5話 因果応報(後編)
染野警察署前。
自作した脅迫文を内ポケットに折り畳んで入れて、中一に野島を担がせ、ここまでやって来た。
意外にも気絶した人間一人を連れて歩いても、わちゃわちゃワイワイ賑やかに歩いてたら、通りすがった人も不思議には思わなかったみたいで、特にトラブルが起こることなく来ることができた。高校生パワーってすげぇ〜。
警察署の前に立っている警察官にはしっかりと見られている。
ここまで来てしまった以上やるだけやるが成功するかどうかは正直自信がない。
屋上では閃いたことの衝撃がデカすぎてそのテンションのまま脅迫文まで作り上げたが、やはり難しい面がある。
まず津島を誘い出すこと自体の難易度は低い。
もう阿部センパイが向かった時点で成功したものと考えてもいいだろう。
そもそも向こうは俺を潰したがっているんだから挑発すればほぼ確実に乗ると思う。
問題はここから。
俺は津島たちを"脅迫文を送ってきたということ"と"アパートを襲った瞬間を押さえる現行犯"という二つの要素で逮捕させようとしている。
最悪アパート襲撃の現行犯だけでもいいけど、罪状が多ければ多いほど簡単に出ては来れないだろう。
だがこれは全て警察が動いてくれた場合だ。
PC室を調べられても問題ないようにはしたが、それ以前にこんな誰にでも作れるようなものを警察が信じるだろうか。
ただの高校生である俺が何を言ったって物証がなければただの戯言だ。
下手をすれば追い出されるだけじゃ済まないかもしれない。
津島の危険性を証明できれば警察が動いてくれる可能性は高くなると思うが、このカスみたいな文章の脅迫文だけだと正直弱すぎる。
だからもう一つ、切り札を持ってきてはいるけど……それが上手くハマるとも限らない。
もしこれが失敗したら、ただアパートが津島たちに襲われて当分帰れないことが確定する。
それどころかこれまで以上に襲われる機会が増えるだろう。
絶対に成功させなければならない……。
────
入ってすぐの受付にいる警察官に"急に襲われて家も襲われるから助けてほしい"とあえてざっくりとした説明をした。
具体的に伝えず取り敢えず被害を申し出れば話くらいは聞いてくれるはず。
予想通り、状況を理解できない警察官は、事情を聴くため警察署の奥にある部屋に通してくれた。
────ったく……なんでこんな詐欺師みたいなことしなきゃならないんだ…………!
ふざけんじゃねぇぞ津島…………!
────
案内された部屋はそこまで広くはなかった。
教室くらいの広さの部屋を想像したけどそれよりは狭い。
長いテーブルに四人ずつが向かい合って座れるイスがあって、ポスターとかの掲示物が壁に貼ってある部屋。
一緒に来た警察官は名前と学校名を聞いた後一度部屋を出ると、別の警察官を連れてきて野島を運ばせ、紙コップにお茶を汲んでくれたあとに退室した。
部屋で待っていると廊下や他の場所の音が雑音となって聞こえてくるほど静かだ。
中一は固唾を飲んで下を向いている。
俺もここでお喋りができるほどの余裕がない。
沈黙のまま数分待つとドアが開く。
視線を向けると、紺色のスーツを着た、二十代後半から三十代前半くらいの刑事が、書類とクリップボードを持って顔を出した。
部屋に入ってきながら、俺たち…………というより俺を一瞥すると、俺の対面の席に座った。
持っていたものを置いて、内ポケットから名刺を取り出し、俺と中一の前に置く。
「捜査一課の佐原京です」
初めて名刺をもらった。
「襲われた。ということみたいですが、その時の状況を教えてください」
ペンとクリップボードを手に持ち、こちらを観察するように見る。
睨まれているわけでもないのに視線に鋭さを感じる。
