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幕間1 購買部存続の危機

 四月。

 北泉原第三区(きたいずみはらだいさんく)高等学校。俺が通っている学校のフルネーム。

 通称、北泉原第三。人によっては北泉原のみ。

 中学の時に初めて聞いた時は、長い学校名だな〜、と思った。

 その次に思ったのは、何故第三区? という疑問。

 少なくともこの学校がある地域、その周辺も含めて第三区という地区名は使われていない。

 つまり第三区というのも学校名ということだ。

 この系列学校は北泉原という名前が使われているから他と差別化するための第三区なのだろうか?

 まあそんなことは一旦置いておいて────。




 北泉原第三の玄関前、下駄箱を通り過ぎて真っ直ぐ進んだところに購買部がある。

 食品から文房具まで割となんでも揃っていて、木曜になると一つの弁当を求めて大乱闘が行われる意味不明な場所。

 俺はほぼ毎日ここを利用している。

 作ろうと思えば弁当とかおにぎりとか簡単なものは作れるけど、面倒くさくて作る気がないから入学した時からここの常連だ。


「うぃーすアカネさん」


 レジであくびをしながら座る女の販売員。花山茜(はなやま あかね)。

 他の学校がどうなのかは知らないが、北泉原の系列校では学校側が購買部を運営している。

 アカネさんはこの学校に勤めているということになるけど、教員ではない。

 品物の販売やその片付けなどあくまでこの場所で完結している。


 一人しかいない販売員のアカネさんはとてもやる気がなさそうにしているが、こっちは客として堂々とレジにおにぎりを二つ置く。


「今日もおにぎり? こんなのばっか毎日食べてると身体壊すよ」


 毎日通っているせいか、はたまたおかげか、もうしっかり顔を覚えられている。

 会計待ちのしゃけのおにぎりと昆布のおにぎりを見て販売員らしからぬことを言ってきた。


「それ売ってる側が言っていいセリフじゃないでしょ」


「優し〜いお姉さんが若者の健康を気遣っているのに……。他人の心配を真摯に受け取れない男に彼女出来ないぞ」


 肩よりも伸びている赤茶色の髪をふわぁさっとして若さ、もといお姉さんアピールをしているのか?

 この前カップル相手に結婚できないとか適齢期がどうのと愚痴を漏らしていた人とは思えないな。

 高身長でスタイルも良い。

 だが個人的にはバッチリ化粧をキメているせいで敢えて若々しさのようなものを消している気がする。

 化粧してない方が良さそうなのだけどこれは素人考えか?

 アカネさんはやってないけど、目の下を黒く塗ってる人とか見かけるけどあれの良さが全く分からない。目の下のクマと大差ないじゃないか。


「彼女か……。特に欲しいとも思いませんね。まあ強いて言うならおにぎりを半額とまでは言わなくても値下げしてくれると助かります」


 五百円くらいで買った茶色い皮の財布のチャックを開けて小銭を確認しながら言う。


「何さらっと図々しい事言ってんだか。────あれ、そういえば今日はもう一人いないんだね」


 大体中一と購買に来ているから不思議に思ったのか、周囲を見て言う。


「中一っすか? アイツなら風邪で休みみたいです」




 昨日は朝から大雨で、当然中一も傘をさして学校に来ていた。

 下校時になっても雨は止まなかった。

 傘立てに入れておいた傘を取ろうとするが自分の傘が見当たらない。

 他にも多くの傘はあったが、自分の傘──あるいは同じ青色をした傘が見つからない。

 中一は理解した。誰かに持って行かれた、パクられた、と。

 「────く……ッ……。なんで俺ばっかり…………!」とわざわざ雰囲気を作って俺のロッカーを叩いた時はしばいてやろうかとも思ったが、その直後何を思いついたのか覚悟を決めた目をして大雨の中を走って消えていった。

