康稀の大冒険③
康稀は泣いてしまって言葉にならなかった。
駅長はゆっくり優しく康稀の話を聞いた。
泣きながら、時々大きな泣き声になりながら康稀は話した。
康稀の途切れ途切れの話で「お父さんの家に一人で行く。」「お母さんに言ってない。」「お母さんに言わないで!」「お父さんと一緒に居たい。」「お母さんとお父さんと一緒がいい。」という願いで家を出て父親の家に向かおうとしたことが分かった。
時間が掛かったが、少し泣き止むと、ゆっくり「叱らないで!」と言い、康稀は駅長の問いに答えた。
「僕、その首からぶら下げてるのはスマホだよね。」
「…………うん。」
「じゃあ、そのスマホでお父さんに電話したらどうかな?」
「お父さんに電話?」
「うん、そうだよ。迎えに来て貰わないといけないだろう?
だからね、お父さんに電話出来るんだったら電話したらどうかな?」
「……うん! 電話する。」
「電話に私から話すことがあるから、代わってくれるかな?」
「何を話すの?」
「ここが何処だかお話しするよ。」
「うん! 分かった。」
康稀は急に元気になってスマホの画面を見て、「お父さん」と表示された番号へ電話を架けた。
何も知らない康介は、平日の昼に康稀から電話が架かって来たことに少し驚いたが、それよりも喜びの方が大きかった。
「お父さん!」
「ひろくん、如何したんだ?」
「お父さん、今、お仕事?」
「うん、そうだよ。」
「お仕事中に電話したから、怒る?」
「怒らないよ。どうした? 何かあった?」
「あのね、僕………今、何処に居るか分からないの。」
「えっ! ひろくん、何処に居るか分からないのか?」
「うん、それでね。お迎えに来て欲しいんだけど……。」
「迎えに行くよ。そこは……。」
「あのね、ここが何処かは駅長さんがお話ししてくれるって……。」
「駅長さん? ひろくん。」
「駅長さんに代わるね。」
「うん、代わって。」
「加納康稀君のお父様ですか?」
「はい、息子がご迷惑をお掛けして申し訳ございません。」
「お父さんの家に向かう途中で、どうやら、降りる駅を間違ったようです。
今、駅長室で保護させて頂いております。」
「ありがとうございます。」
「お母さんに何にも言わずに来たようです。」
「………何も言わずに……。」
「叱らないでやって下さい。会いたくて仕方なかったようですので……。」
「はい、叱りません。ですが、注意はします。」
「それは勿論ですね。
では、こちらの駅名を………。」
「今から直ぐに向かいます。
康稀の母親には……私から話します。」
「はい、お待ちしております。」
康介は電話を切ったその場で真由子に電話を架けた。
康稀が康介に会う為に電車に一人で乗ったこと、降りる駅を間違えて終点の駅に着いてしまったこと、そして、今から迎えに行くことを話した。
真由子は生きた心地がしなかった長く感じた時間がやっと終わったと安堵した。
私も無事だと聞いて泣いてしまった。
それまでは涙は出なかったのだ。
怖くて仕方なかったが、涙を流したのは無事だと知った時の安堵からだった。
「行くわ。私!」
「そうね……叱ったら駄目よ。」
「分かってる。」
「ちゃんと聞いてあげるのよ。」
「うん、心配しないで……お養母さん。」
私は急いで電車に乗った。
目指す駅が遠く感じた。
**********
康介は早退して駅に向かった。
駅に着き、駅長室に入ると、康稀が走って来た。
康介は思わず、康稀の身体を抱き締めて涙が流れた。
「お父さん……ごめんなさい。」
「………お母さんに内緒で家を出たら駄目だよ。
心配掛けるからね。」
「……うん。」
「これからは、ちゃんと行き先は話そうね。」
「うん………お父さん。」
「何?」
「今日、お泊りしてもいい?」
「勿論だ。お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも喜ぶよ。
でもね、その前にお母さんにお泊りしてもいいか、聞こうね。」
「お母さん……駄目って言う。」
「どうして、そう思うのかな?」
「だって、明日、学校あるもん。」
「お父さんが送って行くよ。」
「本当?」
「本当だよ。だから、チャンと話そうね。
お母さんもここに来るからね。」
「………………。」
「ひろくん?」
「………分かった。」
康稀は康介から離れなかった。
もう小学3年生だけれども、康稀が父親の愛を求める姿は、幼稚園児のようだった。
「お詫びなど申し上げるのが後になりました。
この度は愚息がご迷惑をお掛け致しました。
誠に申し訳ございません。
また、皆様には保護して頂き心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。」
「いいえ、当然のことをしたまでです。
お父さんに来て頂いて良かったです。
良かったね。康稀君。」
「うん!」
「済みません、もう暫く、こちらで待たせて頂いても宜しいでしょうか?」
「どうぞ、お待ちください。」
杏の到着を康稀止まっている間、康介の胸は高鳴っていた。
杏とはあまり会えていない。
会えるのが嬉しいのだ。
康介は⦅こんな時に何を思っているのか……僕って人間は……駄目は人間だな。⦆と思って待っている。
康稀はそんな父親の心など露知らず「お父さん………。」と嬉しそうに話し掛けている。
康稀を見ると康介は後悔が深くなると同時に、こんなにも愛おしいと思える存在を産み育んでくれている杏に深い感謝の念が絶えない。
私は私の到着を康稀が少し怖い、と思っていることなど考えることを全く考えることなど無く、電車の車窓から流れる景色を目に留めることなく、ただひたすらに無事を喜びながら、早く康稀の無事な姿をこの目に映したい!と思っていた。