これはチンピラがガン飛ばしてくるのとは全く違うタイプのものだ。
少しばかり気圧されてしまう。
「────。……えぇっと……何から話せばいいか…………。き、昨日────学校で、かつあげ? をしている人を注意したんです。その日は何もなかったんですけど、次の日にポストにこんな物が入れられてて──────」
自作の脅迫文を震わせた手で渡す。
我ながら小学生並みの脅迫文だ。
津島をバカにしすぎた気もしたけど阿部センパイが絶賛していたからこれでいいのだろう。
佐原刑事は渡された脅迫文を手袋をはめて受け取った。
「そんなの何かのイタズラだろうって…………気にしないで学校に行って。学校にいる時は大丈夫だったんですけど、帰っている途中で急に襲われて────」
あえて視線をチラチラしながら証言する。
佐原刑事は脅迫文を置いて、クリップボードを持ち、こちらの表情────というより中一も含めた全体を観察しながら書類に書き込んでいる。
この時点でイタズラだと判断されて追い返されてもおかしくはないが、実際に実害が出たとなれば無視は出来ないだろう。
「隣のキミは、彼の友達?」
俺が一通り話し終えると、佐原刑事は次に隣にいる中一へと視線を向けた。
俺が話している最中も、中一はずっとおどおどしていたが無視していた。
ツッコんだり注意したり、そちらに視線を向けたりすると違和感が生まれるからだ。
「え! ────あ、はい……」
早速妙な間を作る中一に不安を感じる。
中一とは打ち合わせをしていない。
証言を合わせるとそこからボロが出るのではないかと考えたからだ。
さすがに余計なことは言わないだろうけど、口を滑らせた前科があるからこっちは何も余計なことを言うなと願うしかない。
「彼が最初に言ったカツアゲ現場にはいたのかな?」
中一を連れてきた理由はヒヤヒヤするけどこの為だ。
俺のみの証言よりもう一人違う人物が証言することで信憑性が増すのではないか、と思ったから連れてきた。
正直これが裏目に出る可能性もある。
────というよりその可能性の方が高いのだけど…………もうそこは賭けだ。
俺の証言は所々嘘を入れているが大筋は事実だ。
だから中一は余計な嘘をつかずにいつも通り自分に不利にならない証言をすればいい。
中一だってそこまでバカじゃない。
むしろ学力で言えば決して悪い方ではない。
口を滑らせることはあっても、チンピラを殴ったとか──そういう、こっちが極端に不利になることさえ言わなければ大丈──────。
「いいえ。いませんでした」
面接みたいにはっきりと言いやがったよコイツ。
まさか緊張しすぎて、自分は無関係っていう根本的に自分に不利にならないことそのまま言ったのか…………?
何やってんのマジで。
「いなかった────」
証言に違和感を覚えたのか、佐原刑事が俺をチラッと一瞬見る。
俺は佐原刑事の後ろの壁を見てじっとする。
ここで声を出す方が良くないと思ったからだ。
中一もこのなんとも言えない空気で自分がやらかしたことを察したみたいで、長く小さく息を吸っている。
「一くんとはクラスが違いますし、授業の合間の休み時間だったからその時はいませんでしたよ」
焦っているのがバレないようにさっきまでと変わらない自然な感じで補足する。
「…………ほう……。では襲われたという下校時には一緒にいた?」
「…………はい。いました」
ロード時間が気になるが、声が上擦ったりとかはしていない。
ちゃんと考えて発言しているみたいだ。
ホント普段からそうしてくれ。
「……なるほど…………。次に高杉くんに訊きたいのだが──────」
クリップボードを置いて、スーツから年季の入った手帳を取り出した。
どういう使い分けなんだ?
