康介の望み
私が部屋に入った時には、既に「大伯父に石谷直樹と百恵への対応を頼む」ことになっていた。
真由子が大伯父に話してくれるということだった。
「待って下さい。」
「どうしたの? 杏。」
「それ………大伯父さんに頼まなくても……いいです。」
「どうして?」
「康稀が小学生になる前に……私、会いに行きました。」
「行ったわね。頑張ったわ。」
「あの時のことで、私、お養母さんに話してないことがあるの。」
「何? あ………杏、貴女、話せるの? 無理しないでよ。」
「大丈夫。お話しします。」
「…………伺います。」
「私は両親に康稀の写真を見せました。
康稀は疎遠でも血が繋がった両親にとってたった一人の孫だから……。
でも………一瞥してあの人達が……両親が言ったことは………。
『梓に全く似ていない。』
梓に似ていない子しか産めなかった私は……『役立たず……。』と………。
そう言いました。
ちゃんと康稀の写真を見ることなく……一瞥で……。」
「そんな! 酷いわ。酷過ぎる!………杏さん……。」
「………興奮するな。」
「あなた………でも………酷過ぎるわ。」
「続けて下さい。それから何を言いました? あの人達は………。」
「あの人達? 木元さんの義父母ですよ。」
「もう縁を切ったんだ。色々、僕も経験して……。
それから………何を言ったんだ? あの人達は……。」
「…………もう、私は直ぐに帰りましたから……無駄だと分かったので……。
………だから、石谷直樹さんと百恵さんは何も言いません。
そんな気持ちは全く無いです。
梓だけ……しか見ていないから……です。今も………。
康稀の存在自体を記憶しないと思います。」
「分かったわ。万が一があれば困るから、伯父さんには話しておくわね。
万が一の時の為に……。」
「私、遺産を放棄したいの。
実の両親の遺産を放棄したら……康稀が受け取るべき物が減るけど……。
あの家には……最初から私は居ないの。
あの家には、私の居場所はなかった。
あの家は……梓だけが太陽のように輝く家なの。亡くなっても……。」
「そうね、それはそうしましょう。」
「ひろくんへの遺産は私達の分がある。」
「そうですよ。木元の遺産相続を受け取るのは、たった一人の孫のひろくん。
康介の後はひろくんだけです。」
「ありがとうございます。」
「うちの相続は家くらいだが……ひろくんだけが孫だから……。」
「ありがとうございます。でも……いつか、木元さんが再婚されたら……。」
「再婚はしない。」
「えっ?」
「しないです………ひろくんが誰よりも大切だから……信じて………。
あ………僕の言葉なんか信じられないだろうけど……信じて欲しい。」
「今の康介さんの気持ちを受け取ろうよ。ねっ、杏。」
「…………はい。」
「じゃあ、取り敢えず私の兄夫婦のことは伯父さんに話しておくわ。
それから、ひろちゃんのお泊りは当面、相互に決めた日程で行きましょう。
それから、ひろちゃんが気付き始めた様子の苗字。
どうします?」
「まだ、はっきり何か言ってないから……直ぐに……は………。
でも、返事を考えておかないといけないから……それは誰が聞かれても……。」
「誰が聞かれても同じ返事でないといけない。
その返事を決めましょう。
僕は……離婚した。と言うしかないと思っています。
離婚して苗字が変わる子は居るでしょうし……事実とは違いますけど……。
それしかないと思います。」
「私も……それしか言えないですね。」
「私もです………杏さん、ごめんなさい。
ひろくんと貴女をこんな目に遭わせたのは、康介よ。
本当にごめんなさい。」
「おば様……もう仰らないで下さい。終わったことですし……。
康稀を可愛がって下さって感謝しています。」
「杏さん……ありがとう。」
「苗字のことですけど、私も離婚したとしか言えないですね。
でも、事実は違う。
その事実をひろちゃんが知った時が恐ろしい。
嘘で塗り固めたら、大きな傷を心に付けてしまいます。」
「もう、出来ればこれ以上の嘘は……吐きたくありません。」
「そうだな………僕も……出来れば本当のことを言いたい。
ひろくんから嫌われても……事実を伝えたい。
その上で、償いたい。」
「康介さんには腹立ちがありますよ。今も……。
でも、ひろちゃんのことについては父親として頑張って下さってます。
ひろちゃんが去年、肺炎で入院した時も康介さんのお陰で助かりました。
杏が行けない日は必ず病院へ行って下さったし……。
ひろちゃんが寂しくならないように病院へ行って下さった。
ひろちゃんとも面会も……ひろちゃんが望むことを叶えて下さった。
養育費も滞ることなく頂いています。
父親として頑張って下さっていること、私はチャンと見ています。
だから……ひろちゃんは愛されている。
両親からも、祖父母からも……私や杏の会社の社長夫妻からも……。
あの子は愛されている。
だから、乗り越えられると信じたいし、そう有らねばならないです。」
「その通りですね。
これからも意見交換を行い、ひろくんにとってより良い未来を……。
ただ、愚息のことは……間違った選択をした時点で……その時点で……。
あれが、この状況を招きました。
何度謝罪してもしきれません。杏さん、申し訳ありませんでした。」
「申し訳ございませんでした。」
「おじ様、おば様、どうか頭を上げて下さい。」
「はい……。」
「杏……僕に出来ることは何でもする。だから、話して……頼みます。」
「………はい、木元さん……。」
結局、事実を話すかどうかは判断出来なかった。
先延ばしにしてしまったのだ。
誰もが康稀の心の傷を深く酷く付かせたくなかった。
結局決まったのは、相互に泊まることだけだった。
康介は杏を抱き締めたいと思った。
俯き加減に親のことを話す杏を抱き締めて………。
だが、そんなことは出来ないと康介は分かっている。
康介の後悔はより深くなっていく。
日が経つにつれ……息子・康稀のことを愛すれば愛するほどに……後悔は深くなっていく。
それは底が見えない沼のようだ。
康介の叶わぬ望みは「杏と籍を入れること」だ。
それが康稀にとってのBSET。
そして、康介自身にとってもBESTなのだ。
そのBESTは、康介の叶わぬ望みである。
杏から「木元さん」と呼ばれるたびに、康介は思い知らされるのである。
もう二度と再び、杏と康介の縁は結ばれないと……。