 結果、37.6という熱を出して欠席。

 中一の覚悟は風邪に負けたのだ。

 ちなみに今日見てみたら傘立てに中一のものらしき傘があった。

 持ち手の所には「間違えて持っていっちゃってすみませんでした!」という紙が貼られていたからどうやら本当に勘違いだったらしい。


 そういえばまだ教えてなかったな……。

 あとで写真撮って送っとこ。




「じゃあ暇でしょ」


 当たり前のように聞いてくる。

 でしょ、ってなんだ。

 暇なのはアンタだろ。


「暇に見えます?」


 昼休みが潰れるような嫌な雰囲気を感じ取った。

 早く逃げたい所だがおにぎりの会計を全くしようとしないから立ち去るに立ち去れない。


「見える。────よし、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど────」


「お断りします。ってか手伝うことなんてないでしょ。早く会計済ませてください」


「手伝ってくれたらこのおにぎり代はあたしが払ってやろう」


「……………………」


 おにぎり二つで大体三百円。

 これをほぼ毎日となると流石に財布の中身も寂しくなる。

 今回だけとはいえそれが浮くのは結構助かるが何をやらされるのか分からない以上安易に引き受けるのも良くない気がする。


「何をやるのか聞いてからにします」


「ん。じゃあやるって事でいいわねーー!」


「は!? いや聞いてからって──────!」


「いや実はね────」


 こっちの事情なんて関係なしに手伝うことが決定したみたいだ。

 もう次の話に進んでこっちに主導権を握らせないようにしている。

 ものによってはバイト代請求してやるからな!


「今日ここに北泉原の購買部のお偉いさんが視察に来るの。商品の売れ行きとか販売員の態度チェックとか」


「アンタよくそんな日にあくびしてられたな」


「気でも抜いておかないとやってられないのよーー。去年とか売れ残りが多い日にやられて給料減らされたんだから……」


 深いため息を吐く。

 この言い方だと抜き打ちじゃなくて事前に連絡があるらしい。

 尚更今日気を抜いちゃいけないだろ、と思いつつ周りを見てみる。

 食品系やお菓子類は若干残ってはいるものの品数は減っているが、文房具類が結構売れ残っている。

 値段を見てみるとどれも平均的な値段に思える。なら単純に需要の問題か。


「えぇーっと今が12時24分…………」


 小さくておしゃれな腕時計を見ながら。


「視察は12時40分頃の予定。だいたい五分から十分くらい表と裏を見て帰るって感じね」


「へぇ〜。それで? 俺に手伝ってほしいことって?」


「さっき言った五分から十分。その間────」


 と話を途切らせて。


「あぁ、そういえば名前聞いてなかったわね」


 と思い出したみたいに訊いてきた。

 こっちはたまに配られる購買部の配布プリントで名前を知っているが、こっちからは名乗ったことはない。


「北泉原一郎」


「それテストの例とかで使われるやつでしょ。バイトみたいなものなんだからちゃんと答えなさい」


「────チッ」


「こら。舌打ちしない」


「…………ハァ。……高杉九留須」


 自分の名前を他人に教えるのに抵抗があるのと、それを自分で言うのがなんか気恥ずかしくてあまり言いたくない。


「高杉くんね。────高杉くんにはその間、レジの前であたしの評判が上がるような良いことを言ったり物を買ったりしてちょうだい」


「つまりサクラをやれと」


「そうよ」


 一切のよどみなくすらっと返してきた。

 こんな販売員が現れるなら抜き打ち検査に変えた方がいいんじゃないのか?


「それバレたら俺もマズいんじゃないんすか?」


「向こうは高杉くんのことなんて知らないんだから大丈夫よ」


「そうだとしても俺がサクラやったって────まあ、販売員の評価はともかく、売れ行きは変わらな……い…………ん?」


 まさかこの人、おにぎり代払う代わりに他の物を大量に買えって言ってるのか…………?


「何か言いたそうな顔してるわね。質問なら受け付けるわよ」


 ケロッとした顔で返してきた。


「いえ、……何も。────ってか、その時間だけ騙せれば良いんでしょ? じゃあその時間だけ文房具とかの商品を隠しちゃえば良くないすか」


「それはダメね。売り上げはその日の放課後にデータとして送っちゃうから辻褄が合わなくなってバレるわ」


 うーーん、ダメか…………。

 まあ確かに、その視察というのが接客態度だけ見るのではなくバックヤードやデータなどを見るものだとしたらすぐにバレるか。


 改めて周囲を見てみる。

 ここのピークは昼休み開始から十分程度。

 その時は昼食を買いに来た生徒で賑わっているが、ピーク後に視察開始というのは結構きつい話だ。────いや、その時間を狙ってるのか……?

