなくブレザーは前園に見つかり、部屋から持ち出されるだろう。

 ひとまず前園が印刷中に音を立てず窓を開けてこっそりと脱出。


 部屋からの脱出を見事成功させた先にいたのは、見事見張りに失敗した中一。

 コイツ、出て来た時に声を出しそうになったから慌てて年末のテレビ番組でお馴染みだったビンタで黙らせて、物陰に隠れる。

 そして前園が出て来たところに現れてブレザーを回収したというわけだ。




「なんかむしゃくしゃしたからやった」


「刑事ドラマの犯人の雑な動機みたいのやめろよな! いきなり殴りやがって!」


「平手でスパンッ! はビンタだろ」


「黙れ暴行犯!!」


「なんでもいいから屋上行くぞ〜〜」


 中一の必死の文句を軽く流して、阿部センパイが待っている屋上に向かった。



────



 屋上に向かう階段を登ると、ドアの前で阿部センパイが待っていた。

 屋上に転がしてある二人に目隠しこそしたが、耳栓はしていない。

 会話を聞かれるわけにはいかないから阿部センパイがここに居るのは正解だと気づく。


 屋上で閃いた時、思い返せばあの時はマジでテンションが上がっていて、なんだったら自作の脅迫文を作っていた時もテンション上がっていたけど、前園の襲来と同時にその異常に高かったテンションは一瞬で消え去った。

 改めて考えてみると、俺が今やっている事、そしてやろうとしている事は、結構爪が甘いのかも…………とちょっと自信がなくなってきている。

 ────でもここまで来て引き下がるわけにもいかない。


「では改めて、阿部センパイにはオールバックの方を連れて津島の所に言ってください」


 昼休みからだいぶ時間が経っているし、屋上で二人とも目覚めている可能性が高い。

 声を小さくして話す。


「なあ、思ったんだが、津島さんにお前から果たし状みたいなのは送らないのか? あった方があの人、逆上すると思うが────」


「それやっちゃったらこっちが呼び出したって証拠が残っちゃうじゃないですか。証拠残さないための口頭での呼び出しです。もし何かあったら阿部センパイは『知りません』で通してくださいね」


 中一にはドン引かれ、阿部センパイにはなんとも言えない顔で見られる。

 少しくらいは傷つくぞ、こっちも。


「あ、そうだ────」


 思い出して内ポケットにしまってある自作の脅迫文を阿部センパイに見せた。


「流石に幼稚すぎますかね?」


 脅迫文を見た阿部センパイは驚いた表情で。


「いや、完璧だ。津島さんならこの程度のクオリティで堂々と相手に叩きつける。会ったこともないはずなのによくこんなレベルの低い脅迫文書けたな」


 めちゃくちゃ感心してきた。

 書いたことと文章はゴミだけどなんだかちょっと嬉しい。

 それと同時にどうやら俺の予想通り、津島はバカだということがほぼ確定した。


「それじゃあ俺はもう一回そこに転がってる二人締めてくるんで、呼んだらさっき言ったように」


「そういえば野島の方はどうするんだ?」


「そいつには用があるので連れて来ます。────中一。お前、運んで!」


 この期に及んでまだこっそりと階段を降りて帰ろうとしている中一の肩をガシッと掴んで優しい笑顔でお願いする。


「はあ!? なんでだよ! お前が運べばいいじゃん! 運んでる最中に起きて暴れたらどうしろって言うんだよ!!」


「その時はお前にやったビンタの十倍くらいの力で殴って安眠状態にするから安心しろ。それに朝肩殴られてから若干痛いんだよ」


 あれから徐々に痛みは引いてきたとはいえ、一人分担いで行くとなるとまたぶり返してきそうで嫌だ。

 それに中一には俺以外の証言役として一応必要だ。


「────なあ、本当に行くの?」


 視線が階段に向いていて、今にも帰りたいというオーラを全身から出している中一。

 小さい子が病院に行く前の駄々のこねかたに似ている。


「行くぞ。なんせ俺らは被害者だからな」


 ため息をつきながらぐったりと階段にに座った。

 もうここまで来たんだから最後まで付き合ってもらうぞ。




 屋上のドアを開け、ドアの空いた音に反応したゴミ二つを素早く仕留める。

 阿部センパイと中一を呼び、全ての拘束を解いて各々の目的地へと向かう。

 俺と中一が向かうのは警察署。

 ここで警察の協力を得られなければ今やってきた全てに意味がない。


「よし。それじゃあ行きますか」


 俺と中一は野島を連れて警察署へと向かっ───あ。


「そうだセンパイ!」


 オールバックの田中を肩を貸すように運んで出て行こうとする阿部センパイを呼び止める。

 そうだった。これをやらないと阿部センパイが粛清されてしまう!


 呼ばれて振り向いた阿部センパイは、しゅっしゅっ、と拳を素振りしている俺を見て思い出したみたいで、田中を下ろして覚悟を決める。


「ほら、────やれ」


「ま、これも殺人未遂に加担したこととセンパイの身の安全を願ってってことで────」


 歯を食いしばった阿部センパイ。

 マジな顔で殴ると怖いかもしれないから、昼休みの時のテンションで────つまり笑顔で容赦なく左拳で殴り飛ばした。

 阿部センパイに俺がどう映ったのかは想像しないでおこう。

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