3話 楽しいお昼休み
オールバックのセンパイ、名前は田中というらしい。それと鉄バット猪こと野島。
胸ポケットに入っていた生徒手帳を確認して分かった。
この二人は屋上前の階段に隠れていた中一にも手伝わせて拘束した。
それぞれのネクタイを使って手を縛りあげた後、両足の靴紐を解いて互いを複雑に縛り直した。
これで簡単には手足を動かせないはずだ。
二人ともまだ気を失ったままだし、適当にそこら辺に転がしておこう。
────
ついさっきまでガタガタ震えていたセンパイは俺らの前で正座している。断じてさせているわけではない。自らしているんだ。
震えの方は後ろの二人を縛っている間に治まったらしく、今は止まっている。
「あれ、センパイご飯食べないんすか?」
中一は持って来ていた弁当と水筒を。
俺は購買で買った『すじこのおにぎり』と『ツナマヨのおにぎり』、それと自販機で買った麦茶を置いて食べる準備をしている。
「いや。ここにそういう目的で来たわけじゃない……ので。持って来てない──っていうか…………」
好きな子の前でもじもじしてる男子みたいに歯切れ悪く言う。
どういう風に喋ればいいのか迷っている────というより分からないみたいだ。
「なんかセンパイ固くない? 俺ら後輩なんだからタメ語でも良いっすよ。なあ中一?」
「ノーコメント」
あまり関わりたくないのかあっさりとした一言を返してご飯を食べ始める。
なんだか空気が絶妙に重い。
仕方ないか。
ここはついさっきまで俺が殺されかけた殺人未遂現場。そして加害者が被害者の前で正座しているという状況でもある。
これでにこやかに食事している方がイカれているとも言えるだろう。
────なお、隣に一人傍観者がいるがそれは考えないものとする。
「────ん? オレの顔に何か付いてる?」
「目が二つと口が一つ」
「鼻足りなくない?」
「知らね」
だから場が重くても仕方ないし、和ませるというのもなんか違う気がする。とはいえ、それでせっかく買ったおにぎりが雰囲気で不味くなるのはもったいないから、俺はいつも通りのスタンスでいくことにする。
「じゃあまずセンパイ、身分を証明できるもの出してください」
「え」
突然話を振ったからか、授業中よそ見してたら突然当てられたみたいな反応をするセンパイ。
「え、じゃないよ。襲って来た奴の身分押さえるのなんて当たり前でしょ? あ、ちなみに後ろの二人はもう特定済みだから、あとはセンパイだけっすね」
キョロキョロと困ったように俺の隣で弁当を食べてる中一の方を見るが、当の本人は一切目を合わせようとしない。
諦めたセンパイはおとなしく生徒手帳を内ポケットから出して、丁寧に渡してきた。
「えぇ〜っと。阿部修、三年二組…………。なんか、ザ・チンピラみたいな柄シャツ着てる割にインテリっぽい名前っすね」
初対面の時はドアで隠れていたから見えなかったし興味もなかったからどうでも良かったけど、こうして改めて見るとブレザーの下にワイシャツじゃなくて赤い柄シャツを着ている。
ネクタイしてないならこの人が襲ってきていた場合何で手を縛っていただろう? ベルトとかかな?
ってかこの学校、ワイシャツ以外ありなのか?
「別にいいだろ! 自分で名前決めたわけじゃないんだから…………」
何処か恥ずかしげに言ってブレザーを引っ張って柄シャツを隠す阿部センパイ。
こういう所を見るとこの人自身は人を殺そうと本気で思える後ろの二人とは違うのかもしれない。
「そういえばなんでさっき襲って来なかったんすか?」
野島が暴れ回っていたとはいえ、何処かのタイミングで参戦できたはずだ。
それこそ背後から殴られたら避けられたか分からない。
────そういえば、オールバックの奴……田中だっけ。
アイツは司令塔ポジだと思うから何も持ってなくても不思議じゃないけど、阿部センパイはそもそも武器を持ってなかったな。
なんかニヤニヤとキモい笑顔見せてきただけ。
それはなんでだろ?