そんなことを疑問に思っていると──────。
「何故襲ってきた方が気を失っている? 被害に遭った方が怪我をしているのなら分かるが、君は無傷だ」
予想とは違う角度で問われた。
イタズラと疑われて追い出されるのであればまだしも正当防衛とはいえこっちが暴行犯扱いされるのは本当にマズイ。
──────焦るな。大丈夫だ。
ほんの少しだけ方向が違っただけで俺の想定通りの方向に持っていくことも出来る。
「あの人、鉄バットを持って襲いかかって来ました。怖くて必死に逃げ回っていたら急に倒れて────」
中一が、それはさすがに無理だろ! と言いたげにこちらを向く。
佐原刑事も眉を顰める。
確かに現実的な話ではない。
実際はここに来る間も一度野島は意識を取り戻した。
その時にちょっっと強めのビンタをして気絶させていたから急に倒れたなんて事実はない。
病気とかで倒れたとしてもそんなのすぐにバレるし、それなら連れて行く場所は病院だと正論が飛んでくる。
「あれ、おかしいな……って思ったんですけど、多分あの人────」
ビンタで気絶させた時も思ったが、やや頬がコケているようにも見えた。
それにあの屋上での行動や表情を思い返してもほぼ間違いないだろう。
「薬物、やってますよ」
これがこっちが持つ最大の切り札。
脅迫文なんていくらでも偽造できるし内容としてもゴミだ。
でも連れてきた奴が──── 津島の下っ端が薬物中毒者だとするなら警察も放置出来ないはず。
俺の予想ならここで警察側が慌てるはずなんだけど──────。
「……………………」
視線を下に落として考えてはいるみたいだけど、驚いたり焦ったりという感じではない。
被害者ぶっていた顔が少し元に戻ってしまうのを感じる。
読みが甘かったか…………?
薬物鑑定とか、そういうのがどのくらいの期間で出来るのか分からないけど、少なくとも素人で、しかも高校生がそんなこと言ったって警察は動かないか。
クッソ……! しまった。完全に読みが甘かった!
「………………。────君の相談は津島和樹らが襲いに来るから助けてほしい、というものだったね」
内心結構焦っている俺とは真逆に、落ち着いた様子で手帳やペンを片付け、持ってきたものを手に持って俺に確認する。
「え──────はい」
不意を突かれて一瞬考えてしまったが、聞かれたことに違いはなかったから頷いて答えた。
「少し待っていてほしい。────それと中くん。君はもう帰ってもらって構わない。ご苦労様」
そう言って部屋から出て行った。
「………………」
「……………………」
しばらく黙ってから、二人して溜めていた緊張と共に息を吐き出す。
────どっと疲れが出た。
「あれ……どういうこと?」
だらしなくテーブルに突っ伏す中一が気を抜いた声で訊いてくる。
「知らねー。ハァ〜〜マジで終わったと思った〜〜。焦ったぁ〜〜」
だらしなくイスの背もたれから腕をだらけさせ気の抜けた声で返す。
完全に雰囲気での判断だしまだ分からないけど、少なくとも俺にとって悪い方向に話が進んだわけではなさそうだ。
「オレ帰っていいって言われたけど。────ってかオレ来る必要あった?」
「あっただろ。荷物運びとか俺以外の証人として………………は役に立たなかったか。まあいいや、とっとと帰れ」
「辛辣すぎ。詐欺師みたいなことやらされてそれはないんじゃないの」
「あれ、いつもよりキレがないな。どした?」
「疲れたんだよ。どっかのチンピラのせいでな」
「へいへい。わるーございましたね〜」
「はぁ…………。帰るわ」
そう言うとへとへとになった中一は疲れたと濃く書いてありそうな顔をして部屋を出て行った。
また部屋は静かになった。
残っていたお茶をぐひっと飲み干し、テーブルに置かれた名刺をなんとなく手に取って改めて見てみる。
捜査一課 警部補 佐原京。
捜査一課ってドラマ知識だけど、殺人とかそういうのの担当だよな…………?
その人が津島なんてチンピラ相手に動くのか……?