 ────ともかく、実際今も数人生徒がいるくらいで客観的に見たら繁盛しているとはいえない。


「はぁーー。この仕事体裁だけでやってたのになーんでこうなっちゃったかなーー」


 なんか急に愚痴りだした。


「体裁?」


「そうよー。体裁よ体裁。あたし本来なら不労所得でやってけるはずだったのよ。でも昼間から遊んでたら────ねぇ、そういう目でみられるじゃない」


「いや、いつの時代も人によって休みの日は違うから別になんとも思われないんじゃ──────」


「いいや、高杉くん。世間は固定観念の塊なのよ。自分と同じ日に休日じゃなかったらそれだけで吊し上げられるの」


 遠い目をしながら淡々と語る。

 過去に何か嫌なことでもあったのか?


「だから近場で楽そうな仕事探したわけ。そしたら給料は下がるわ割とやる事は多いわでもう大変よ」


 勝手に愚痴って自分で気分を下げていく。

 行ったことはないけど居酒屋で愚痴ってる人というのはこんな感じなのかな、と思った。

 この話を深掘りするとその話で昼休みが終わってしまう気がするので敢えて深掘りせずに話を戻そう。


「ちなみに。ここの評価が落ちるとどうなります?」


 接客だけならまだしも、売り上げや集客を見るものなら俺一人が口頭で評判を良く言ったところで解決することではない。


「私の給料が下がるわ」


 そんなこと俺にはどうでもいいんだよ。


「────他には?」


「そうね…………最悪この学校の購買部自体が無くなるわね」


「──今なんて」


「ここが廃止するかもって言ったのよ」


 ………………それはつまり、これから毎日昼食を作ってこなければいけないってことか?

 いや、登校中にコンビニに寄って────って言っても今コンビニ飯も結構高いんだよな…………。

 最悪昼食を一食抜くくらい全く問題ない、……けど──────。


「まあ流石にすぐ無くなることはないでしょうけどね。────ホント、どうしようかしらね。忙しいとはいえ近場で慣れてきたから結構好条件だったんだけどなーー」


 こっちがマジでどうしようか考え始めたタイミングで何セカンドライフ考えてんだ。

 無くなられたら困る人だっているんだよ! ヘビーユーザー舐めんじゃねーぞ!

 諦めんなよ! どうして諦めるんだそこで!!


「────でもクビになったらしばらく籠ってようかしら」


 なんかぶつぶつ言ってるのはスルーして考える。

 …………でもこれどうしようもなくないか?

