身勝手な人々
真由子が兄夫婦の家に着いた。
家の中は賑やかだと外に居ても分かった。
笑い声が聞こえて来たからだ。
⦅杏に婚約解消させて、梓と婚約? 馬鹿野郎がすることだわ!⦆
「さぁ、馬鹿野郎の顔を見てやろうじゃないの。」
ピンポーン♪
真由子がインターホンを押すと、義姉・石谷百恵の声が聞こえて来た。
インターホンの画面を見て真由子だと認識した百恵が驚きながらも嬉しそうに声を弾ませてインターホン越しに言った。
「百恵さん、来たの!」
「ええ。」
「今直ぐ開けるわね。今日はとってもいい日なのよ。待っててね。」
まだインターホンを切ってないのだろう。
兄・石谷直樹の声が聞こえて来た。
「誰だって?」
「真由子さんよ。」
「真由子か……。」
「真由子さんにも、お祝いして貰えるわよね。
その為に呼んだんでしょう。」
「おう、そうだ。早く上げてやれ。」
「ええ。」
それを聞いた真由子は眉をひそめる。
⦅馬鹿は一人じゃなかったこと忘れてた。⦆
玄関ドアが開いて百恵の満面の笑みが目の前に現れた。
それを苦々しく思いながら、真由子はその気持ちを隠して「お義姉さん、久し振りです。」と言った。
百恵は嬉しそうに「さぁ、入って頂戴。」と言い、真由子を家の中に招き入れた。
「今日ね、とっても良い日なのよ。」
「良い日?」
「佳き日かしら? 梓が婚約したのよ。」
「梓が……。」
「それで、今お祝いしてるのよ。婚約者を招いてね。」
「そう………。」
リビングのドアが開いて、そこに居た3人が一斉に真由子を見た。
「真由子。」
「兄さん、久し振り。」
「叔母さん、こんばんは。」
「こんばんは、梓は元気だった?」
「もう、叔母さんったら、いつまでも病気じゃないわ。」
「そうよね。」
「でも、いつも気に掛けてくれて……。」
「それは、梓が誰よりも可愛いからよ。」
「そうだ、杏などと違ってな。可愛いからだ。」
⦅なんてこと言うの! 杏は可愛いわよ。⦆
怒ってばかりいては先に進めないと思い直した真由子の目に康介の姿が入った。
「兄さん、こちらの方は?」
「おう! 紹介しないとな。梓の婚約者の木元康介君だ。」
「初めまして、木元康介です。この度、石谷梓さんと婚約いたしました。
これから、よろしくお願いします。」
「そう、梓。それから木元さん。おめでとうございます。」
「ありがとう、叔母さん。」
「ありがとうございます。」
「真由子、期待してるぞ。」
「えっ?」
「まぁ、お前のことだから兄さんに恥をかかせないだろう。」
⦅どれだけ包ませる気なのよっ!⦆「………今日の御招きは梓の婚約なのね。」
「そうだ!」
「………あぁ、そうだ。頼まれたのよね。」
「頼まれた?」
「うん、杏にね。」
「杏!」
康介の顔色が急に悪くなり、石谷直樹と百恵は顔を見合わせた。
一人、顔色さえ変えずに悠然と座っていたのが梓だった。
「杏、あの馬鹿がお前に何を頼んだのか分からんが……
あれの言うことなど気に掛ける必要も無い。」
「そうなの?」
「そうだ。」
直樹の隣で百恵が大きく頷いている。
「でも、頼まれたことはしないといけないわ。」
「する必要はない!」
「あらっ? スマホは誰でも必要でしょう?
違うかしら? 木元さん。
あっ! そう言えば、杏の婚約者の名前も……確か………。
そうよ、確か木元康介さんって聞いてたけど、同姓同名なのね。」
「…………………。」
真由子は全て知っていたが、初めて聞く振りをして、驚いた風を装った。
誰も直ぐに答えられない。
康介の顔色は真っ青になっている。
「そうだ、杏の婚約者だったんだ。」
「えっ? 今、何て言ったの? 兄さん、何て言ったの?」
「杏の婚約者だったんだ。今は梓の婚約者だ。」
「ちょっと待ってよ。じゃあ、何?