「…………俺そもそも襲う事自体あまり乗り気じゃなかったし……。それに血眼で殺そうとしてた二人を無傷で返り討ちにしただろ。そんな光景見たら…………なんか毒気が抜けた」
…………思ったよりもまともな回答だった。
取り敢えず、受け取った生徒手帳をスマホでパシャリと一枚撮影したあと阿部センパイに返した。
「俺らの何倍もチンピラやってるよ……きみ」
「抜かりないところが本当に怖い」
返された生徒手帳を内ポケットにしまいながら呟いた阿部センパイはともかく、急に中一が入ってきた。
「警察だって職質する時身分証の提示を求めてくるだろ? 俺がやってるのはそれと同じ。なんか文句ある?」
「同じじゃないだろ! むしろ逆だろ! お前の真逆みたいな人たちと一緒にすんなチンピラ」
「おお、いい度胸だ中一。お前明後日覚えてろよ」
「明確に日付を指定して意味ありげな事を言うな! 明後日か!? 明後日何があるって言うんだ!! 答えてください九留須さん!!」
俺の肩を掴んでめちゃくちゃに揺らしてくる中一。
中一に揺さぶられる程度で落ち着いてきた肩の痛みがぶり返すとかはないから無視して。
「さて、じゃあ本題に入りましょっか。────アンタらは何?」
少し緩まった空気をピリつかせる。
問い詰めるんだから少しくらいは緊張感を出しておいた方がいいだろう。
この空気を察したのか、中一は肩から手を離し隣で弁当の残りを食べ始めた。
「何────って、どういう意味だ」
「今回のきっかけはどう考えたってここで俺らがカツアゲしてたゴミ二人をボコった所からだよな?」
「そうだ」
「最初の奴は新木の名前を出してた。今日の朝の奴らは津島の名前を出してた。こういう時は大体トップの名前を出してイキがるはずだ。だから最初の奴らが新木の名前を出すのは分かる。でもその後からは津島の名前しか出てない。つまりトップが二人いるということになる。だから訊いてんだよ。お前らはなんだ? って」
そう問うと阿部センパイは少し考えて。
「────まず、お前の質問に答えるのならイエスでありノーだ」
と、キリッとした顔で答える。
せっかく良い雰囲気で尋問始めたのに、表情も相まってなんかインテリ感出してきてる気がして鼻につく。
「なに急にインテリみたいな返ししてんだ。このセンパイ」
思ったことが口から出てしまった。
しかもじっと見てみるとちょっと面白い。
「さっきお前がインテリっぽい名前って言ったの割と嬉しかったんじゃないの?」
これ系の話にはずっと口を出さなかった中一がニヤニヤしながら阿部センパイの方をチラチラ見て白米を頬張る。
「人が真剣に答えてやってんのにおちょくってんじゃねぇぞコラ!! つーかお前、さっきシカトキメてたくせに何ちゃっかり参加してんだ腹立たしい!!」
顔を真っ赤にさせた阿部センパイが片膝立てて中一を睨んで指を指すと、一瞬で怯んで視線を別の方に向けた。
阿部センパイは「ったく、先輩を舐めやがって…………」と小言を言い、ゴホンと咳払いを一つして強引に元の空気に戻した。
「────この学校で津島さんの下についてる奴には二種類いる。居場所がなくて津島さんの下についた奴と津島さんの下につけば新木さんの恩恵を受けられると思ってる勘違い野郎。お前らがボコしたのは後者だ」
「は? え、じゃあ何。俺らは新木を敵に回してたわけじゃないの?」
「いや、そうでもない。あの人は自分の下っ端を新木さんの下っ端でもあると思ってる節がある。間違っちゃいないが、俺たちはあくまで"津島さんの"下についてるんだ。あの人の命令で動く。それはさっき言った二種類の後者の連中も例外じゃない。────いいか。お前らがボコった奴らは津島さんに報告に行った。津島さんは新木さんの顔に泥を塗られたと感じた。だから下っ端全員に、高杉九留須を潰せと命じたんだ」
「はあ!? なんだよそれ…………!」
しかもあいつら、あの後新木じゃないとはいえ津島にチクりに行ったのかよ。
────ってか泥を塗られたって、塗ったの俺じゃなくてあいつらの方じゃね? なんで俺がやったみたいになってるわけ!?
