2話 落ち着かない学校生活
五月。
ゴールデンウィークを過ぎ、そこそこ経って現在。
休みの時はまさか朝っぱらから鉄製の武器を装備した連中に襲われるなんて思ってもなかった。
しかもあの後もおかわりみたいに続々と来る。無双系ゲームのプレイアブルキャラにでもなった気分だった。
そんなこんなで遅刻した。
一応無遅刻無欠席を貫いていたのにこんな事で途絶えてしまうのがなんとも腹立たしい。
────いやでも考えてみたら、遅刻をしたら職員室に行かなければならない面倒と、欠席をするなら学校に連絡しなきゃいけない面倒────それと無断だと担任がうるさいからとかが理由での無遅刻無欠席だから、特にこだわっていたわけでもないし別にいっか。…………いや、これでも一年とちょっと続けてきた事だから悔しさみたいなものは少しはあるな…………。
そうこうしているうちに校舎に入った。
学校の中にまで入ってしまえば襲ってこないだろうと思った俺の読みは見事に当たったのだけど、三十分くらい遅刻した事を職員室で担任に叱られた。
さっき起こったことをありのまま話したいところだが、信じてもらえないどころか俺がやり返したという部分だけをピックアップされて長時間拘束される可能性がある。そうなったらそれこそストレスが溜まる。
癪だが寝坊ということにした。
────
授業中の教室の後ろから静かに入る。
右の肩を殴られたせいで左手でドアを開けなければならない。
静かにドアを開けるのも一苦労だ。
時間経過で痛みが強くなってる気がする。
一瞬だけ注目されたけどみんなすぐに前を向いた。特別何か言われるというわけでもない。
席は六列あるうちの廊下から四番目の列、その一番後ろの席。だから一直線に進み、目立つことなく座る事が出来た。
今やっている授業は歴史。担当は御田斬。
はぁ〜〜〜だりぃ〜〜、と全力で心の中で愚痴を吐き、ため息を口から出す。
全く気乗りしないけど、試験前のノート提出の時に減点されるのも納得がいかないから黒板の内容をノートに書くことにした。
なんだかんだ人体というのは使う筋肉によって分かれているように見えてちゃんと繋がっているみたいで、右手にシャーペンを持つまでは出来るが動かすとズキッと痛みが来る。
だから利き手でもない左手でなんとかノートを書き終えた。
不自由で不愉快な歴史の授業が終わる。
御田斬は基本的に生徒を見下してる節がある。
授業中当てられた時に間違えたりしたらネチネチ嫌味を言われ、当たっていても回りくどい言い方で嫌味を言ってくる。
そんな授業不愉快でしかない。
学校で不人気な教員アンケートなんて実施しようものならぶっちぎりで一位を獲得するだろう。今度生徒会の意見箱に入れておこうか。
さて。休み時間になったわけだが、教室の中の空気はいつも通り。
考えてみれば新木やその他チンピラが割と多く存在するこの学校で、他の学校とほぼ変わりのない日常が送れているのも不思議な話だ。
この学校の実情としては、チンピラ連中が上手い具合に教員達の目を掻い潜り、定番の体育館裏や昼休みの人気のない廊下などでカツアゲや暴行といった行為が行われている。
それ故に、教員達は実態を把握しておらず噂程度のちょっとした小話、生徒達は新木がトップのチンピラ達には気をつけて生活する、という構図が出来上がっている。
…………改めてそう考えるとよくこれまで新木関連の連中と揉めなかったな。
とまあ、そんな構図を既に理解している二年生は同じクラスの人間が連中に狙われていようと特に変わらず生活している。
────いや、意図的に視線を向けないようにしている気がする。
どうやらみんな関わらないという選択肢をとったようだ。
「まーそらそうよな〜」
次の授業の準備を終えてそんなことを小声で漏らしてしまった。
そもそもこのクラスで特別関わりが強い人がいるわけでもないし、必要以上の会話をする間柄の人もいないから、特にいつもと変わりないといえば変わりないか。
────
昼休み。
いつも通り中一と廊下で合流して、購買で昼ご飯を買って屋上に向かう。
合流した時、中一はピンピンしていた。
あの後走って校内に入ったことで出くわした教員に叱られたこと以外のダメージは無かったようだ。
屋上に向かう階段。
上ってる間、後ろからついてくる中一が小言を言っている。
「こっちは命の危機だってのに廊下走ってただけで五分も説教されてたんだぜ? オレが襲われてるって言っても聞く耳を持たない。これだから頑固な人は──────」
ドアを開けようとドアノブに手を置く。
ドアには顔くらいの位置にすりガラスがあるが、開けようとした時人影のようなものが一瞬見えた。
普段は屋上には誰もいないはず…………。
不審に思い屋上に入ろうとした足を止めて様子を見ると、右側から勢いよく振られた何かが地面に当たり激しい音を立てる。
「もっと若──────うわっびっくりした!! 何!?」
音に驚いた中一がビクッと身震いする。
俺の足先を叩いたのは鉄バット。一歩でも入っていたら頭を思い切り殴られていただろう。
「おいおい高杉くんよぉ…………。屋上に勝手に入っちゃいけないってセンセーに教えられなかったか〜〜」
オールバックのガラの悪い男がちょうど正面から向かって来て言う。
さっきすりガラス越しに見えた人影の奴が左側からにゅっと現れてニヤニヤとこっちを見ている。
右側には鉄バットを肩に置いてニタニタしている奴。
屋上にいるのは三人。
どうやら待ち伏せされたらしい。
この学校は靴のラインの色で学年を見分けられる。
三年は赤、二年が緑、一年が青。
コイツらはみんな赤ラインだから三年生ということになるな。
「センパイ達こそ、三年も学校にいるのに屋上に入っちゃいけないって教わらなかったんですか? 俺はまだ足先すら屋上に入ってませんけどセンパイ達は入ってますよね?? どっちが校則違反してるのか理解できない頭でよく三年生になれましたね〜〜??」
分かりやすい挑発に乗ってくれたのか、オールバックの奴が視線で鉄バットを持った奴に合図する。
すると鉄バットの奴がバットを持ってない方の手を伸ばしてくる────が、その合図は俺にも見えているから屈んで避けることが出来る。
その手を掻い潜り、左の奴も無視して、一番無防備なオールバックの奴の所まで走る。
肩が痛いから右は使えない。
────となるとこの勢いを活かしてやることは──────。
「なんだコ──────ッ!!!!」
思い切り脛を蹴り飛ばすという子供じみたやり方だが割と誰にでも効く攻撃方法。
「テメェ──────!!」
左側にいた奴が声を上げると、鉄バットを持っている奴が即座に走って来て鉄バットを縦に素早く振り下ろした。
後ろに跳んで躱すと鉄バットが激しく地面にぶつかり、欠けて破片が足元に飛び散る。
これだと朝肩をやられたのとは比べものにならないダメージを負う。
それこそ頭になんて当てられたら本当に死にかねない。
「そんな威力でやったら本当に死んじゃうで──────、うーわ。マジかよ…………」
それは完全に正気を失った人間の顔だった。
錯乱しているというのがぴったりの状態。
目の焦点が合っていないし、呼吸も荒い。少なくともまともな人間がする顔ではない。
コイツらがどんな命令を受けてるのか知らないけど、ここまで血眼になるほどのことしたっけな?