杏の婚約者を梓が奪ったの?」
「真由子! 奪ったなんて、人聞きが悪い! 言うな!」
「そうよ、真由子さん。奪ったんじゃないわ。正しいのよ。これが………。」
「じゃあ、杏との結婚は正しくないと?」
「そうだ!」
「そうよ。」
「叔母ちゃん、そんなこと言わないで……叔母ちゃんは優しい。
だから……分かってくれると信じてる。」
真由子は梓の言葉を無視して、兄夫婦と康介に向けて話した。
「ふぅ~~ん、こんなこと女なら『尻軽女』って陰口を叩かれるわね。
男の木元さんには、どんな言葉が投げつけられるのかしら?
あ、そうだわ。男の場合も『尻軽男』だったわ。」
「……………………。」
「真由子!」
「真由子さん、いい加減にして! 私の梓を虐めないで。」
「虐める? 誰が? 誰を虐めたの?」
「お前が梓と康介君を虐めて居るじゃないか!」
「じゃあ、婚約解消された杏は? 杏の心の傷は? 誰が付けたのよ。」
「…………僕です。」
「そうよね。尻軽男さん。」
「お前ぇ―――っ!」
「命名してあげたんじゃない。木元康介さん改め尻軽男さん。
いいネーミングって思わない?」
「真由子ぉ―――っ! お前! いい加減にしろ!」
「康介君、こんな人の言うこと気にしないでね。」
「叔母ちゃん、叔母ちゃんがお姉ちゃんのこと好きなこと知ってます。
私を嫌いだから虐めるの? 私が悪い子だから?」
「梓、お前はいい子だ。悪い子なんかじゃない。」
「そうよ、悪いのはお姉ちゃんよ。姉のくせに真由子さんに言いつけたんだわ。」
「また……始まった……吐き気がする。」
「そんなに体調が悪かったら帰ればいい!」
「そうね、こんな場所に居たくも無いわ。
でも、杏の物を持って渡さないといけないわ。
それが終わったら、さっさと、こんな家! 出るわよ。」
真由子は激怒している兄夫婦を背にして、リビングから出た。
そして、杏の部屋に入った。
⦅こんなに狭い部屋……何度来ても……なんで……納戸が杏の部屋なのよ。
それに引き換え、あの梓の部屋は………。
8畳もあってウォークインクローゼットもある。
こんなに差をつけて、全く親として失格って分かってないのね。
本当に馬鹿だわ。⦆
取り急ぎ、必要な物を持って来たボストンバッグに入れた。
折りたたんで持って来ていた2つのボストンバッグに一杯詰め込み終わった時、杏の部屋のドアが開き梓の声が真由子の耳に入った。
その声は涙声だった。
「叔母ちゃん、どうしようもなかったの。
好きになったの……私も康介さんも……ただ、それだけなの。」
真由子は振り返りもしなかった。
ボストンバッグを見つめながら話した。
「梓、そうね。好きになったから仕方ないのよね。」
「お姉ちゃんには、悪いと思ってるのよ。私も康介さんも……。」
「そう。」
「うん………だからね。
叔母ちゃん、これからも今まで通りに梓の叔母ちゃんで居て!」
「そうね、それは、そうだわ。」
「ありがとう、叔母ちゃん。」
「叔母と姪なのは変わらないわ。」
「ありがとう………やっぱり叔母ちゃんは素敵な人。大好き。
私と康介さんの結婚式、来てくれるよね。」
「何処でするの?」
「あのね……今からじゃ直ぐに式を挙げられないでしょう。
だから……お姉ちゃんと康介さんが挙げる予定の所でするの。
「キャンセルしないの?」
「うん、結婚式も新婚旅行も、キャンセルしないの。
だから、招待状と少し違うけど…新婦は私なの。
早く結婚したくって……康介さんも同じ気持ちなの。」
「そう………。」⦅あの……馬鹿が……。もう兄さんと呼びたくも無いわ!⦆
「うん、そうなの。」
「梓……。」
「うん? なぁに? 叔母ちゃん。」
「杏も私も欠席だわ。」
「ええ―――っ! 何で?」
「それが分からない子どもじゃないでしょう。
通して。帰るから……。」
取り縋る梓を振りほどき真由子は兄夫婦と康介に挨拶もせずに帰った。
石谷家に激怒する兄夫婦の声が木霊している。杏と真由子に対しての暴言が続いた。