 もういっそ大特価セールみたいなのをやらないと売り上げが伸びるとも思えないけど…………。


「………………ん? ────あ〜〜。それありかもな…………。────アカネさん。なんか余ってる紙あります?」


「紙? なんでもいいなら裏にあるけど────」


「じゃあ──────」


 今思いついた内容の詳細を話さずに、やってほしいことだけを耳打ちする。

 詳細を話すと却下される可能性があるからだ。


「え、何それ。ここの価格設定は独断で変えちゃいけないのよ」


「いやそこは大丈夫。アカネさんは終わったらすぐに戻って来てレジで待機してくれるだけでいいから」


「え……? まあ……仕方ないわね。もう視察の人来ちゃうし、やるだけやってみるか……!」



────



 放送が始まる時特有のノイズの後、アカネさんの声が校内中に流れる。


『────ええっと……。購買部の花山です。購買部では"本日限定で"文房具などの商品を割引しています。是非みなさん買いに来てくださいねーー』


 伝えた通りに言ってくれたのを裏で作業しながら聞いていた。


「よし……」


 ────あとはこれを文房具などの値札に貼ればいい。




 一分もしないうちにアカネさんが戻ってきた。

 レジに戻って少しも待つことなく、少しずつ生徒が購買部に集まり始める。

 時間は12時40分。

 そろそろそのお偉いさんが来る頃だ。

 このまま集まれば大盛況ということで集客面での問題はクリアできるだろう。


 文房具を中心にどんどん買われていく。

 何をしたかというと、本当に単純なことで『〇〇%オフでこの価格!!』という吹き出しを作って値札の上に貼った。ただそれだけ。

 でも実際は一円も割引していない。


 自分が買い手として考えてみたら、そういえば自分の買わない物の値段ってあまり見ないし覚えていないな、とふと思った。

 現段階で売れ残っているという事はそれだけその商品を買う人・見ている人が少ないということだろう。

 なら値段だって覚えていないはず。

 実際思っていたよりも多くの生徒が食いついた。

 40%オフ、ものによっては60%オフとか、結構なことを書いたけど誰も不審に思っていない様子。

 安くなったと思って勝手に買ってくれるならそれでいいじゃないか。

 吹き出しも商品に貼ってあるわけじゃないからお偉いさんが帰ってほとぼりが冷めて人が減った頃に剥がせばいい。


「────ん」


 下駄箱の前で、定価の文房具をここぞとばかり買ってホクホク顔で出ていく生徒たちを眺めていると、玄関から身なりを整えた男が入ってきた。

 手に何か持ってペンを取り出し評価している様子。

 間違いない。例のお偉いさんだ。手に持ってるのはチェックシートか?


「────あの店員のお姉さん、対応良かったな〜〜」


 購買部から持ってきたシャーペンを見て、聞こえるように呟きながらお偉いさんの前を通り過ぎて階段の方に歩いて去るフリをして、少し離れたところから様子を眺める。

 通行人の生徒という印象が残ればそれでいい、と思ってやってみたが思いの外上手くいったみたいで、持っているものにチェックシートらしきものに何かを書き出した。

 裏で用意した値下げの吹き出しに使った紙は持ち出して俺の内ポケットに入っている。

 あとは今貼られている吹き出しがバレさえしなければ完璧。


「…………生徒が多い。これでは品数までは見れないか」


 そう呟くとまた新たに何かを記入し、表を避けてバックヤードに向かって行った。

 よし! これで架空セールはバレずに済む。

 自分の目で見るための視察だろうに、なんの為にわざわざ観に来ているのだろう。


「ばーか」


 聞こえないくらいの声でくすくす笑いながら呟いた。



────



 時間にして二分くらい経つとバックヤードから出てきたお偉いさんはそのまま玄関から出て行った。

 その後、その場にいる生徒たちのレジを捌き終わると、購買部は元の静けさを取り戻していた。


「やっと終わった……こんなにレジ打ちしたのも久しぶりよぉ…………」


「まだ終わってませんよ。ほら、これ剥がすの手伝ってください」


 自分で貼ったものを剥がしてぐちゃぐちゃに握りつぶしてポケットに詰める。

 これは家で捨てるか、それともいっそ燃やしてしまおうか。


「値段変わってないのになんで急に買っていくんだろうって思ってたけど、そんなの貼ってたのね」


「あれ、気づきませんでした?」


「レジに集中してて全然。────これバレたら怒られるじゃ済まないわよ」


「アカネさんは何も知らなかった。ただ生徒がやっただけ。こんなの言わなきゃバレないし、バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」


 売られているシャーペンや消しゴムといった文房具のほとんどにテープで適当に貼った上に小さいから剥がすのが面倒くさい──────。

 アカネさんもレジから出てきて剥がしたから作業としてはそこまで時間は掛からなかったけど、これを作る作業といいバレるリスクといい…………心労という意味で疲れた…………。


「ハァ…………。終わった…………」


 アカネさんが放送しに行ったのと同時にレジの上のおにぎりを一旦元の場所に片付けた。

 そのおにぎりを再びレジに置き、疲れてしゃがむ。

 早く会計済ましてくれ。


「売り上げも十分出たし、人混みも見てもらえたでしょう。────レジ打ちしてていつ来ていつ帰ったのかも分からないけど。いやー、これであたしの給料も変わらず! お疲れお疲れーー。じゃあ約束通りおにぎりはお姉さんが払ってあげよ────! ──ありゃ」


 上機嫌なお姉さんの気前のいいセリフとほぼ同時に、昼休み終了のチャイムが無慈悲にも鳴り響く。


 レジの上には未だバーコードを読み込まれていない、なんとなくしなっとしてきたおにぎりが置かれたままだ。


「………………明日の分はちゃんと払ってね」


 お互いなんとなく気まずくなりながら、俺は教室に戻ることにした。

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