その後も鉄バットを振り回す攻撃を避けて屋上中を駆け回りながら躱していく。
この時もう一人の方が連携して来られると今の俺のコンディションでは対応しきれないかもしれないが、鉄バットの奴が周りなんて気にせず武器を振り回しているおかげで近寄れないでいる。
この集団はただの寄せ集めで連携が取れていないみたいだな。
「オゥラァ!! 死ねえッ!!」
まるで人を虫みたいに言いやがって。虫みたいにうじゃうじゃ集まって来るのはお前らの方だろうが。
…………それにしてもどうするべきか。
いつもなら鉄バットを掴んで反撃するが、右手に頼りすぎていたせいで左だと受け止められる自信がない。
安易に近づいたら当たる可能性もあるし──────。
「………………!?」
鉄バットを振り回している奴の動きをよく見ながら動いていたせいで後ろに気を回せていなかった。
足を下から掴まれる。
視線を向けるとさっきのオールバックが蹴った方の脛を手で押さえ、倒れたまま足を掴んでいる。
「野島ァ! やれぇぇ!!!」
「うおおおおおおお!!!!」
バトル漫画みたいな熱い展開を俺で実践するな馬鹿!!
掴まれたのは右足。
即座に左脚に勢いをつけて、踵を後ろにあるオールバックの奴の顔面にヒットさせると、気を失って手を離した。
次の攻撃を避けようと視線を一瞬左右に逸らすが、多分避けるよりも早く殴られる。
もうあと三歩も進んで思い切り振れば俺に届く位置まで来ている。
さっきまでとは違い、俺が立ち止まったのを見て振り回すのをやめたようだ。
鉄バットの持ち方が野球の試合で見るような持ち方。勢い余って出ている声と疾走感で気迫が凄く伝わってくる。
このまま何もしなければ俺の頭は野島と呼ばれた奴に左側から殴り飛ばされる。
向こうは全く力の加減をしていない。
当たれば確実に死ぬだろう。
────昔俺は鬼ごっこをやっていて鬼に追われている時に、よくグラウンドを真っ直ぐ走っていた。
当然鬼は全力疾走で追ってくる。
ある程度まで走ったら俺は急ブレーキをかけて鬼の方に突っ走り、鬼の真横を通り抜けて逃げるという作戦をしていた。
俺は止まる前提だから身体が反応出来るが、鬼はカーブするかもと思っていても止まるとは思っていない。
だから急に止まって向かって来て、自分の後ろに逃げられても、すぐに追いかける事は出来ない。確実にロスが生まれる。
猪突猛進。────それを見て俺は鬼と猪を連想した。
今目の前に迫っているのはその時の鬼と同じ、もしくはそれよりも我を失っている状態だろう。
だから俺が取る行動は──────。
「うおぉぉおぉ──────!?」
野島に向かって突っ込む!
途中で反射的に鉄バットを振られたら俺は終わる。
だから鉄バットがある左側をスライディングして野島の背後を取る。
勢い任せに走っていた野島の背中を立ち上がりざまに蹴り飛ばすと、勢いのまま前に姿勢を崩し、オールバックの奴を下敷きにして転倒した。
転んだ拍子に鉄バットが転がる。
起きて拾われるよりも先に、今度はこっちが勢いつけて野島の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
「ぐが──────ッ…………!!」
さっきまで猪みたいな勢いがあった野島がオールバックの奴の隣で伸びる。
残るはドアの後ろにいた奴だけど…………。
立ってるのがやっとなぐらい足をぶるぶるさせてこちらを向いている。
疲れたし、ゆっくり歩み寄って行くと、センパイは腰が抜けたみたいで尻餅をついた。
「俺ね、右肩痛いから使わないってだけで我慢すればセンパイくらいいつも通り倒せるんすよ」
そのセンパイの前にしゃがむ。
「これ以上意味のない喧嘩はやめましょう。疲れるだけだし。────こっちとしても訊きたい事あるんで、一緒に昼飯、食べましょうよ。…………ね?」
フェンス────というより壁に追い詰められたセンパイに笑顔で提案すると、すっかり小さくなったセンパイは小刻みに────まるで震えるように何度も頷いてくれた。




