康稀のお泊り
職場の同期だった三木絢音は社内結婚だ。
絢音の結婚相手のことを私は知らなかった。
高校からの親友・佐藤梨華。
梨華は結婚して森下から佐藤になった。
私は梨華の結婚相手も知らなかった。
佐藤梨華の結婚式も三木絢音の結婚式も私は参列した。
二人とも美しいウエディングドレスの花嫁だった。
涙が出た。嬉しくて………。
大切な友達二人とも何事もなく佳き日を迎えられたことを嬉しく思った。
私の結婚式は、その日を迎えられないまま……私が着るはずだったウエディングドレスは妹の梓が着て、父と一緒にバージンロードを歩いたのだ。
写真の中の美しい花嫁の梨華や絢音を見る度に、私は自分の婚約が愚かしい事だったと思えた。
自分の愚かしさに嘲笑が出るのだ。
夜、寝る前に絢音からメッセージが届いた。
「杏、元気?
私、妊娠しました\(^_^)/
先輩として色々教えてね。
それから、木元さんのことだけど……。
傍に誰も居ないみたいよ。
あの妹さんが亡くなってから、実家に帰ったみたい。
ひろくん、木元さんの親御さんの家にお泊りすることOK?
杏の本音は、どうなのかな?
また自分お気持ちを押し殺したりしないでね。
じゃあ、悪阻で苦しむ私と食事してね。
返事を待ってるよぉー!」
私は返信出来なかった。
文章が出て来なかったのだ。
暫くの間、じっとスマホの画面を見ていた。
やっと返した文面は絢音への「妊娠おめでとう」だけだった。
「ご懐妊! おめでとう~o(>∀<*)o
是非是非! お食事をご一緒させて頂きまする(^^♪ 」
絢音には会ってから話すことにした。
絢音も「ありがとう! また日時を決めようね。」とだけ返って来た。
**********
高校の時の親友・佐藤梨華からもメッセージが届いた。
「あれから、どうなのかな?
あの木元って人、ちゃんと、あれからも親としての責任を取ってる?
すっごく心配なんだ。
この前のスキー場でのことは助けて貰って、有難かったけど……。
その後も養育費とか払ってくれてる?
これから長い時間、ちゃんと責任取ってくれるか不安なのよ。
もし、ちゃんと責任を取ってくれたら言うこと無いんだけどね。
あの婚約解消から、杏は誰とも付き合ってないじゃないの。
それって……もしかして……って思ったんだ。
あの時、傷ついた杏に言うことじゃないと分かってるんだけど……。
もしかしたら、今でも杏の心の奥深くに木元って人が居るように思うから。
それだったら、そういう風になってもいいんだよ。
自分の心に素直になりなよ。
じゃあね、また会いに行くよぉ~~~っ! 愛しいひろちゃんに!」
私は直ぐに返信出来なかった。
既読無視はいけないと思っても、なかなか文章を綴れない。
漸く絞り出した返信は………。
「ごめん、どうしたらBESTか私にも分からないんだ。
ごめんね。また康稀に会いに来て!」
**********
絢音に会う日より前に、康稀がモジモジとしながら私に話し掛けにくそうにしている。
その躊躇っている様子さえ愛らしかった。
「ひろちゃん、どうしたの?」
「あのね………おじいちゃん……のね………お家に、ね。
お泊りしたいの……お母ちゃん、駄目?」
⦅あぁ……やっぱり……そうよね。⦆「おじいちゃんは? いいって?」
すると、康稀の顔がパアッと明るくなった。
瞳が爛々と輝いている。
「うん! いいって!」
「おじいちゃんが、いいって言ってくれているのなら、お泊りOKよ。」
「本当?」
「ええ、本当よ。」
「やったぁ~~~っ、おじいちゃんにお電話してもいい?」
「いいわよ。」
「架ける!」
固定電話には康介の実家の固定電話の番号を「おじいちゃん」と表示されるようにしている。
康稀の願いで登録した。
康稀が電話を架けたい時に架けられるように登録したのだ。
康稀は固定電話の受話器を取って電話帳から「おじいちゃん」を探して架けた。
「おじいちゃん! 僕、康稀。
あのね、おじいちゃんちに僕、お泊り出来るよ。
お母ちゃんがいいって!」
「うん………。」
「うん、分かった! 土曜日にお父ちゃんがお迎えに来てくれる。」
「うん、日曜日に帰る……一回だけ? お泊り………。」
「…………うん、分かった。何度でもお泊りしていいの?」
「うん、じゃあ、お父ちゃんと会う時はお泊りでもいい?」
「……うん、お母ちゃんに聞くね。」
「分かった! お迎えに来てねって、お父ちゃんに言ってね。」
「うん、バイバイ。」
康稀の言葉は、康介の父が何と答えたか分かる内容だった。
電話を切って直ぐに、康稀は嬉しそうに言った。
「お泊りしていいって! 土曜日にお父ちゃんが迎えに来てくれるって!
