帰らない
叔母・真由子の自宅に着くと、先ず真由子は杏に「ゆっくりお風呂に入って来なさい。」と入浴を勧めた。
「お風呂に入って、ご飯を食べてから、話したければ話して。
話したくなければ話さなくていいのよ。」
「叔母ちゃん……ありがとう。」
私は叔母・真由子の言う通りにした。
浴槽に浸かって浴槽のお湯をぼんやり見ていると、今日の康介の顔が浮かんできた。
⦅康ちゃん……私を見なかった……ちゃんと見なかった。⦆
その事実が、また涙を流させた。
自分に言い聞かせる。
「今日だけは泣いてもいい。でも明日からは前を向くんだ。」
声に出して自分に言い聞かせた。
長い間、お風呂に入っていた。
心配した真由子が声を掛ける。
「杏~、大丈夫?」
「……大丈夫。ごめんね、叔母ちゃん。迷惑かけて……。」
「また、この子は気を遣ってばかり。」
「……………叔母ちゃん。」
「うん?」
「ありがとう………ほんとに、ありがとう。」
「ごめんね、より、ありがとう、の方がいいわ。 出たら、ご飯よ。」
「はい。」
お風呂から出ると、真由子が貸してくれる室内着とバスタオルが脱衣所の籠に入っている。
まだ出てしまう涙を私はバスタオルで拭いた。
鏡を見て「スマイル!」と自分に言い聞かせる。
笑みを見せながらリビングへ向かった。
私を見た真由子が満面の笑みで「さぁ、食べよう。」とダイニングチェアに座るよう私に促した。
座って、夕食を食べた
叔母が用意してくれた食事を私は美味しく頂きたいのに……砂を嚙むようだった。
⦅叔母ちゃんが折角作ってくれたのに、ちゃんと食べないと……。⦆
「杏、無理して食べるのは禁止よ。」
「叔母ちゃん、私、無理してないわ。」
「ほうら、その笑顔が無理してるよ。食べられないくらい辛い時は誰にもある。
私の前では無理は禁止よ。いいわね。」
「………叔母ちゃん……。」
「また、兄さんが差別したのよね。」
「…………………。」
「全く、実の親とは思えないわ。我が兄なのが、悲しいくらい嫌になる。」
「………康ちゃんなの……。」
「えっ?」
「………康ちゃんが………康ちゃんが………………。
婚約を解消してくれ……って言ったの。」
「婚約を解消? どうして……なんで解消なのよ!」
「……梓を愛してるんだって………。」
「え………………妹と? 婚約者の妹と?
………有り得ない! 有り得ないわ!」
「梓も康ちゃんのことを愛してるって………。」
「…………ごめんね、頭が付いていけない………。」
「お父さんと……お母さんが……婚約を解消しなさい、って言ったの。
『お姉ちゃんでしょう。』って………言った。」
「あのぉ~馬鹿兄ぃ! 姉だから何でも譲らないといけないなんて誰が決めたの。
有り得ない! 有り得ないわ!
………杏、どうしたい? 私が出来ることなら何でもするわよ。」
「もう……いいの……諦めることにした。」
「杏………あの4人だけが家族だった。 私は家族じゃなかった。
これで、二度目なの。梓に好きな人を盗られたの……は……。」
「………そうだったの……。」
「もうね、馬鹿みたいなの。
キャンセルしないんだって……。」
「何を?」
「式場も、新婚旅行も……馬鹿みたいよね。私の存在自体が……。」
「杏、馬鹿なのは、あんたの元婚約者と、兄さんと義姉さんよ。
杏は馬鹿じゃない!」
「………叔母ちゃん……ありがとう。」
「杏、今日はいっぱい泣こう。
いっぱい泣いてから、前を向いて、これからを歩もう!」
「うん。」
その日の夜遅くに真由子は兄の家に行った。
杏の物を持って帰る為だった。