──────まあ向こうには向こうの事情があるのだろう。
どっちにしろ動いてくれるなら好都合だ。
それから一時間とちょっと経ってから、部屋に佐原刑事が戻ってきた。
「結論から言うと、相応の人員を割いて君のアパート周辺に集まるだろう津島和樹らを確保することになった」
「────ありがとう……ございます」
雰囲気で感じ取っただけだからもしかしたらダメかもしれないと考えてはいたけど、結果的に理想通りの状態になったことで逆に呆気に取られてしまった。
なんか上手くいきすぎてないか?
「どうした。何か疑問か?」
「え、いや。こんな事言うのも変だと思いますけど…………なんでただの高校生の話を信じてくれたんですか?」
「ただの高校生……ね。まあ、概ね君の証言は合っているだろうと思ったから信じただけだ」
信じる…………?
信じられるようなことをこの場でした覚えがない。
それなのに何をもって信じてくれたのだろう?
「────では、我々はこれから動くが……君にはこの部屋で待機していてもらおう。何かあれば近くにいる──────」
「あの」
このまま行ってしまいそうだったから言ってる途中で口を挟む。
「その逮捕現場に行ってもいいですか?」
やっぱり津島という奴を一度見てみたいというのもあるし、ちゃんと捕まったかどうかも自分で確かめておきたい。
でも被害者を連れていくなんてドラマとかアニメでしか見ないけど流石にダメか…………?
「………………分かった。ただし必ず私か周囲の警察官の近くでじっとしていること」
「え、いいんですか!?」
絶対断られると思っていたのにその反対の返事に驚く。
「特別だ。本来なら被害者を現場に連れていくなんてあり得ない。────仮にこの件が虚偽の通報で、津島和樹が現れなければその責任を取るのは私だからな。君を連れていったところ大して変わらないだろう」
そう言うと、そのまま部屋を出ていくので慌ててついて行った。
────
現在。
徐々にパトカーや人の数が減っていき、辺りは元の静けさへと戻りつつある。
残っているのは俺の部屋や周囲を調べる警察官や連行中のチンピラがちらほらと────。
「知らないと言っていたな」
隣で脅迫文を眺めながら言う佐原刑事。
「あんなチンピラの言うこと真に受けちゃダメですよ、刑事さん。チンピラの知らないは知ってるって意味だと思います」
「そうか。なら、君の知らないは知ってるという意味でもあるな」
真っ直ぐに俺の目を見て言う。
それほど怖い顔をしているわけでもないが、さっきの津島の目なんか比べものにならないくらい眼力がある。
「この件で前倒しになったが、近々津島和樹を逮捕する予定はあった。だからこんな物がなくとも津島和樹は逮捕されていた」
パトカーに乗せられるチンピラに視線を向けながら語る。
チンピラが抵抗しつつもパトカーに乗せられるのは俺としては見ていて悪いものではないのだけど、この人のは俺のそれとは違うように感じる。
そのパトカーが警察署に向けて走っていくのを目で追ったあと、まるで独り言を言うみたいに────。
「津島和樹の下っ端による"口頭での"脅迫を受け警察に相談。事態の緊急性を鑑み、被害者のアパートにて現行犯逮捕。ということにしておいてやる。これは自分で処分しろ」
佐原刑事が持っている脅迫文を受け取った。
やっぱり酷い文章だ。
ぐちゃぐちゃにしてポケットに突っ込んだ。
辺りの状況が一段落したのを確認すると、佐原刑事は俺の頭に手を置いて────。
「──────あまり警察を舐めるなよ、チンピラくん」
ニヒルに笑って、乗って来た車で警察署に戻っていった。
多分あの部屋に入った段階である程度察しをつけ、俺の証言の事実と嘘を見極め行動したのだろう。
「まだまだ世の中捨てたものじゃないのかもしれないな…………」
ガキ扱いされたことに何処か腹が立ちつつも、少し口角を上げている自分に不思議な感覚を覚えた。