それからね、何度でもお泊りしていいって!
お母ちゃん、何度でもお泊りしていい?」
「いいわよ。」
「やったぁ~~~っ。」
「ひろちゃん、お願いがあるの。」
「何?」
「ちゃんと挨拶してから入るのよ。」
「うん! 『こんにちは。お邪魔します。』って言う。」
「それから、お靴はどうするんだっけ?」
「揃える!」
「そうよ。賢い!ひろちゃん。」
「えへへ……。」
「ひろちゃん、ご飯の時は?」
「手を洗って、『頂きます。』する。
あっ! 『ご馳走様。』もする。」
「寝る前は?」
「『お休みなさい。』って言う。」
「そうよ! ひろちゃん、賢いいい子ね。」
「えへへ………朝起きたら『おはようございます。』だよね。」
「土曜日にまた聞くわね。」
「ええ―――っ! 今したよ。」
「最後にもう一度だけ、ね。」
「……分かった。」
毎週土曜日に康介が康稀を迎えに来る。
私は土曜日に仕事を入れている。
会うのが怖いからだ。
まだ心の奥底に康介が居る。
その心を誰にも知られたくはない。
康稀を送ってくる時には仕事から私は帰っている。
会う回数を減らしているだけだ。
ただ、この前の件については、会ったから康介に対処して貰えた。
そのお礼はする。
何がいいか分からないから、日曜日に康稀を送ってくれた時、康介に聞こうと思っている。
今回は祖父母宅へのお泊りなので、康介の両親も一緒に迎えに来た。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
「ひろくん!」
「ひろくん、お泊り嬉しいわ。」
「おばあちゃん、嬉しいの?」
「勿論よ。」
「おじいちゃんも嬉しいぞ。」
「僕もっ!」
「僕も嬉しいよ。」
「お父ちゃんも?」
「嬉しいよ。」
真由子に康介の両親は頭を下げた。
「杏さんにありがとう、とお伝え下さい。」
「はい。」
「お預かりします。」
「はい。ひろちゃん、お母ちゃんとのお約束、忘れないでね。」
「うん! 行ってきまぁ~す!」
「行ってらっしゃい。」
「義叔母さん、ありがとうございました。
杏……さん……にも、そのようにお伝え下さい。」
「はい。木元さん、先日の件、ありがとうございました。
杏はある意味、愚かなんです。
人を信じやすくて……。」
「大丈夫です。僕が居ますから……。
必ず、守ります。」
「心強いです。お願いしますね。」
「はい!」
守りたい気持ちに嘘はなく、この前のスキー場でのことも、何か一つでも出来れば嬉しかったのだ。
康介は杏に会いたかった。
毎回、会いたいと思いながらやって来て、会えないことが寂しく思っている。
会って貰えなくて当然だと思っている。
あの別れは酷過ぎた。
嫌われていても仕方ないことも分かっている。
康稀を産んだことを伝えて貰えなかったことも当然だと思っている。
今から出来得る限り杏に償いたいと切に願っている。




