揺れる心
私は康介を目の前にしていると、あの頃のように胸が高鳴ってしまう。
それを隠して、出来るだけ視線を合わせないようにして話し合いの場で康介の前に座っていた。
店で店長に話し合いの結果を伝えた。
すると、店長は言った。
「無理だと分かっていて敢えて言うけれども、木元さんと結婚したら解決するわ。
それが一番無理なことだと分かってるけどね。」
「………あの人……再婚はしないって言ったのです。」
「ふぅん……確かにしてないものね。
それって、ひろちゃんの為なのかな?」
「ひろちゃんの為?」
「うん。」
「………そうよね………ひろちゃんの大好きなお父さんの傍に……。
お母さんじゃない女の人が居る……それは……ひろちゃん、ショック……。
だから………ひろちゃんの為………。」
「木元さんって良き父だと思わない?」
「うん……思います。」
「だから、今のまま良きお父さんで居て欲しいわ。
杏さん以外の人と再婚したら、変わってしまうもの。」
「そうですね。でも、それは、あちらの人生なので……。」
「そうね。でも、ひろちゃんのことを考えると………。
杏さん以外の人との再婚は止めて欲しいわ。」
「………………………私との再婚は絶対に有り得ませんけど、ね。」
「………そう?……哀しいわね。」
「………………………ひろちゃんの……望んでいる家族には成れないのが……。」
「そうよね……可哀想だわ。
ところで、杏さんはどうなのよ。」
「私?ですか?」
「ええ、木元さんのこと、まだ許せないの?」
「………許すとか………。」
「じゃあ、どんな気持ちなの?」
「それは……………。」
「店長、仕事が終わったら早く帰りなさいよ。
妊娠してるのに……心配掛けないようにしなさい。」
「社長! 専務も!」
「お疲れ様です。」
「お疲れさま……帰るわね。五月蠅いから……。」
「五月蠅いだとぉ! お前ねぇ……。」
「社長、ここは職場でございましてよ。」
「むっ……店長、早く帰りなさい。」
「本当に帰ってね。後片付けは私達でするから……。」
「ありがとう。お義姉さん。」
「おい、お前。今、何て言った? お義姉さん?
お兄ちゃんじゃなくて社長なのに……。」
「お疲れ様でした。お先に失礼します。」
「おいっ!………あいつ………。」
店長はクスっと笑みを零しながら帰って行った。
「あなた……聞くんじゃなかったの?」
「あぁ、そうだった。加納君、あの……どうなった?
ひろの件……。」
「あなた、ひろちゃんって呼んでよね。」
「いいじゃないか、ひろ、で………。
ひろちゃんのままだったら、僕だけ感が無い。」
「ひろ、でいいです。」
「もう……ごめんなさいね。」
「いいえ。」
「それで、どうなったんだ? ひろ、の件は……。」
「取り敢えず、相互でお泊りを日程を決めて、になりました。
これから先のことは、追々考えることにしました。」
「先送りか……止むを得ないな。」
「ひろちゃん……お父さんのこと大好きなのよね。」
「ええ。」
「僕のことも大好きだと、ひろは言ってたぞ。」
「はいはい………これから、もっと大変になるわね。」
「はい、苗字の違いとか感じているようですので……。」
「誰か聞いたの?」
「実は……あちらのご両親に言ったようです。
何気なく……苗字が違うね、とだけ……。
気付いて当たり前なんですけど……。」
「そうね。」
「木元さんとの結婚を考えないのか?
男として思ったことなんだけど……。
木元さんは再婚してないし………。
再婚するなら加納君と!と思って居ても不思議ではない。」
「そんなはずは……ありません。」
「加納君の妹さんとの結婚は幸せな結婚ではなかったようだし……。
加納君への贖罪の気持ちだけではなく、深い後悔をしていると思うよ。
結婚相手を間違えたという深い後悔をしていると思うんだ。」
「そんなハズはありません。
梓は美しいんです。その上愛らしくて………私とは違うんです。
梓は霞のような消え入りそうな儚さもあって……姉妹なのに違うんです。
あの人は、そんな梓に惹かれたんです。
あの人だけじゃないんですよ。
高校の時の初めての彼氏……梓に惹かれて……お別れしたんです。
梓は……私とは違うんです。」
「僕は加納君、素敵な女性だと思うよ。
なぁ、そう思うだろう。」
「ええ……劣等感の塊みたいになったのは、周囲のせいかしら?
でもね、杏さんの素敵な所をちゃんと見ている人は居るわ。」
「ありがとうございます。」
「これから先、ひろのことで助けが必要な時は必ず言ってくれ。
ひろの為なら何でもするよ。」
「ありがとうございます。」
「本当に言ってよね。遠慮しないで欲しいの。」
「私………。」
「うん?」
「恵まれ過ぎていますね。本当にありがとうございます。」
私は店長の言葉に、それから社長の言葉に揺れた。
望んではいけないことだと言い聞かせていたことだった。
康介との縁は切れたのだと、ずっと自分に言い聞かせていた。
それを言葉に出されてしまって私は心が揺れた。
私は店を出て家に帰ってから、康稀の笑顔を見た。
この笑顔を悲しい顔にしたくないと改めて思った。