「完全に言いがかりじゃんか! ふざけんなよマジで!!」
「どのみち喧嘩売ったんだから大して変わらないだろ。────あと度々お前"ら"って言うのやめて」
隣で呑気に水筒からお茶を出して飲んでる奴を凝視する。
なんでコイツは絶妙に他人事みたいな顔してツッコめるの?
まさかこの期に及んで自分は関係ないなんてガチで思ってるんじゃないだろうな!?
「でも新木なんてデカいやつに喧嘩売ったわけじゃないなら、お前が津島倒せば終わりじゃ──────」
「それは違うぞ中一」
呑気にお茶を飲み終わって楽観的なことを言ってる中一。
どうやら状況が理解できてないらしい。
「今の話は津島の"下っ端"が何処に属しているかって話だ。津島は新木四天王なんて名乗ってる。つまり新木の直属の手下はその四天王のはず。だとすれば、その内の一人である津島を潰せば────」
「今度はガチで新木に喧嘩売ったってことになる…………」
中一も言ってる途中から気づいたみたいで、徐々に顔が青くなっていき声が小さくなっていった。
「────そうかあの女神。どのみち新木とぶつかるとかなんとか言ってたけどこういうことか! 俺がここであのゴミ二人やった時点で現状維持か津島潰して新木に喧嘩売るの二択しかない。──マジかよふざけんなよ…………。あ゛ぁ゛────クソ! マジめんどいじゃん!! クソッ!!」
フェンス下の段差を思い切り蹴りつける。
正直あのポンコツ女神がそこまで見越していたとは思えないが、そんなことはどうでもいい。あの煽り顔を思い出したら腹が立ってきた…………!
「なあ……やっぱり津島潰すのやめない?」
「やめない! 毎日襲撃されたんじゃこっちの身が持たん! 疲れるしめんどい!! ────で!? 何人いんだよ! 津島の下っ端ってのは!」
この場で一人だけ座っている阿部センパイに八つ当たりみたいに訊く。
いや、この人も津島の下っ端なんだから少なくとも無関係じゃないし、つーかこの人らに殺されかけたんだから別に当たったっていいよな!?
「この学校の三年──まあ当然全員ではないとはいえ数はいる。それに他学年やこの辺りのチンピラ。下手をすれば裏の世界とも繋がってると聞いたことがある。多過ぎて人数なんて把握できない。津島さんも知らないんじゃないか?」
これなら百人いるとか言ってくれた方がまだ気が楽になれたぞ。
長年置いてあるデカい石をめくったら信じられないくらい色んな虫がウヨウヨいた事があって気持ち悪いし気が滅入ったことがあったが、その時と似たような気分だ。
深いため息と共に膝の力が抜けてその場にしゃがみ込む。
「もぉ〜〜なんなんだよふざけやがって…………。他人に迷惑しか掛けてないゴミカスの分際で群れてんじゃねーよホントにさぁ…………。マジ警察とか何やってるわけ? とっとと取り締まってよぉ…………。んな奴らさぁ〜〜」
「証拠とかそういうのがないと動かないんじゃないの? 知らんけど」
落ち込んでいる俺に向けて掛けられた中一の最後の一言の適当さにどつき回したいくらいにイライラす……る。
「────ん?」
顔を上げて少し考えた後、立っている中一に目を向ける。
「────え、何どうした」
「ふふハハッ……! ふはははははははッッ!! ────そうだ! そうじゃん!! そうじゃんか!! あーーなんで俺こんな簡単なことに気づかなかったんだろ!」
思わず爽快に大笑いしてしまった。
立ち上がって顔を手で押さえて高らかに笑う。その時にズキッと肩が痛くなったけどそんなのこの際どうでもいい!
これなら今日中に津島とかいう面倒なゴミカス共をまるっと始末できる!
「え、何怖っ」
「うるさい中一! 今俺は当たり前の事に気づいて上機嫌なんだ!」
「当たり前のこと? 何それ」
ちょっと興味を持ったのか前向きに訊いてくる中一。
「これが上手くいけば津島も下っ端もまるっと消せるぞ」
「!? おいマジかよ!? どうやるんだそれ!」
「まあまあ慌てるなって。────取り敢えず阿部センパイ」
正座してこれまでの一部始終を静観していた阿部センパイにこれ以上ないほど気分良く────。
「一発殴らせてください!!」
青空をバックにとびきりの笑顔で提案した。




